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23 「魔法の図書館と小さな先輩」


 俺は、席に座って試験官の褐色少女が戻ってくるのを静かに待っていた。

 彼女が次に戻ってきた時に合否が伝えられると思うと、いつになく緊張していた。こんなに緊張したのは、車の免許を取りにいった日以来かもしれない。


 緊張を解すために飴玉を複製して糖分を補給する。


 あぁ、ソーダの甘みが疲れた脳に染みわたる。




 2個目を舐めていると、試験官の少女が戻ってきた。入ってくるなり、試験官の少女は俺の方を見て口を開いた。



「試験の結果は合格。あなたは、黄3ランクに昇格」


 あまりにもあっさりと伝えてくるものだったから、俺は拍子抜けた顔で少女を見返した。


「おめでとう」


「えっと、ありがとうございます? 」


 戸惑う俺をよそに少女は、そのまま黄3ランクに昇格に伴う事務的な連絡事項を話し始めた。



 完全に喜ぶタイミングを逃してしまった。

 実は、黄3への昇格ってかなりイージーなのか?


 そんな疑問を抱きながら説明を聞いていると、図書館の話になったのでひとまず疑問は棚に上げて集中することにした。


「黄3ランクからは図書館が利用できる。希望するなら、今から私が案内する」


「いいんですか? それなら、よろしくお願いします。先輩」


 説明が一通り終わったところで、少女の方から図書館の案内を持ち掛けてくれたので二つ返事でお願いした。年下っぽい見た目の彼女だが、試験を担当するくらいなのだから魔法陣については詳しいはずだ。


 おすすめの魔法書とかがあるならぜひとも教えてもらいたい。


 義務なのかもしれないが、面倒をかけてもらうわけだから親しみを込めて先輩と呼ぶことにした。名前もまだ聞いてないしな。


 そしたら、垂れ気味だった尖った耳を跳ねさせて、目をパチクリとさせて俺をまじまじと見てきた。


「えっと……ダメでしたか? 」


 固まったままじっとこちらを見てくるので、その視線に耐え切れずに聞くと、ふるふると首を横に振って否定した。


「少し驚いた。別に、いい」


 どうやら、先輩呼びに慣れていないみたいだ。

 

 若作りの精霊人とはいえ、中学生に上がったばかりの少女にしか見えないのだから周囲からは子ども扱いを受けることが多いのだろう。


 先輩呼びに抵抗があるわけではないようだし、問題はないだろう。


「ついてきて」


 心なしさっきより背筋が伸びてる小さな先輩に俺はついていった。

 





 

 図書館は、試験を受けた建物とは別の外壁が白い建物の中にあった。

 その白い建物に入る際には、ギルド証の提示を求められた。この建物は、黄3以上でなければ入れない場所らしい。ちなみに先輩の話によると、この建物には図書館だけでなく講義室なんかもあるそうで、赤ランク以上の魔術師が講師となって講義を開くことがあるらしい。


 魔法陣に関わる講義とかはあるのか?

 受付前の掲示板で確認できるらしいので帰り際に確認しておこう。



 図書館に向かう道中では、先輩の方から何度か魔法陣に関する知識の問いかけが投げかけられた。知っている範囲で答えていったが、俺からも冒険者ギルドの資料室で読んでいた時によくわからなかった部分などを聞くと、言葉少なめに応えてくれた。端的にまとめられた返答から、先輩の造詣の深さを感じた。


「ここが図書館か……」


 魔術師ギルドの図書館は、冒険者ギルドの資料室とは比べ物にならない規模だった。


 一般的な教室2つ分くらいの広さがあり、どこかのビルのエントランスホールのように吹き抜けになっていた。その天井の高さまである本棚が整然と列になって立ち並び、そこに隙間なく本が収まっていた。壁際にも隙間なく本を収めた本棚が並べられているから、まるで床以外の図書館全体が本で出来ているようだった。


 単純な蔵書数は日本の頃に住んでいた近くにあったでかい県立の図書館の方が圧倒的に多い気もするが、伝え聞いたこの世界の本の普及具合や値段を考えれば結構な蔵書数な気がする。この世界の本は羊皮紙やごわごわした厚手の植物紙が主流なので、どれも分厚く、表紙が革張りのものが多い。だから、どれも分厚い辞書を前にしたような重厚感があり、そんな本をこれでもなく詰め込んだ図書館は圧倒されるものがあった。


 そして何より、ここがファンタジー世界であることを思い出させるように、本棚から本が独りでに抜け出して、空を浮遊していた。それが、図書館の至る所で起きていた。


 正に魔術師ギルドの図書館というべき光景だった。



 頭上を通り過ぎていく本を見上げ、口を半開きにして見送っていると、服の裾を誰かに引っ張られた。視線を下ろすと、小さな先輩が服の裾を摘まんで、こちらを見てきていた。


「何が、知りたい? 」


 先輩からどの分野の本を読みたいのか聞かれて、ここに訪れた目的を思い出した。少し悩んでから魔法陣関連と答えた。根本的に魔法というものについて知りたい気持ちもあったが、やっぱり魔法陣が目下の最優先だ。


「それなら、こっち」


 魔法陣の試験官を務めるだけあって、先輩は迷いのない足取りで案内してくれた。



「ここに魔法陣関連の魔法書がある」


 そう言って、子供のように小さな手で指し示された本棚には異世界の言葉で小難しいタイトルが書かれた本がずらりと並んでいた。流し見た感じ、「魔法陣~」とタイトルに書かれた本がいくつか混ざっているので、先輩の案内通りここが魔法陣関連の場所なのだろう。


 しかし、想像以上に本が多い上にレベルが高そうだった。どれから手を出せばいいかわからないな。


 そう考えていると、横でブツブツと聞き取れない声量で先輩が何かを呟いた。


「――【我が意に従え】」


 先輩が何か魔法を発動したのを感覚で感じた。


 頭上の方で何かが動くのを感じて見上げると、本棚から本が独りでに抜け出てくるところだった。重力を無視して、宙に浮く本は、落下とは言い難い速度でこっちへと降りてきて、掲げていた先輩の手の中におさまった。


 手の中に収まったと同時に魔法の効力が消えたのか、唐突に本の重みで先輩が前につんのめりそうになったので、咄嗟に本に手をやって支えた。本は、分厚い見た目通りの重量感があった。


「……ありがとう」


 この事態は先輩にとっても計算外だったようで、目をちょっと大きくさせて瞬いていた。そして、思い出したかのように俺から視線を外してから若干気恥ずかしそうに礼を言ってきた。


 本は、両手で持ち直して胸元でぎゅっと抱きかかえている。


 ……さては、格好つけようとして普段はしない片手で持とうとしたな。


 そう思ったけど、背伸びしている小さな先輩のために何も言わないことにした。



 仕切り直しとばかりに「んんっ」と喉を鳴らした先輩は、俺にその本を渡してきた。


「最初に読むなら、これ」


 なるほど。俺のためだったのか。


 礼を言って受け取る。


 表紙のタイトルを見ると、『ディナヴィア理論』と書かれていた。


 ディナヴィアは、魔法陣の体系化に貢献した過去の偉人で、その理論は魔法陣の法則について説明したものだったと思う。


 冒険者ギルドの資料室で読んだ魔法書は、専門書というよりは実用書寄りだったから、概要に少し触れているだけだった。タイトルからしてこの本は、その理論について詳しく書かれたものなのだろう。

 

「それ、読み終わったら教えて。わからなければ、わたしに聞いて」


 これは今後も相談に乗ってくれるということなのか?


「わかりました、先輩。今後もよろしくお願いします」


 願ってもないことだった。タマモの魔法陣の造詣は、それほど深くないので先輩に相談できるのは有難かった。


「コレット=コーコネア」


 先輩が、ふいにそう口にした。何の意味なのか分からずにいると「私の名前」と言葉を付け加えた。


「じゃあ、これからはコレット先輩って呼んでいいですか? 」


「ん。別に、いい」




 こうして俺は、魔術師ギルドに登録しにいって、精霊人で褐色少女のコレット=コーコネアという小さな先輩を得たのだった。




お久しぶりです。他の作品と合わせて更新していけたらと思ってます。




・ディナヴィア

 魔法陣に関わる約300年前の偉人。魔法陣を体系化させた。ディナヴィアが提唱した『ディナヴィア理論』は、現在の魔法陣の主軸の理論となっている。



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