22 「魔術師ギルド」
休みの日に複製魔法の新たな可能性を知ってから一週間、2度目の休みがやってきた。
この一週間は、冒険者の活動は順調だった。
血や内臓を保存する容器や道具を用意したことで換金できるものが増え、それに伴ってモンスターの血や内臓を求める採取依頼を受けるようになった。そうしていると昨日、色石がもう1つ黄色になり、黒2から黒1に昇格した。昇格の手続きを行った受付のおっさんからは、「この調子で頑張ってください」と言われた。
モンスターとの戦闘では、以前のチンピラに絡まれた時のように初級呪文を用いた牽制や目くらましを使うようになってから、格段にやりやすくなった。双角兎の素早い動きも魔法で生み出した光球で牽制できるようになり、突進をお腹に受けることもなくなった。
あと、ついに水魔法の下級攻撃呪文が使えるようになった。
水の塊を生み出し撃ち出すというもので非殺傷だが、結構な衝撃を与えるので牽制や目くらましに使える。毛皮が痛んだりしないので買い取りにも響かないというのが個人的に最初に覚えようと思った理由だ。
火の下級攻撃呪文は、所謂ファイヤーボールだから使えるようにはなりたいけど、普段の狩りじゃ使えないんだよな……
そして、魔法陣についてだが、他と比べてあんまり進展していない。
2日置きに資料室には顔を出して、魔法陣を中心に魔力触媒関係の資料を読み込んだりしたのだが、あんまり収獲はなかった。メモ帳の魔法陣の種類が増えたり、その方面の分野に詳しくなったけど魔法陣を実戦に投入できるまでの目途は立っていない。
黒の冒険者が2日置きに銀貨1枚を支払って資料室を使っているので、地方本部の受付嬢のお姉さんからは変わった人間を見る目で見られている。
ウォンラットの血を使ったインクを作ろうとしたのだが、上手くいかなかった。
ちょっとした発見と言えば、メモ帳に書いた魔法陣は起動すると魔法陣の直上に魔法を発動させることと魔法が発動するまでに魔法陣に注ぎ込む魔力の量を増やせば魔法の持続時間や規模が大きくなることがわかった。
そのことから魔法陣を使用する際は、魔法陣を自分に向けないようにして指に触れたら、光球で目くらましを受けることや、火で前髪が燃えそうになることや水でメモ帳や服を濡らすことがないということがわかった。今のところ、使う時はメモ帳を開いて使うよりも該当部分を破って使う方が安全という結論に至った。
資料室の魔法に関する資料はただでさえ少ないのに、魔法陣関係となるとぐっと少なくなって数冊しかなかった。その数冊ももう読み切ってしまった。魔法陣のことでもう資料室で調べられることはない、と司書さんにも言われてしまった。
しかし、希望がないわけではない。
先日、司書さんから先程の言葉を伝えられた時に一緒に魔術師ギルドのことを紹介された。
魔法全般の研究を行っているギルドであり、加入すれば、魔法陣についての資料も閲覧することができると言われた。
というわけで、今日の予定は魔術師ギルドに加入して、魔法陣についての資料を閲覧することである。
あわよくば、実戦の目途が立てばいいなと思っている。
2の鐘が鳴る8時頃に起きて、宿で朝食を取ってから出た。
魔術師ギルドは、地方本部の冒険者ギルドの近くにあるのでそこまで乗合馬車を利用して向かった。まだ朝が早かったせいで、地方本部に用がある様子の冒険者たちと鉢合わせてしまった。
しかし、普段利用している支部の冒険者ギルドの冒険者たちと違って体を清潔にしているようで、それほど酷い臭いはしなかった。
俺も地方本部のギルドを利用するようにしようかと思った。
ちなみにタマモは、魔術師ギルドに興味はなかったようで今日は別行動を取っている。
地方本部の冒険者ギルド前で降りて、魔術師ギルドに向った。一応、下調べはしていたので道に迷ったりはしなかった。
魔術師ギルドは、冒険者ギルドよりも大きな建物だった。6階くらいありそうな建物を見上げながら中に入った。
ギルドの中では、ローブを来た男女が忙しなく行き交っていた。心なしか精霊人の人が多い気がする。あと蜥蜴人の人も結構いる。
「ようこそ魔術師ギルドツゲェーラ支部へ。本日はどのようなご用件でしょうか? 」
中に入ってうろうろしていると、ローブ姿ではない精霊人の男性に声をかけられた。何となくギルドで受付のおっさんが着ていた服と似ていた。
「魔術師ギルドに登録しに来ました。登録はどこで受け付けていますか? 」
「でしたらこちらでございます。ご案内致します」
案内してくれるというので、お礼を言ってその人の後についていった。
案内人の人は、受付っぽい場所まで案内してくれた。そこの担当の蜥蜴人のおばさんに一言何かを伝えて、その人はどこかへ去っていった。
「魔術師ギルドに登録にきたと聞きましたが、合っていますでしょうか? 」
所作が綺麗なおばさんの確認に俺は頷く。
「では、登録の手続きを行いますので別室に案内致しますが、よろしいでしょうか? 」
「はい、大丈夫です」
そうして、俺は受付近くの別室に案内された。
部屋はそれなりの調度品が置かれた場所で、手続きは、受付のおばさんとは違って、さっき案内してくれた人が担当してくれた。
さっきいなくなったのは、手続きの資料を用意するためだったみたいだ。
机の上には、どこかで見たような分厚い冊子と金属板が置かれていた。
分厚い冊子は、ギルドの利用規約や注意事項といった感じのものが紙に綴られたものだった。目を通しながら、おおまかなことを担当の人から聞いた。
冒険者ギルドの当たり前のことを改めて説いたようなものではなくて、本当にちゃんとしたものだった。一部、細かすぎてよく分からないところもあったが、担当の人に聞いたら教えてくれた。
そして、個人の魔力を登録する魔導具に魔力を流してギルド証を作成した。
その際に金属板に浮かび上がった文様を意識すると、ちょっとだけ読むことが出来た。
ただ、とんでもなく長い文章を斜め読みしたようなぶつ切りの単語や短文が浮かび上がってきただけで、全てを読み取ることはできなかった。
魔法陣を書いてる時に気づいたのだが、より複雑なものになるほど意識して細部まで目を通さないとちゃんとした文章として脳内で日本語に変換されないらしい。
今回の場合は、光っている間だけしか見れなかったので、十分に読み取ることができなかったのだと思う。
魔導具に嵌められている金属プレートは、冒険者ギルドのとは金属の色の輝きが違うけど、色石が3つついていたり、識別番号っぽいのが刻まれていることなどは、同じだった。
担当の人が中央の金属プレートを外して俺に渡してきた。冒険者ギルドのギルド証と一緒にしておくといいと言われたので、冒険者ギルドのギルド証と同じ紐に通した。
チャリン、と胸元でギルド証同士が当たって音を立てた。
ちなみに、冒険者ギルドとギルド証が似ているのは、登録に使用している魔導具が同系統だからだそうだ。なので、魔術師ギルドの六色六段階でランクが分けられている。3つの色石でのランク分けも適用されているようなので、俺は黒3魔術師ということになる。
魔術師ギルドは魔法全般の研究、発表、開発を行うギルドで、魔導具やポーションの作製などにも関わっている。そこでのランクの上げ方は、魔術師ギルドに何らかの形で貢献することか、実力を示すことで上がる。
新しい魔導具を作った。新しい呪文を編み出した。魔法に関する新たな発見をした。などの形で貢献するか、魔術師ギルドの出す依頼を達成することで貢献したと判断される。また、どの系統の魔法がどれくらい使えるかや、どんなことができるかによっても提示された試験を受けて合格することで、その実力があると認められて、昇格することができるらしい。
昇格することでギルドから色々な恩恵を受けることができる。その中に図書館での閲覧も含まれていた。
図書館には、魔法陣についてより詳しく書かれた魔法書が存在することは、資料室の司書さんから予め聞いている。
だが、図書館に入るためには最低、魔術師ギルドの黄3のランクである必要があり、登録したての俺では、ランクが足りない。
しかし、すぐにそこまでランクを上げる方法があった。
ようは、実力を示せばいいのである。
登録料である銀貨10枚を支払った後に担当の人に俺は、魔法陣に関する試験を申し出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法陣の試験を受けたいと申し出た時、担当の人は俺を奇異の目で見てきた。
冒険者をやっている俺が魔法の呪文試験ではなく、魔法陣の試験を受けると言ってきたのが不思議だったのだろう。間違ってないか、試験内容を説明されながら再三確認された。
魔法陣の知識に関する黄3相当の昇格試験を受けることになった。これに受かれば、黒い色石を3つ全部黄色に変えて、一足飛びで黄3魔術師になれるのだ。
担当の人にこのまま部屋で待機しといてと言われたので、待っていると試験担当の精霊人の背の低い褐色の女の子が試験用紙を持ってやってきた。
「それじゃあ、その用紙に書かれている問題を読んで、回答して」
最初に行われたのは、魔法陣に用いられる紋章や記号の意味や書き取り。
紋章や記号を一瞥すれば、日本語に変換される俺にとってはヌルゲーである。とは言え、この世界の言語で意味を記入しなければいけないので、楽ではない。
おっさんにもらった魔法の本や資料室で散々異世界の言語とは触れ合って来たし、前々から必要だろうと練習してたので意味を書くくらいなら問題なく書けた。
紋章や記号を書くのも俺からすれば、未知の言語と言えば、異世界の言語と一緒なので、こちらも問題なかった。魔法陣を書き写す時に散々書いたしな。
すぐに終わって、目の前で採点された。もちろん、全て正解だ。
続けて、口頭で魔法陣の知識について聞かれ、それに対して回答する試験が行われた。
黄3相当の試験で聞かれる内容は、資料室で読み込んだ魔法書よりも少し浅い内容なので、こちらも楽に答えることができた。しかし、試験担当の少女が口数が少なく、表情筋がまったく働いてないので、返答の度に無駄に緊張した。
そして、最後に魔法陣の書き写しの試験を行った。
実際に効力のある光の初級呪文の魔法陣を作成し、問題なく起動すれば合格である。
光の初級呪文の魔法陣は、光を生み出すだけの闇のと並んで被害が出ないものなので散々メモ帳に書き写して、起動させる実験を行っている。俺にとっては、今更な話である。
しかし、この試験には1つ問題があった。
その試験で使用するものは、ギルドが用意した紙とペンとインク壺を使用しなければいけないのだ。ちなみに紙は植物紙で、ペンは羽根ペンではなく金属製のつけペンだ。
一応、資料室で同じものを借りることができたので、司書さんにそのことを聞いてからある程度は慣れている。しかし、普段使ってるメモ帳やボールペンとは少々勝手が違うので、そこが不安である。
しかし、コンパスのような器具を用いることができたので、魔法陣の円の作製は楽だった。
あるとは思ってなかった。今度探して買おう。
横で試験担当の少女にじっと見られながら、いつもよりも慎重に魔法陣を書いて試験担当の少女に提出した。
「ん」
そして、一瞥して返された。
「起動させてみて」
そう言われたので、魔法陣に手を置いた。
が、少し待っても魔法陣は輝き出さなかった。
あれ? と内心で首を傾げ、魔法陣の不備を一瞬疑ったが、よくよく考えれば、複製したボールペンのインクを使っていないことを思い出し、意図的に魔法陣に魔力を注いだ。
すると、自力で発動させるよりも少し多めに魔力を注いだところで魔法陣が妖しく輝き、数秒後に魔法陣の直上に光球が現れた。
無事に起動し、魔法が発動したことに俺は安堵し、息を吐く。
焦ったぁぁぁ。
手にびっしょりと冷や汗を掻いてしまった。
そんな安堵する俺をよそに試験担当の少女は、手元の羊皮紙に何かを書き込んでいた。書き終えると、それをくるくると巻いて筒にして、懐にしまった。
「試験は終わり。昇格の手続きをするからギルド証を渡して」
俺よりも2回りは小さな手をこちらに差し伸べてギルド証を要求してきたので、首から取って冒険者証のギルド証ごと素直に渡した。
「座って、待ってて」
これは、試験に合格したってことでいいのか?
部屋から出ていく試験担当の少女の後ろ姿を俺は困惑した顔で見送った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ココ! 」
ケンの試験担当をした少女が、部屋から出てきたところで声をかけられる。少女が振り向くと、ケンのギルド登録を担当した男性がこちらに向かってくるところだった。
「試験はもう終わったのかい? 彼はどうだった? 」
どうやら自分が担当していたケンの試験結果が気になるようだった。少女はそれには答えず、彼に懐から出した丸めた羊皮紙を渡した。
受け取った男は、羊皮紙を広げて中に書かれている結果を読んだ。
「すごいじゃないか彼! 全試験、満点じゃないか! 」
心底驚いたと言った様子の男が羊皮紙から顔をあげて少女を見る。
「これって、君の問答にも完璧に答えられたってことでしょ。そんなに彼は詳しかったのかい? 」
男の問いかけに少女は、こくっと小さく頷いた。
「へぇ、それはすごい。冒険者の彼が最初、魔法陣の試験を受けるって言った時は魔法の呪文試験と間違えているのかと思ったんだけど、本当に詳しかったんだね。冒険者ギルドの資料室で勉強しただけって言ってたから黄3級の試験は、厳しいと思ってたけど、やるなぁ彼」
男は、感心したように顎に手を当て頷く。
そんな男の独り言をよそに男から羊皮紙を返してもらった少女は再びそれを丸めて懐にしまい、その場から立ち去った。
少女は、ケンの昇格の手続きを行うために廊下を歩きながら、ケンのギルド証を持った手に視線を落とした。ギルド証に刻まれている名前の場所を持っている手の指でなぞる。
「……ケン」
その日新たに仲間になった黒髪の青年の名前を呟いた少女は、その名前を頭の片隅にそっと書き留めたのだった。
・魔術師ギルド
冒険者ギルドが仕事を斡旋する施設なら、魔術師ギルドは魔法関連の研究・開発を行う施設。
魔術師ギルドから出る依頼は、生産するものや魔法関連の能力が必要となる仕事の依頼などになる。
魔法知識の収集、保存も行っているので、冒険者ギルドの資料室とは比較にならないくらいの蔵書を誇る図書館を有している。
しかし、その図書館を利用するのにその知的財産を共有するに足る実力を持つことを求めるため、黄色ランク以上の魔術師しか閲覧できない。そのため、黒ランクは、魔術師見習いとして見られる傾向にある。
10月までに10万字突破したよ。これで、OVL大賞の応募条件を満たしたよ……




