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18 「市場と恐喝」



「今日は、休みにしよう」


 昨日の大猟で懐は温かい。冒険者になってからちょうど一週間。連日の疲れを癒すことを考えると、ちょうどいい日だと思った。


「……そうじゃな」


 寝ているタマモを起こして、伝えたのでタマモの反応は芳しくなかった。昨日は夜遅くまで飲んだのでそれも仕方ないのかもしれない。


「そういうことなら儂は、もう一度寝る。起こすでないぞ」


 そう言ってタマモは、自分の尻尾を毛布のように体にかけて眠りについた。



 二度寝。それは休日にのみ許される贅沢だ。


 実に心地よさそうである。



「……俺も寝よう」


 休みにしたのに何でこんな朝早くから起きてるんだと思い至り、俺も自分のベッドに潜り込み、二度寝した。












――ピピピピピピピピピピピピピ!!


 けたたましい電子音に目が覚める。顔は、ベッドに突っ伏したまま手探り音の聞こえる方をまさぐる。どうも音は、ベッドの脇からしているようだった。


 手間取っていると音が止んだ。と、同時に俺の意識は再び夢の世界へと旅立った。




――ピピピピピピピピピピピピピ!!


 再び、けたたましい電子音で叩き起こされる。がばっと顔を上げて、音のする方を見る。どうやら、鞄からしている。覚束ない手つきで鞄の中に手をつっこみ、携帯を探り出す。鞄という遮蔽物がなくなり、より一層鮮明に耳障りな電子音が部屋に鳴り響く。


「ああ、もううるさいのぅ! 起こすなと、言うたであろう!! 」


 隣のベッドで寝ていたタマモが怒った様子で起き上がった。フシャーと呼気を荒げるタマモの激情を表すかのように尻尾が逆立ち膨らんでいた。


「すまん。誤作動だ」


 携帯のタイマー機能を停止させながら、タマモに謝る。疲れで起きれなくなったので昨日の朝、タイマーを設定していたのを思い出した。 


 なんて間の悪いやつだ。


 携帯の電源を切って鞄の中に叩き込んでおいた。



「次に起こしたら、祟ってやるからの! 」


 タマモは俺にそう釘を刺して、再びベッドに身を沈めた。



 あの剣幕……次、起こしたら本当に祟られかねないな。


 触らぬ神に祟りなし。今度こそ、そっとしとこう。



 俺ももう一度寝直そうと思ったが、その前に一回トイレだな。

 タオルを持って、俺は用を足しに行った。



 階段を降りていると、一階からエドラノール(宿の亭主)がこちらを見上げてきていた。


「さっき君の部屋の方から何やら聞きなれない音が響いてたけど、大丈夫だったかい? 」


 どうやら先程の携帯のタイマーが外にまで響いていたみたいだ。


「あーすいません。音の魔導具がちょっと誤作動しまして、ご迷惑をおかけしました」


「いや、問題ないんならいいんだよ。今から食べるかい? 」


「いえ、今日は休みにすることにしたので今はいいです。用を足したら、これからもう一度寝るところです。朝食はそれからでお願いします」


「おや、そうかい。なら、3の鐘(・・・)が鳴るまでには起きてきてくれよ。それを過ぎたら朝食は、出さないからね」


「3の鐘、ですね。はい、わかりました。ありがとうございます」


 3の鐘は、確か10時くらいだったかな? 携帯で時間を確認した時は、まだ7時は来てなかった。


 2時間は寝れるな。







 この都市に来て5日目くらいに知ったのだが、この都市では、時を司る神を信仰する教会が管理している大鐘が規定の時間ごとに鳴っている。この大鐘は日の出から日の入りまでに計8回鳴り、その時に鳴る回数でおおよその時間を知ることができるという。


 村には、そんな便利なものは存在しなかったので、知った時は文明の利器を感じた。



 1の鐘が大体日の出の6時に鳴る。鐘は2時間刻みに鳴り、20時の8の鐘で終わる。

 ちなみに門は、1の鐘で開門され、7の鐘で閉門するらしい。原則、閉門したら次の日の1の鐘まで門は開かれないので、間に合わなければ野宿が確定する。


 冒険者ギルドは、1の鐘が鳴る前から営業を始め、8の鐘が鳴ったら基本的な業務は終わる。

 ただ隣接している酒場は、ずっと開いているみたいだ。



 

 タマモの話によると、『時鳴りの大鐘』という時の教会が管理している特別な魔導具で、時がくると自動で鳴る仕組みなのだそうだ。大変高価なものとかで、主要の都市にしかないらしい。一度、携帯のタイマーで計測してみたところ、きっかり2時間ごとに鳴っていた。



 そんな魔導具があるので個人で所有する時計もあるにはあるらしいが、最低単位が金貨からな上に持ち運びには向かないらしい。一般の平民や冒険者は、大鐘や太陽の位置でおおよその時間を把握しているそうだ。


 そんなわけで、時間を確認できる俺の携帯電話は、タマモから言わせればとんでもない魔導具らしい。




 もし腕時計をこの世界に迷い込む前につけていれば、複製して大儲けできたかもしれない。




 そんなことをつらつらと考えながら用を足し終えた俺は、自室に戻って眠りについた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「悪いけど、朝食はもう終わったよ」


 起きたら11時だった。

 ダメもとで、食堂に顔を見せたところ掃除をしていた女将さんにバッサリと切り捨てられた。


 厨房から出てきたエドラノールの話によると、タマモはちゃっかりと3の鐘(10時)が鳴るまでに起きてきて朝食を済ませていた。


 エドラノールの温情で、ルソーツベッツ(塩漬けキャベツ)とスープと硬いパンを分けてもらえた。



 礼を言って食べた。エドラノールは、何が面白いのか対面に座ってにこにこと笑いながら食べる俺を観察していた。


「あの、何か俺の顔についてますか? 」


「いいや。ただ君、冒険者にしては変わってるよね」


「そう、ですか? 」


「うん。その話し方や礼を言えるところが変わってる。何だか商人と話してるみたいだよ。元は、商人の息子だったの? 」


 どうなんだろうか。

 そもそもこの世界の人間じゃないから、この世界の人間と違ってるというのは間違いではない。だけど、話し方やお礼を言えるというのは、親の教育のお陰と言えるのかもしれない。


 親父が自営業をしていたというのは、一応商人の息子ということになるのだろうか?


「そうなりますかね? 一応」


「あ、やっぱりそうなんだ! 」


 エドラノールは自分の予想が当たったことで満足したようで、そのことについてはそれ以上追及してことなかった。


 ただ代わりに、冒険者になってからのことをいろいろ聞かれた。


 どうも冒険者になりたての俺とタマモが子供とはいえラスパラを狩ってきたことに興味を抱いたようだった。


 そのことに関しては素直にタマモが単独で狩ってきたと伝えといたが、あくまでそれはきっかけなだけだった。いろいろ聞かれ、村で狩人のおっさんに少しだけ師事していたことなどをゲロった。



 まぁ、別段隠すことではないから問題はないだろう。ラスパラの肉や内臓の処理をしたのが俺だと知って、エドラノールに関心された。


祖人(・・・)の冒険者は、なってから下地を作っていくのが一般的らしいけど、君はそうじゃなかったんだね」


 エドラノールは、一人納得したようにしきりに頷いていた。


 俺は、「祖人の冒険者は」というエドラノールの言葉にひっかかりを覚え、精霊人とかだと違うのかと聞いた。


「どの精霊人も、とまでは断言できないけど、少なくとも僕たち(森の民)は、一人で生きていける術を身に着けるまでは、親の元で暮らすのが習わしさ。一人で狩りが出来て初めて成人と認められるのさ。そして、成人になったら親の元から離れることが許されるのさ。だから、冒険者ギルドに入った時にはすでに生きる術は持っているのさ」


 獣人や蜥蜴人もその集団で生活しているなら成人までに戦う術を叩きこまれているらしい。


 祖人も村とかの小規模集団だとある程度成人までに戦う術をある程度学んでいるらしいが、町や都市などの大規模集団となると、戦う術を持たない人間が一定数でてくるらしい。


 それをエドラノールは、戦いの身近さと寿命との違いによるものだと言っていた。



「黒は、そんな戦う術を知らない人を冒険者にする間のランクさ。君ならきっとすぐに上にいくだろうね」


 俺も三ヵ月前までは、武器といえば包丁しか握ったことのないような人間だったんだけどな。



 元青2の凄腕冒険者のお墨付きをもらえたのは、悪い気分ではなかった。






 遅めの朝食を終えた俺は、折角の休みということで街に繰り出すことにした。


 女将さんによるとタマモも朝食を食べ終えたら出ていったらしいで、もしかしたらどこかで鉢合わせるかもしれないな。



 まず最初に、前々から気になっていた市場を見て回ることにした。今まで、狩った魔獣を入れるための大袋を買う際にだったり、用事があった際にタマモの後ろについて行く感じだったので、こんな時にどんなものがあるのかじっくり見てみたかった。



 この辺の市場は、客層で大きく分けて2つある。

 1つは、傭兵ギルドや冒険者ギルド近くの戦いを生業とする人間を客層とした市場。もう1つは、商業ギルド近くの町の住民を客層とした主に日用雑貨や食料品を取り扱っている市場がある。


 前者は2度ほどタマモに連れられて行ったことがあるが、後者はまだ行ったことがなかった。


 どちらに行くか悩んだ末に、先に冒険者向けの商品を見る気になった。


「内臓を保存できる容器とか売ってるかもしれないしな」


 盗鳥のように内臓が価値のあるモンスターも今後出てくると考えられるので、ちゃんと保存できる容器が欲しかった。おっさんが何度か使うことがあったので、そういう容器自体はこの世界に存在しているはずだ。


 防具や武器を身に着けてないが、買い物をしに行くだけなので問題はないだろう。


 俺は、腰のポーチから飴玉を1つ取り出して口に含んだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 


「おい、てめぇ。今俺にぶつかっただろ」


 問 題 が 発 生 し た。



 冒険者向けの市場で露店や店頭の商品を見ながら、いくつか商品を買ってホクホクしながら歩いていたら、対面から柄の悪い冒険者風の男たちが歩いてきて、すれ違う際にぶつかったら絡まれた。


 一応言っておくが、俺は脇に避けようとした。でも、こいつが全く避けようとしなかったので腕と腕がちょっと当たったのだ。


「すまん。悪かったな」と言って、通り過ぎようとしたら肩を掴まれ、強引に正面を向かされた。


「おいおい、ぶつかってきておいてそれだけかよ」


 これは謝意が足りないとかいう奴だろうか、どの世界でもこういう恐喝とかカツアゲっていうのは存在するのかな、と俺は、男に胸倉を掴まれながら遠い目をする。


 なんか男の仲間っぽい男たち3人が「舐めてんじゃねぇぞ! 」「ふざけてんのか! 」「黒1の冒険者に喧嘩売ってんのか!? 」などと言ってきているが、黒1かよ。最低ランクじゃねぇか、しょぼいなおい。


 よく見たら、あんまりいい装備を着ていない。見すぼらしいというか、臭い。すっごく臭い。 


 それに全員、祖人だった。エドラノールの話を聞いた後だと育ちが悪かったのかなーとどうでもいいことを考えてしまう。


「許して欲しけりゃ、アレだ。取り合えず金出せよ。銀貨1枚で許してやるよ」


 やっぱりカツアゲだった。

 こんなことするより、ウォンラット10頭狩ってこいよ黒1冒険者。



 しかし、日本にいた頃にこんな奴らに絡まれたらビビってただろうに、今の俺の心境はこの状況をお金を払わずどう切り抜けようかという冷静なものだった。


 顔の恐さならおっさんだし、見た目の強さなら女将さんだ。悪臭は、散々朝のギルドで揉まれてもう慣れた。それに殺そうと突進してくる大牙猪の方が万倍恐い。


 自分で苦労して稼いだ金をこんな奴らに渡すなんて真っ平ごめんだ。



 そう思ったら、こいつらに対して沸々と怒りが込み上げてきた。武器を持ってきてなかったのが悔やまれるな。



――【火よ】


「あっつ!? 」


 胸倉をつかんでいた男の手の甲の近くに突如、火が生じた。手に熱を感じた男が胸倉を手を放して火を振り払った。


 解放された俺は、目の前の男を手で思いっきり押しのけた。火に驚いて浮ついていた男は、簡単に後ろの仲間に倒れ込んだ。

 


 これでも何カ月も重い荷物背負って山を上り下りしてたんだ。男1人をよろめかせるくらいの筋力はついてる。


「なっ」


「てめっ!! 」


 男の仲間で即座に動けたのは、一人だけだった。大振りで殴りかかってきた男の拳を横に躱し、動こうとしているもう1人の男の眼前に魔法で光球を生み出した。


「くっ」


 日中でも明るく感じる光球が突如目の前に現れた男は、目を眩ませて動きが固まった。




 その隙に俺は、その場から逃げ出した。




 取り合えず、市場の端っこまで逃げたが、男たちは追ってこなかった。もしかしたら途中で諦めたのかもしれない。


「はぁ、折角の休みだってのに嫌な奴らにあったな」


 このままここに居れば、またあいつらと鉢合わせるかもしれない。面倒事は避けるべきだろう。


 ひとまずは、あいつらに絡まれる前に臓器保存用の容器を買うことができたので良しとしよう。


 他にも便利なものがあったかもしれないと思うと、後ろ髪を引かれる思いだが、またあいつらと鉢合わせる可能性を考えると、今回はここまでとして別の機会にこよう。




 なので、もう1つの市場の方に顔を出すことにした。


 もう1つの市場までは、遠いので乗合馬車を利用した。乗合馬車は、バスのようなもので街中の主要な場所をぐるぐると周回して走っている。もう1つの市場までは、銅貨3枚で済むので時間短縮のために利用した。


 乗客はそれなりに多かったが、今の時間帯冒険者は少ないようで、忌避感はそれほどでなかった。

 あと、乗合馬車を引いているのは馬ではなく、なんかラプトルと呼ばれるような小型肉食恐竜みたいな見た目の魔獣が引いていた。




 30分くらい乗合馬車に揺られて、ようやく市場についた。

 馬車で長旅する時は、ちゃんとしたクッションを作っておこうと改めて思った。



 市場について思ったことは、さっきの冒険者市場より人が多いということだった。それに、さっきの市場ではほとんど見られなかった女性がいっぱいいた。


 カラフルな髪色の祖人、美形の多い精霊人、獣耳に尻尾の獣人、鱗に尻尾の蜥蜴人。そこを行き交う人達を見ているだけで時間を潰せそうだった。


 何より、日本にいた頃は決して見られない光景だからこそ、いつまでも見れていた。気づけば、携帯でその景色をカメラに収めていた。


 電池が切れるそれまでの短い間だけど、その光景を記録に残しておこうと思ったのだった。




・【火よ】

火魔法の初級呪文。火を生み出す。



定番のカツアゲ。

異世界の荒波にもまれた主人公は、もうちんぴらのカツアゲ程度にはビビらない。けど、正面切って戦う度胸も腕力もない。



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