17 「大猟。そして、2人の宴」
「お疲れ、大猟だったようだな」
両手に双角兎と初見の蛇を持って、背負った大袋をパンパンにして帰ってきたタマモに俺は労いの言葉をかける。
「うむ、運よく仕留めることができた」
どさっと重い音を立てて大袋が地面に置かれた。口紐を解いて中身を見ると、クリーム色の毛並みをした獣が入っていた。袋から出して、全体像を見るとシカに似ていた。頭に角のような隆起が2つほどついていた。双角兎のように角は、皮膚で覆われていた。
性別を確認してみるとメスのようだった。
「ラスパラの子供じゃ。こいつの肉は絶品じゃぞ」
余程おいしいらしく、タマモが上機嫌にラスパラのうまさを語ってくれる。
「そんなにうまいなら自分たち用に肉は取っておきたいな」
「売る気じゃったのかえ!? 当たり前じゃ! 」
どうやらタマモは、はなから自分たちで食べるつもりだったらしい。
今日は大猟だったから別にいいか。贅沢したってバチは当たらないだろう。
「内臓はどうする? 」
「肝と心臓は欲しいのぅ」
「わかった」
疲れていたので、タマモが獲ってきたのは血抜きだけはして、あとはギルドに投げるつもりだったが、そう言うわけにはいかなくなったな。
疲れた腕を回して、早速作業に取り掛かった。
ラスパラとついでに双角兎の血抜きと臓物の処理が終わって、片づけをする。タマモが獲ってきた蛇は、血抜きだけはしといた。ラスパラからとった肝と心臓は、濡らしたティッシュで包み、ビニール袋でぐるぐる巻きにして、胃袋を加工した革袋の中に入れて水につけた。これで、町に戻るくらいまでは持つはずだ。
「早う戻るぞ」
ラスパラを早く食べたい様子のタマモに急かされ、俺たちは急ぐように町へと戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日の成果は、薬草の採取依頼が3つで大銅貨7枚。ウォンラットの討伐依頼で大銅貨5枚。そして、買い取りで、ナシャスペータ1頭、斑鳶1頭、盗鳥1頭、ラスパラ1頭、双角兎2頭、ウォンラット5頭の合計が、銀貨8枚と大銅貨1枚となった。一日の稼ぎの最高金額を大幅に更新する結果となった。
詳細としては、
・ウォンラット5頭が銀貨1枚
・双角兎2頭が銀貨2枚
・草蛇の肉が銅貨5枚、牙が銅貨20枚
・斑鳶の羽根が銀貨1枚、肉が大銅貨3枚
・盗鳥の羽根が大銅貨1枚、肉が大銅貨1枚、胃袋が大銅貨5枚
・ラスパラの毛皮が大銅貨5枚、肉が大銅貨3枚、角が銀貨2枚
といった感じだ。ただし、ラスパラの肉は一部こっちがもらっての金額なので、1頭当たりだと大銅貨5枚はするらしい。
盗鳥の胃袋は、伸縮性が高く酸性に強く革袋として使われるらしいので、換金価値が高かった。ラスパラの角は、双角兎の角よりも良質な魔力触媒になるらしく換金価値が最も高かった。
買い取り窓口のおっちゃんが、「黒の冒険者でこいつを持ち込んでくる奴がいるとはな……」と驚いていた。どうも警戒心が強く、逃げ足もとんでもなく早いので中々捕まえれないモンスターらしい。
また、今回の依頼で、規定ランクの討伐依頼を一定数達成したとかでギルド証の色石が1つ黄色に変わって、俺とタマモは、黒3から黒2にランクアップした。
「ちょうどよい建前ができたの」
「そうだな。肉は木漏れ日亭で焼いてもらうか? 」
「うむ。今から頼めば、夕食に出してもらえるじゃろ」
木漏れ日亭は、冒険者御用達だけあって食材の持ち込みが可能だ。ついでに内臓料理も頼んでみるか。
「食材の持ち込み? いいよいいよ。今日はまだ誰も頼んでないからいけるよ」
宿に戻って、ちょうど手の空いていた亭主で料理人のエドラノールに聞いてみると、爽やかな笑顔で二つ返事で請け負ってくれた。
「それで、何の肉なんだい? 」
エドラノールさんに聞かれて、背嚢から葉に包んだ肉を出した。
「ラスパラの幼獣の肉です」
「へぇ、ラスパラの肉。それはいいね。この量だったら何品か作れそうだね。何か希望はあるかい? 」
「儂は、厚切りのステーキが喰いたいのぅ! 他はまかせる」
よっぽどステーキが食べたいのかタマモは、目を輝かせて力強く答える。
浮かれているタマモという珍しい姿にいいネタができた。と静かにほくそ笑んだ。
「うん、わかった。君はどうする? 」
「俺も一緒でお願いします。あ、あとこれもお願いできますか? 」
内臓のことを思い出し、革袋を取り出す。中の水とビニール袋は魔力に戻してからエドラノールに渡す。
「うん? これは内臓かい? 」
革袋の中身を覗いたエドラノールが真剣な様子で肝と心臓の状態を確認する。
「きちんと処理して持ってきたようだね。これなら調理できるよ」
少し不安だったので、エドラノールから問題ないと言われ、内心でガッツポーズをとる。
エドラノールは、肉と内臓を受け取って厨房の中に入っていった。夕食の時間に出してくれることになったので、事前に部屋の番号を伝えておいた。
それから俺たちは、自室に戻って荷物を下ろした。
「楽しみじゃのう」
自分のベッドに腰かけたタマモは、夕食が待ち遠しいようで、楽しみを我慢する子供の用にしきりに体を揺すっていた。
若干、鬱陶しかったので飴玉を1つ投げ渡したら、飴玉に気がそれて大人しくなった。
装備を脱いで、双角兎にどつかれた腹を見ると、青痣が出来ていた。指で押し込むと鈍痛がした。日常生活には支障はないだろうが、2、3日痕が残りそうだった。
大怪我をすれば支出だけ増えることになって、蓄えの少ない今はあっという間に枯渇してしまう。最悪、複製魔法で複製した調味料などを売れば金は捻出できるが、多用は避けたい。気を付けなければ。
連日の疲れもあって疲れていた俺は、道具の手入れを終えるとベッドに倒れ込むようにして眠りに落ちた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼寝から起きたら、日が沈みかけていた。
鞄から携帯電話を出して、時間を確認する。寝る前に確認した時は、12時半くらいだった。今は、17時を過ぎたところだった。
昼寝というには、随分とよく寝たみたいだ。
起き上がって部屋の中を見回すが、タマモの姿はなかった。どこに出かけているみたいだ。
ぼーっとした頭でそう考えていると、タマモがドアを開けて入ってきた。
「おっ、やっと起きたかえ。早うせい、料理はもうできてるぞ」
「うん? ああ、わかった」
何だかタマモはご機嫌だった。
ベッドから出る前に複製したペットボトルの水を呷って喉を潤す。
今日の夕食ってなんだっけな? そう思いながら、部屋を出た。
一階の食堂は、すでに人で溢れかえっていた。酔っぱらった冒険者たちの笑い声や怒号が聞こえてくる。
あ、そうだ。今日は、ラスパラか。
ようやく頭が働き始めて、今日の夕食を思い出した。
夕食を楽しみにしていたタマモがご機嫌なのも納得がいった。
「こっちじゃ、こっち」
手招きして、タマモが席へと案内してくれる。席に座ってしばらくして、従業員がやってきたのでタマモが鍵を手渡していた。
「主がいつまでも起きぬから、先に食べてしまおうかと思うたぞ」
「それは悪かったな」
「うむ。じゃが、今日の妾は機嫌が良いから許してやろう」
あ、そうですか。
楽しみにしている料理が出るにしたって今のタマモはご機嫌すぎる気もするが……まぁ、今日くらいはいいか。
「お待たせ。ご注文のラスパラのステーキにハツのソテー、レバーの赤ワイン煮だよ! 」
料理を持ってきてくれたのは、この宿の娘の子だった。精霊人と祖人のハーフで、名前はちょっと憶えていない。
それよりも彼女が持ってきてくれた料理に釘付けになる。ラスパラの厚切りステーキは、本当に分厚く切られ、大皿の中央を陣取っていた。ハツのソテーは、その左隅の方に小山のように盛られ、右隅に申し訳程度にルソーツベッツがもられていた。そして、パンと一緒に小鉢のような皿に茶色くなるまで煮こまれたレバーが盛られていた。
このレバーは、パンの上に塗って食べろということなのだろうか。
一緒に出されたスープもいつものものかと思ったら、中にラスパラの肉が入っていた。
実においしそうな料理にゴクリと喉が鳴った。
俺とタマモは、無言で顔を見合わせて、弾かれたように目の前のステーキに齧り付いた。
噛み締めた瞬間、口の中で肉汁が溢れだした。濃厚な肉の味の中に蕩けるような甘みを感じる。獣臭さもほとんどなく、わずかな獣臭さは旨さを引き立てた。
この世界に来てからというもの、筋のある肉は当たり前。食べる肉が噛み切れず、獣臭いものだった。
それだけに地球の高級肉を彷彿とさせるラスパラの肉は、俺にとって衝撃だった。
「こんな美味しいのがこの世界にはあったんだな……」
「……お主、泣いておるのか? 」
対面に座るタマモが、食べる手を止めて驚いたようにこちらを見てきた。それが、恥ずかしくて流れてきた涙を袖で乱暴に拭った。
「んなわけあるか。目にゴミが入ったんだよ」
タマモの生温かい視線を振り切るように俺は、ステーキを口に頬張った。そんな俺を見て、タマモも思い出したかのように食事を再開した。
俺たちはしばらく、夢中でステーキを頬張りもきゅもきゅと口の中の極上の肉を噛み締めた。
「旨かったな……」
「であろう」
目の前のステーキを全て食べきった俺たちは口の中に残る味を思い出し、余韻に浸る。
「ああ、そうじゃった。食べるのに夢中で忘れておったが今日はこれも買っておいたのじゃった」
タマモが思い出したようにテーブルの下に手を伸ばすように屈んで、何かを下から取り出してきた。
「ガラス瓶? 」
「赤ワインじゃ。昼に買ってきた」
タマモが従業員にコップを頼むと、すぐに2つ持ってきてくれた。
「ほれ」
タマモが2つのコップに赤ワインを注ぎ、1つを俺に渡してきた。
「忘れておったが、ランクアップを祝して乾杯じゃ」
「乾杯」
そう言えば、そんな建前があったな。掲げたコップを軽く打ちつけて中身を口にした。
その瞬間、口の中に葡萄の濃厚な香りが広がった。あとから渋みと酸味がきて、濃い酒気が鼻腔をくすぐった。
「……美味いな」
前に宿で出されたワインの何倍も美味い。酸味も渋みもちょうどよく、葡萄の濃厚な香りを引き立て調和させている。
「ふふん、そうじゃろう。なんせ大銀貨1枚したからのぅ」
得意げに語るタマモの言葉に俺は固まった。
「……は? 」
夢心地だった俺の意識が一瞬にしてクリアに覚醒した。
「そんな金、どこから捻出した」
「ポケットマネーじゃよ。これでも長く生きておるからの、それくらいの持ち合わせはある」
何でもないことのように言いながらタマモは、赤ワインが入ったコップを傾けた。
こんなちょっとしたことでポンと大銀貨を出せるって、こいつ一体いくら持ってるんだ?
「……何で冒険者やってるんだ? 」
「お主が冒険者になったからじゃよ。儂はお主の旅についていくと決めたからの」
何でこいつが、こんなにも俺に執着しているのかはわからない。
だけど、タマモが俺についてくるのは、俺の何かがあいつの琴線に触れたのだろう。
九つの尾をもつ狐人のタマモ。
白面金毛の妖狐の玉藻御前。
……まさかな。
あいつの髪は銀色だ。タマモが地球に縁を持つ相手というのは、流石に都合が良すぎるか。
「さて、冷めてしまう前に他の料理も食べてしまおう。どれもこれも美味そうじゃのう」
「……そうだな」
ステーキの衝撃で忘れていたが、料理が他にもあったことを思い出した。
折角のご馳走だ。冷めてしまうのは、確かに勿体ない。
それに大銀貨1枚もする赤ワインもタマモの奢りと考えれば、悪くない。むしろ、いい。
タダ酒。とてもいい響きだと思う。
俺は、タマモのことを深く考えることはやめて、今の目の前のご馳走を堪能することに決めた。
ハツウマー!
タマモのポケットマネーは、一等地に豪邸立ててもお釣りがくるくらいはある。
タマモからすれば、金貨1枚より飴玉1つの方が大事。




