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13 「準備と風魔法」


 アルタイ防具店を出た俺は外で待っているタマモの姿を探すが近くにはいないようだった。どこで道草を食っているんだ? と思っているとタマモが近くの店から出てやってきた。


「冒険者になったのじゃから相応の装備も必要じゃろう。次は武器屋じゃな」


「お、おう。そうだな」


「ついてこい、儂が見繕ってやろう」


 タマモは、俺の手を引っ張って先程タマモが出てきた店の中に連れていかれた。どうやら、ここが武器屋のようだった。



 そのまま、武器の見繕いがタマモと店主の厳ついおっさんの間で始まった。俺は、言われるがままに持たされた武器を振っては感想を言うだけの存在と化した。正直、武器の良し悪しも、自分が何に向いているのかも分かっていなかったので助かった。


 その結果、最初の武器として刃渡り30センチ程の剣鉈を買うことになった。理由としては、おっさんの下で猟師見習いをしていた時に鉈を多少なりとも扱っていたからだった。


 タマモが色仕掛けという交渉で、最初は銀貨10枚だったものが、銀貨7枚と大銅貨5枚まで値引きされた上に手入れ用の油壺と砥石がついてきた。


 その後も防具屋、道具屋と回って、冒険者としての装備を整えた。道具屋では、必需品というのがわからなかったが、タマモが助言してくれたので助かった。


「なぁ、随分と慣れてないか? 」


「んーそうか? 」


「前に冒険者をやっていたことでもあったのか? 」


「さぁて、それはどうかのぉ」


 くふふっ、とご褒美にあげた飴玉を口の中で転がしながらタマモは笑う。


「何も買わなかったようだけど、武器とか防具はいいのか? 」


「儂はすでに持っておるからのぅ。それに」


 タマモは、そこで言葉を区切って俺を見てくる。

 今の俺は、ディグヌアというモンスターの硬皮で作られた革鎧を身に着け、腰に剣鉈を差している。今から着る気はなかったのだが、店主から他の冒険者に舐められるぞと言われて仕方なく着ていた。新品のせいかちょっと動きにくい。


 そんな俺を見て、タマモはくふっと笑う。


「童のべべが似合うのは小僧のうちだけじゃよ」


 いちいち腹が立つ奴である。しかし、経験者らしいタマモからすれば、そう見えるのもまた事実なのだろう。選んでくれた恩もあり、喉まで出かかった文句は、ぐっと堪えた。


「……明日、朝一にギルドで依頼を受ける。それまでには、準備を済ませておけよ」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 買い物がひと段落し、小腹が空いてきたので、その辺の屋台でウォンラットの串焼きを買って食べた。食いではあったが味は今一だった。


 一度宿に寄り、荷物を置いてから冒険者ギルドに顔を出した。舐められない(変に絡まれない)ように買ったばかりの防具と武器は装備したままだ。


 昼を過ぎた冒険者ギルドは閑散としていたが、隣の酒場は相も変わらず盛況だった。そちらの喧噪は無視して、ギルドの一角の一面に紙片が打ちつけられた掲示板を見に行った。昨日の受付のおっさんの話によると、ここに依頼が張り出されているらしい。


 ここに張り出されている依頼書は、『雑務』、『採取』、『討伐』の3種類で分類され、その単語が判子で押されていた。あと、依頼書の隅に押された点の数と色で、推奨ランクがわかるみたいだ。詳しい内容は、手書きで書いてあった。


 こうして、黒3冒険者向けの依頼書を見ていると、ほとんど壁の中での肉体労働的な雑用か、とにかく量を要求している草の採取依頼だった。その草も手の空いていた受付の人に聞いてみると、町を出てすぐの草原などで採れるようなものばかりらしい。

 黒2になると、討伐の依頼が出るようになり、黒1になると、雑務の数が減って討伐と採取の依頼が増えていた。



 ……黒3の依頼って無職に対する救済措置じゃないか?


「まだ冒険者じゃないってことか……」

 

 掲示板で黒3雑務の依頼書を見ながら唸っていると、横にいたタマモが不意に笑った。


「金がない。武器もない。戦い方も知らない。そんな輩をモンスターの前にやるなんぞ奴らに餌を与えてるのと変わらん。黒3というのは、そういう入りたてがたくさんおる。冒険者、というのがモンスターを狩る者を指すというのなら、お主が今いる場所は、まだ冒険者とは呼べぬ位置じゃな」


「お前も俺と同じ黒3(最底辺)だろ」


「モンスターを仕留めたことのないケンと一緒にしてほしゅうはないのぅ」


 くくくっと、タマモはわざとらしく袖で口元を隠して憎たらしく笑う。それに対して、俺はわざとらしく顔を顰めて見せた。



 お互いにしばらくそのまま見つめ合って、ふっと笑った。


「くふふふ、お主ならすぐに上にいけるじゃろうよ」


「そりゃどうも」


 だけど、別に冒険者に憧れがあってなったわけじゃない。無理せず金を稼げるなら願ったりだった。


「とりあえず、明日はこの採取依頼を受けてみようと思うが、何か意見はあるか? 」


「レドリフ……止血草か。十束銅貨3枚のぅ。別に構わんが、他の採取依頼もついでに受けぬのかや? 」


「ああ、この辺の地理がよくわかってないからな。明日は、主にその確認をしようと思ってる」


 レドリフはその道中のついでだ。割とどこにでも生えていて、葉が赤みを帯びているから見つけやすい。根元で切って束ねてしまえばそんなに嵩張らないし、怪我した時に止血に使えるので一石二鳥だ。


「それはまた随分と慎重というか、悠長な話じゃな」


 幸い余裕はあるからな。


「しかし、そういうことならウォンラットの討伐依頼もついでに受けぬかや? 町の周りを見て回るならあ奴らも簡単に見つかるじゃろ」


 そう言ってタマモが指差したのは、黒1のウォンラットの討伐依頼だ。ウォンラットと言えば、この町に行く道中でタマモが狩ってきていたモンスターだ。


「この辺にいるのか? 」


「この地域にならどこにでもおるよ。なに、5頭くらいならすぐに仕留めてきてみせるわ」

 

「わかった。なら、それもついでに受けるか」


 明日受ける依頼が決まったところで、俺たちは冒険者ギルドを出た。

 どちらも常時限度なしで依頼の受注を行っていると依頼書に記載されていたので、今から焦って取っておく必要はなかった。



 冒険者ギルドを出たところで俺たちは、別れて自由行動することになった。タマモは久しぶりの町を観光したいようで、そのままふらりと雑踏の中に消えていった。俺はというと、宿に戻った。


 新しく買った装備の手入れをしておきたかったというのもあったが、魔法の本の続きを読みたかった。そろそろ土と風の初級呪文を使えるようになりたいな。



 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おっ! 」


 窓から差し込む日差しが茜色に染まり出した頃、ようやく俺の手から風が生じた。魔法現象の中でも風魔法特有の緑色の輝きを帯びた風は、間違いなく自分が生み出した風だった。

 タマモに教わらずに初めて発動を成功させた魔法なので、喜びもひとしおだ。


 早速、使えるようになった風魔法をもう一度発動してみた。


 緑色の輝きを帯びたそよ風が手のひらから生じ、部屋に吹いた。



 ……魔法の初歩の初級呪文だけあって、しょぼいな。至近距離でないと蝋燭の火すら消せないかという弱々しさだ。正直言って、光や火と違って、魔法を使っているという感覚は薄い。



「飴、食べるか」


 興奮から冷めた俺は、ベッドの上に置いてた鞄の中の飴袋から飴玉をとる。


 あ、これが最後の一個だったな。


 そう思いながら包装紙を破いて中身を口に放る。最後のは、ストロベリー味か。疲れた頭に糖分が染みる。甘露甘露。



 破いた包装紙を魔力に戻し、空になった飴袋を魔力に戻そうとしたところで不意に遊びを思いついた。取り合えず、空の飴袋は魔力に戻し、代わりにビニール袋を複製した。


 複製されたビニール袋の口を広げて振って、膨らませる。

 そこに魔法で生み出したそよ風を当てた。すると、袋の中に風が入り、萎みかけていた袋は再び膨張し、手を離すとふわりと宙に浮いた。


 すかさず、袋の中に風が入るように手の位置を変えて、追加でそよ風を生み出す。すると、袋は宙に浮いたまま風に煽られて部屋の中を移動した。



 これは、ちょっと面白いかもしれない。


 思い付きが上手くいったことで俺の心は浮かれていた。それから俺は、ビニール袋を如何に風魔法を使って床に触れさせないまま宙に浮かし続けられるかという遊びに夢中になり、タマモが部屋を訪れるまでずっとやり続けた。










「まったく、男というのはいつまで経っても子供よの」


 『木漏れ日亭』の食堂で、タマモは口元をにやにやとさせながら聞えよがしに呟いた。俺は、無言で温いエールを呷った。まずい。


「いい年をして木の葉遊びとはのぅ」


 ゴクゴクとまずいエールを一気飲みする。


「儂に気づかないほど夢中になるとは、また随分と可愛らしいことよのぅ」


 ダン!!


 飲み干したジョッキを机に置いた。その音でタマモが口を噤んだ。


「……魔法なんて俺がいた地域では、使ってるやつがいなかったんだよ」


 だから、仕方ないだろ。





 その日、俺はおいしくもないビールを四杯飲んだ。世界がぐるぐる回る。食べた食事の味は覚えていない。タマモには、子供遊びに夢中だったことを散々揶揄われた。


 タマモは、絶対いつか泣かしてやると誓って、俺は眠りについた。

 







・レドリフ(別名:止血草)

 割とどこにでも生えているもので葉が赤みを帯びているのが特徴の薬草。

 すり潰して患部に当てると血を止めることができる。増血薬などの素材としても使われているのでそれなりに需要がある。


 摘み取った葉をよく噛んで患部に当ててもいいので、冒険者たちはいざという時のために、道中にレドリフを採取している。使わなかった余りは、本来の依頼の達成報告のついでに冒険者ギルドに売却したりしている。



・木の葉遊び

 この世界の子供たちの遊び。風魔法で木の葉に風を当てて、上手く木の葉を宙に浮かし続かせる遊び。

 ビニール袋とは違って難易度がそれなりに高く、慣れが必要。


 割とポピュラーな遊び。

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