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12 「街で買い物」


 朝目覚めたらタマモが隣で寝ていた。

 口元に被さっていたタマモの尻尾をどけた俺は、隣で寝ていたタマモの体を揺すった。



「言い訳を聞こうか」


「んー? なんじゃ、朝から儂にちょっかいを出してきおって。盛っておるのかや? これだから若いオスは……」


 こちらを見ようともせずに寝ぼけたことをいうタマモに飴玉の包装を破って口元に近づけてやると、鼻を数度ひくひくとさせてパクっと手元の飴にくいついた。飴玉を舐めてタマモは、目を閉じたままふにゃりと相好を崩した。


 寝起きの悪いタマモを起こすには飴玉が一番手っ取り早い。


「くぁぁあ」


 しばらくするとタマモは起き上がってベッドの上で猫のように伸びをした。


「で、儂になんのようかえ? 」


「どうしてこっちに寝てるんだ? あっちで寝ろよ」


「嫌じゃ。儂の寝床はここと決めておるのじゃ。主こそあっちが主の寝床じゃろう」


 それはお前が昨日俺のベッドを占領したからだろ。


 と言ってやりたいとこだったが、タマモにそんなことを言っても「何を言うておる。奪い返せばよかろう」と返ってくるのは目に見えてる。


 朝からタマモと言い争う元気もなかった俺は、深いため息をついてベッドから出た。


「はぁ……じゃあ、次から俺はあっちで寝るから邪魔するなよ」


「別に儂は一緒に寝ても構わんのじゃよ? なんだったら主とベッドの中で仲を深め合うのも儂は一向に構わんぞ」


「断る」


 どこまでか冗談かわからないが、ベッドの上でしなをつくって誘惑してくるタマモの誘いを切って捨てる。タマモの容姿が魅力的なのは認めなくてはならないが、あいつの誘惑に乗って関係を結ぶというのは何だか気に食わなくてする気も起きなかった。


 絶対後でからかってくるだろうしな……


 その時のタマモの顔を想像しただけでもイラっと来る。



「今日は予定通り街を見て回って装備を整えたいが、タマモはどうするつもりだ? 」


「儂もケンについていくぞ。お主1人だけにしておくとまともな装備を買えるとは思わんからな」


「相場や装備の良し悪しはわかるのか? 」


「無論。少なくとも主よりは目利きができると思うとるよ」


 一言余計だ。

 だが、武器の相場なんて分かる筈もないから助かるのも事実だ。早いとこおっさんが言っていた防具屋に紅熊の毛皮を持ち込みたいしな。


「しかし、まずは飯じゃな。この宿は朝食も出るのじゃろう? 」


 その問いに俺は肯定する。


「ああ、宿代は朝食と夕食の料金込みの値段だから今から下に降りれば何か食べれると思うぞ」


 それを聞くとタマモは早速部屋を出て行こうとしたので、俺は「体拭いてから行くから先に行って食ってろ」とタマモに伝えた。


「ケンは綺麗好きだの。まぁよい。では、先に行っておるぞ。早う済ませてくるのじゃぞ」


 そう言いながら部屋を出ていくタマモを俺は複製魔法でペットボトルや湯沸かし器を生み出しながら手をひらひらと振って見送った。タマモに呆れられようと体がベタベタしているのは俺にとって小さくないストレスの元なので、時間があるのならやらない選択肢はないのだ。



 あいつ、旅の間体を拭くようなことをしてたように思えなかったが、隣で寝ていたあいつは臭いどころか甘い匂いがしてた。将来、飴の摂り過ぎで「体は砂糖でできていた」みたいなことにならないよな?

 


……この世界でもやはり生活習慣病はあるんだろうか。今度、タマモにでも聞いてみよう。







「遅かったのぅ」



 体をさっぱりさせて下着も履き替えた俺は、ゴワゴワとした異臭を放つ一張羅をしぶしぶ着直して一階へと降りると、タマモが気怠げにテーブルに突っ伏して待っていた。空の木皿があるところ、食事はとうに終わっていたようだ。


「待たせたな。今日の朝食は何だったんだ? 」


 席に座った俺がタマモに尋ねると、横からダンと音を立てて荒々しく料理を置かれた。


ルソーツベッツ(キャベツの漬物)と家の特製のオーク(豚鬼)の肉詰めと血詰めのソーセージだよ」


「ありがとうございます」


「ふんっ」


 持ってきてくれた歴戦のアマゾネスのように見える女将に礼を言う。女将は気に食わないとばかりに俺を眉根を潜めて睨んだ後、鼻を鳴らして去っていた。

 

 え、何でだ? と戸惑った俺は悪くないと思う。



 理由が分かるのか、タマモは可笑しそうに笑っていた。


「くふふっ、それはそうであろう。冒険者になったお主が給仕にご丁寧に礼なんぞ言っておったらそのような態度にもなろう」


「……礼くらい言うのは普通だろう」


「お主が住んでいた場所のことは知らぬが、少なくともこの辺りで見ず知らずの給仕にわざわざ礼を言う者なんぞ商人であってもおらんよ」


 タマモはそう言って笑う。

 お前、最近まで山に引きこもってたのに何でそんなことを知ってるんだと言いたくなった。以前聞いた話では、タマモは山に居つく前は転々と大陸のあちこちを放浪していたとは言っていた。その時のことの話なのだろう。おっさんの爺さんの代から山にいたという話なのだから一体何十年前の話なのだろうか。



 俺が他のことに気を取られていると、タマモが別の話題を振ってきた。


「それで、まずはどこから行くのじゃ? 」


「古着屋だ」


 まずはこの臭くて着心地最悪の一張羅をどうにかしたかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 


「ありがとうございましたー」


 古着屋で俺は会計を済ませて店を出た。服は、適当に落ち着いて色で臭くないものを選んだ。古着は1着大銅貨5枚くらいするのだが、買ったものは大銅貨3枚と安く済んだ。というか、この街の物価を考えると古着なのに結構高かった。


「地味な服じゃのー。もうちょい華やかなもんもあったろうに」


 ただ、タマモには不評のようでぐちぐち言われた。街で悪目立ちしないためなのだから地味な服、万歳だ。それで安く済むなら万々歳だ。それにそもそもタマモの勧めてきた柄物の古着は高かった。無地の適当に染めた古着で大銅貨5枚もするのに、いくつかあった柄物は銀貨1枚以上と2倍以上の値段だった。論外だ。


「次はどこに行くのじゃ?」


「防具屋。おっさんの毛皮を仕立ててもらう」


「ああ、あれをコートにしてもらうのじゃったな。店は何という名なのじゃ? 」


「【アルタイ防具店】。獣人(セリアンスロープ)のマーグ族って種族の人がやってるらしい」


「マーグ族のぅ。場所はわかるのか? 」


「宿のお兄さんに聞いた」


 アマゾネスのような女将の旦那、食堂の料理人をやっている森の民の美麗のお兄さんから聞いた。すらすらと簡単な地図も書いてもらったので、多分見つけれるだろう。しかし、あのお兄さん。あの見た目で200歳越えてるっていうんだから、タマモのような年齢詐欺な気がする。老け顔のおっさんとは真反対の童顔だ。



 異国情緒溢れる、というか日本の名残などあるはずもない異世界の街をタマモと一緒に歩きながら目的の防具屋を目指す。村にいた頃と比べ物にならない人々の喧噪に溢れた街では、道行く人々は容姿からして異なるし、道端に開かれた露店では見たこともない食材や用途の分からない奇怪なものやおいしそうな匂いを漂わせる料理を売っていて目移りしてしまう。



「ほれ、早うゆくぞ。まったく童のように目をキラキラさせおってからに……」


 ついつい寄り道しがちな俺の腕を取って、タマモはぶつぶつと呟きながら防具屋まで俺を引っ張ってくれた。少し恥ずかしい。



 目的の【アルタイ防具店】は、工業区と呼ばれるような工房が密集した区画の中にあった。一枚板に【アルタイ防具店】と異世界の言葉で焼き印されてある看板を確認した後、開店中の看板が掛けられたドアノブを回して中へと入った。


――カラカラカラ


 ドアに備え付けてあった木の実の殻が乾いた音を鳴らす。呼び鈴代わりか?

 店の中は窓が閉め切られていたが魔力で灯るカンテラ(魔道具)によって照らされていて明るく、カウンターで部屋を区切られ、カウンターの奥に数点の革鎧が見本のように置かれていた。そのさらに奥には、様々な魔物の毛皮が何十枚と積まれていた。やはり革の加工には薬品が使われているのか、何とも言えない異臭が室内には充満していた。


「なんじゃ臭う場所じゃのう……」


 鼻が敏感なタマモにはきついようで服の裾で鼻を抑えて顔を顰めていた。



獣人(セリアンスロープ)にはきついだろうな」


 そう言って店の奥から出てきたのは毛むくじゃらの大男だった。ぼさぼさの頭にこげ茶色の丸い獣耳が見えるところから、この人(筋肉達磨)が獣人の店主か。というか、マーグ族ってもしかして熊の獣人なのか?


「そう言うそちもそうであろう」


「慣れた。で、初めてみる顔だが何の用だ? うちは出来合い品は売ってないぞ。それとも売りに来たか? 」


 そういう店主の視線は俺が抱えていた毛皮へと向けられていた。俺はそんな店主に、おっさんからもらった紹介状を店主に渡した。


「ほぅ……」


 渡された店主ははじめ怪訝な表情をして受け取っていたが、手紙の裏に書かれたおっさんの名前を見て声をもらした。前掛けから出した小振りのナイフでさっと封蝋を切った店主は手紙を読み始めた。

 タマモは店の異臭によほど参っていたみたいで服の裾で口元を抑えたまま、外で待っていると言って出て行ってしまった。


 なるほど、タマモには悪臭が効果抜群か。覚えておこう。



「毛皮を見せてみろ」


 手紙を読み終えた店主に言われて紅熊(グレズリー)の毛皮を渡す。店主はそれをカウンターに広げて隅々まで検品し始める。


「うむ。やはりいい腕だ。いいだろう。これでコートを仕立ててやる」


「仕上がるのはいつになるんだ? 」


「皮をなめす作業もいる。……30日後だな」


 一か月か……結構かかるんだな。


「もう少し早くはならんのか? 」


「無理だな。いいものにしたいならそれくらいかかる」


 しばらくは街の雑務を中心に活動しようと考えている。問題はないか。


「費用はどれくらいになる? 」


「素材は持ち込みだ。それを考慮して……銀貨10枚と言ったところか? 」


 高いな……今の宿にタマモと2人で1か月は連泊できるぞ。しかし、地球でも天然の毛皮のコートは1着何十万もすると聞くし、妥当か。


「前金として銀貨3枚。30日後に残りの銀貨7枚を支払ってくれればいい」


 支払い方はそんな感じでいいのか。


「わかった。よろしく頼む」


 こうして俺は店主に前金として銀貨3枚を支払って店を後にした。



獣人はその身体的特徴からいくつもの部族に分かれている。マーグ族は、いわゆる熊の特徴を持つ獣人の部族の一つであり、○○族と表記される。


明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

なろコンに応募しましたので、しばらく他の作品と同じ頻度で更新することになると思います

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