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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第三巻
116/315

四章 聖剣と魔剣(9)

緑雷装纏(りょくらいそうてん)――」

 高く垂直跳びをした稲葉の体が緑色の電気を帯びる。そのまま稲葉は帯びた電気を掌に収束させ、宙空で一回転。球体となった緑雷が次々と射出され、俺たちを取り囲む魔装騎兵団の頭上で円形を陣取る。

 その色により様々な特性が強化される稲葉の雷。緑色は――範囲だ。

「――降雷乱舞(こうらいらんぶ)!」

 轟! と。

 全ての球体から緑色の落雷が降り注ぎ、呆然と天を仰いでいた兵隊たちに襲いかかった。

「今や! 白峰先輩!」

 着地した稲葉の声を聞くまでもない。俺たちはとっくに一点突破を狙って疾走はしっていた。

 緑雷の直撃を受けて倒れた者もいれば、攻撃を見切って回避した者、特殊な防具のおかげか直撃しても平気で立っている者もいる。見た限り、倒れた者は少ない。

 俺たちの進路に立ち塞がる兵隊は三人。セレスはそのうち最初に突っ込んできた氷剣の兵隊と斬り結び、俺は棍の中心を握って残り二人の相手をする。

 輝く聖剣が氷剣ごと兵隊を斬り伏せる。数瞬遅れて俺の棍が兵隊二人の喉を突いて昏倒させた。

 無論そこで立ち止まったりはしない。後ろは稲葉が抑えてくれているが、追手は必ず来る。それに、敵は前の方が多い。

「カーイン団長の下には行かせるな! どちらも近距離タイプだ! 魔導銃士隊、前へ!」

 指揮官らしき兵隊の命令に従い、拳銃からバズーカのような重火器まで様々な遠距離武器を持つ兵隊たちが壁を作る。くそっ! 武器の統一感はないが、兵隊だけあって集団での戦闘に慣れてやがる。

「セレス、横を抜けるぞ!」

「ああ」

 火炎放射やよくわからんエネルギー弾が殺到してくる中、俺たちは回避するためにも横に飛ぼうとし――


「いや、君たちはそのまままっすぐ進むんだ」


 粘っこい韻を含んだ声がした瞬間、炎やエネルギー弾は反射されたかのように方向を百八十度変えて兵隊たちを襲った。

 俺たちと悲鳴を上げる兵隊たちとの間に二つの影が割って入る。

 流石に、立ち止まってしまう。

「武器だとしても使用したのは人の意思。ならば捻じ曲げることなんて容易いよ。特に、君たち程度の意志力なら補助道具(フランベルジェ)を使うまでもない」

「……ここは任せて」

 薔薇服の優男と、紫色のドレスを着た三つ目の美女――刻印魔術師のルノードと〝魂吸の魔眼〟を持つラシュリーだ。

「お前ら、どうして……?」

 どうして、俺たちを助けたんだ?

「あのおチビちゃんが捕まったのは僕たちのせいでもあるからね」

「……助けるなら、協力する」

 ルノードは敵から目を離さず腰に佩いたフランベルジェを抜き、ラシュリーは開いている第三の目で俺たちを見詰めて柔らかく微笑んだ。

「……行って」

「ありがたい」

「感謝する」

 俺とセレスは再び走るために足を動かそうとしたが、追手と前方の兵隊に板挟みにされていると気づいて躊躇する。

「銃士隊は下がれ! 跳ね返される!」

 指揮官が声を張り上げる。訓練された動作で俺たちはあっという間に取り囲まれてしまった。

 しかし、そんな危機的光景にルノードはクツクツと笑う。

「おやおや、そんなに僕たちを見詰めていいのかな? ラシュリー」

「……了解、ルノード」

 カッ! とラシュリーが両目を大きく見開いた。

 開眼された両の瞳は不気味な黒紫色の光を放っている。すると、ラシュリーの前方にいた指揮官たちの体から白い光が煙のように抜け、ラシュリーの掌に集った。

 彼女の〝魂吸の魔眼〟が一度に十人近い兵隊たちの魂を抜き取ったんだ。仮死状態となった彼らは白目を剥いて呆気なく地に伏している。

 す、すげぇ。この二人を相手にしてたら一回戦落ちは確定だったかもしれんな。

「な、なんだアレは!?」

「魔眼だ! 女の目を見るな!」

「デュラハンだ! デュラハンを回せ!」

 動揺する兵隊たちの悲鳴を背中に浴びて、俺とセレスは倒れた指揮官たちの横を駆け抜ける。

 その先には――ズシン! ズシン!

 一歩踏む込む度に地震を起こしているような重低音を轟かせ、二体の首なし機械人形が立ちはだかった。さっき兵隊の誰かが呼んだデュラハンだ。

 こいつらは個体で考えるなら兵隊より厄介だぞ。やっぱ簡単に通してはくれないか。

「零児、蹴散らせるか?」

「無理だと言ってもやるしかねえよ!」

 三メートル近い巨大ロボが二機。人の身で壊せるかどうか不安だが、初めてというわけじゃない。あの時より状況が不利でも、やってやれないことはないはずだ。

 二機のデュラハンがドリル状の巨槍を掲げる。

 と――

「ふんぬ!」

 左側のデュラハンが、突如飛びかかってきた巨体に組み伏せられた。闘牛のような角を禿頭に生やし、七つの玉を繋げた数珠を首に下げた巨漢は、六本の腕のうち四本でガッチリとデュラハンの動きを封じている。

「小童に壊せて、儂に壊せんわけがないけんのう!」

 ポゥと淡く輝いた残り二つの拳で、パクダ・カットゥヤーヤナはデュラハンを滅多やたらと乱打した。デュラハンを構成している装甲や部品やらが見る間に解体されていく。

 だがデュラハンはもう一機いる。俺たちを狙おうとしていた右側の巨槍がパクダの大きな背中に向けられる。

 パチン! 指を鳴らす音が軽快に響いた。

 瞬間、パクダを狙っていた右側のデュラハンが、地面から生えるようにしてせり上がった三本の巨剣に貫かれた。

 スパークして動かなくなるデュラハンの足下に、包帯を巻いたマジシャン風の男が立っている。彼――ハイカル・アズミは包帯の隙間から覗く右目で俺たちの方を見ると、クイッと顎をしゃくって『次元の柱』の方向を示した。

 行け、ということらしい。

「すまない!」

「恩に着る! パクダ殿、ハイカル殿」

 簡単に礼を言い、俺とセレスは走る。

 走る。走る。走る。とにかく走る。

 目指すカーインは観客席の階段を登っている。大闘技場から『次元の柱』まで距離がある。破壊するなら麓ですればいいはずだ。なのになぜこの場に現れた?

 魔剣を回収するため? それもあるだろう。リーゼの魔力を魔剣に食わせる、とスヴェンが言っていたし、あの魔剣が柱を壊す重要な鍵となっているのは間違いない。

「カーイン師匠は、一体どういうつもりなのだろうか」

 走りながらセレスが呟きを漏らした。その表情は暗く、複雑だ。

「あの観客席の一番上が最も柱を見渡せる。あいつはそこからなんらかしらの手段で柱を破壊するつもりだろうな」

「いや、零児、そうではなくて――」

「〝剣神〟が私たちに加担していること、かしら?」

「「――ッ!?」」

 天空から高密度の〝影〟の奔流が落ち、俺たちの進路十数メートル先の地面を爆散させた。爆風が衝撃波となって俺たちの体を打つ。が、どうにか足の踏ん張りを利かせて吹き飛ぶことだけは凌いだ。

 重たい羽ばたき音を立てながら、巨大な影霊が舞い降りてくる。その肩に乗る黒セーラー服の少女が不敵な笑みで見下している。

「……望月絵理香」

 奥歯を噛みしめ、俺は悪魔異獣と少女を睨め上げた。

「あなたは、知っているのか? カーイン師匠になにがあったのか。どうして『王国』などという悪に協力しているのか」

 問いかけるセレスに対し、望月はクスクスと小馬鹿にした笑いを返す。

「私たちが『悪』だなんて人聞きが悪いわね。でも、ふふっ、私はそれも嫌いじゃないけど」

「質問に答えろ!」

「ふふふっ。どうでもいいわ。私は智くんさえいればそれでいいの。他の人なんて興味ない。ああ、〝王様〟だけは別かな。あの人は、私を混沌から掬い上げて智くんと会わせてくれた恩人だもの」

「つまり知らないと?」

「そういうことよ。知りたければ本人に訊くことね。特別にここを通してあげるから。でも――」

 ゾワリ。

 背筋に走った悪寒が、望月の変異を告げる。


「智くんを傷つけたそこのわんこさんだけは、この場で殺してあげる!」


 二本の影刀を構え、煌めく血色の瞳をした望月が悪魔異獣の肩から飛び降りた。

 まっすぐに俺だけを見詰めて。俺だけに、殺意を向けて。

 影霊たちの女王が、来る。

「――ッ!?」

 急に、望月が俺への突貫を止めて後ろに飛び退った。次の瞬間、彼女が突っ込んでいただろう場所に無数の黒いナイフが雨霰と降り注いだ。

 続いて灼熱の黒炎が凄まじい勢いで俺の脇を擦り抜ける。リーゼの黒炎とは違う、影が炎の形を成しているような無光の燃焼体。望月はそれに〝影〟の衝撃波をぶつけて相殺する。

「面倒臭えが、白峰も通してやってくれないか?」

「相手が欲しいならあたしたちがなってあげるわ、望月先輩」

 振り向くと、漆黒の大剣を握る少年とカラスのような黒翼を背に生やした少女がそこにいた。

「迫間! 四条!」

 黒いロングコートを羽織ったそいつらは俺を一瞥すると、キッと表情を引き締めて望月に向き直った。

「久し振りね、漣くんに瑠美奈ちゃん。まさか、二人だけで私を止められると思ってるの?」

 身も凍りそうな望月の畏怖が少し弱まる。だが、望月の言う通りだ。四人がかりでようやく追い返すことに成功した望月を、迫間と四条の二人だけでどうにかできるとは思えない。時間稼ぎを引き受けてくれるだけなのだとしたら、それは御免だ。今回は影霊の弱点である光を使えるセレスがいる。俺たちも加勢するべき――


「ああ? 寝惚けてんじゃねえぞ〝影霊女帝〟。クソ羽のガキ弟子だけにてめえの相手なんざさせっかよ」


 闇が噴き上がる。その中から、鋭い目つきをしたくすんだ赤毛の女が大鎌を構えて飛び出した。

「てめえの首は、オレが刈り取るんだからよ」

 ガキィン! 大鎌と影刀が衝突し、聞き慣れない金属音が響く。

 大鎌の乱舞に望月は顔を顰め、バックステップで赤毛の影魔導師――ウェルシー・ホーネッカーから距離を取る。

「悪い口調……黒帽子のストーカーおじさんみたい」

 体勢を低く取り、望月は嫌なことを思い出したように呟く。

 その後ろで悪魔異獣が吼えた。〝影〟の咆哮波をぶっ放そうとする悪魔異獣だったが、突然空から降ってきた巨大ロボにアッパーカットで顎を殴られた。咆哮波は強制的に閉ざされた口内で爆発する。

 デュラハンじゃない。ちゃんと頭部があるし、デザインがまるっきし違う。なによりも、胸部にあるコックピットに赤ちゃんが乗っているのが見えた。

「ヴィルゲルム! そのでかぶつは任せたぜ」

「イエス・マム」

 赤ちゃんの知的ボイスがロボのスピーカーから流れ、ヴィルゲルムと悪魔異獣が組手をするようにお互いを掴み合う。怪獣映画を見ているような大迫力の光景に、俺はただ呆然とするしかない。

「智くんになにをするの!」

 血相を変えた望月がヴィルゲルムに飛びかかろうとするが、その先に回り込んだ迫間と四条によって妨害される。

「オラ! ボケッと突っ立ってんじゃねえガキ共! 影魔導師の相手は影魔導師がする! てめえらはてめえらのやることをやってきやがれ!」

「「!」」

 ウェルシーに叱咤されてハッとする。礼を言う前にウェルシーは転移で迫間たちの戦いに加わったため、俺とセレスはそのまま足を動かすことにした。

「瑠美奈殿たちは大丈夫だろうか?」

 心配げにセレスが言う。

「やはり、私が戦った方がよかったのではないか?」

 セレスも一応は影霊の弱点を知っている。聖剣を使えばその辺の雑魚影霊など一振りで斬滅させることができるだろう。でも――

「きっと大丈夫だ。ウェルシーとヴィルゲルムはともかく、迫間たちは望月と因縁がある。行けって言うんだから俺たちが留まる必要はないだろ」

 それが死ぬ気の無謀な時間稼ぎじゃなければ、な。

「そこまでだ異界監査官! これ以上先へは通さん!」

 数人の兵隊たちが俺たちの進路を塞ぐ。カーインまではまだまだ遠い。

「く、次から次へと鬱陶しいな!」

「蹴散らすぞ、零児」

 走る足は止めず、セレスは聖剣を、俺は棍を強く握り構えて突攻する。

「迎え撃て! ここで仕留めろ!」


「そうはいかないアル!」

「道は開けてもらうネ!」


 兵隊たちの両サイドを、赤いチャイナドレスをはためかす瓜二つの少女たちが挟撃した。狐耳と尻尾、三つ編みのポニーテールとツインテールが、振り回される銀色の刃と共に美しい演舞を披露する。

 抵抗するも虚しく、不意を突かれた兵隊たちは十秒と持たずに全滅した。

「レイ・チャン、無事アルか?」

 三つ編みポニテの方、姉のリャンシャオが訊ねてくる。いい加減に普通に呼んでほしい。本人たちは普通なのかもしれないが。

「ああ、助かった。まさかお前らまで俺たちに協力してくれるとはな」

「夫の道を切り開くのは妻の役目ネ」

 ぽっと赤く染まった頬に両手を添えるリャンシャオ。ハハハ、こいつなに言ってるんだろうね? そして今一瞬お隣のセレスさんから殺気じみた気配を感じたのは気のせいに違いない。

「レイ・チャン、あいつなんか始めたヨ」

 三つ編みツインテの方、妹のチェンフェンが観客席の一番上に立つカーインを指差した。見上げると、カーインは座席に寝かせたリーゼに魔剣を添えているようだった。

 リーゼの魔力を食らっているのか?

「チッ、急がねえと!」

「待つネ」

 駆け出そうとした俺の腕をリャンシャオが掴んだ。

「なにすんだよ!」

「走るより、アレで飛んでった方が早いアル」

 ポン! とマヌケな音を立てて白煙から現れたのは、鳥を模った巨大なハリボテ――神火飛鴉だった。

「アレに乗れと?」

「そうアル」

 大真面目な顔で頷かれた。

「大丈夫。爆撃用の火薬は抜いてあるヨ。移動用に作った物だから二人くらい楽勝で乗せられるネ」

 狐妖術とかっていう怪しい術で神火飛鴉を取り出したチェンフェンが自信ありげに語る。

「零児、迷っている時間も惜しい。行くぞ」

「あーもう、どうにでもなれ!」

 セレスが先行したため俺に拒否権はなくなった。もはやヤケクソで神火飛鴉の背中に跨り、先に乗っていたセレスの胴に手を回す。

「ひゃっ!? れ、零児、変なところ触ったら振り落すからな!」

「りょ、了解です……」

 赤面するセレスがハンドル代わりの手綱を握ったところで、着火。そして、発射。

 下部に取りつけられた火箭の勢いで一気に空へと舞い上がる。激しく揺れたが、セレスは乗馬をするような動作で上手く軌道を修正している。もし俺が前だったら二秒で墜落してただろうね。

 戦場を真下に、俺とセレスを乗せた神火飛鴉は空中を突き進む。といってもそんなに高空というわけじゃない。対空砲火を受ければひとたまりもない位置だ。

 それでも、息がしづらくなるほどの速度がある。この調子なら敵に妨害する時間を与えることなくカーインの下へ辿り着けるはずだ。

 そう俺は思っていたが、やはり現実はうまくいかない。

 回転する巨大な螺旋槍が絶妙なタイミングで神火飛鴉の片翼を抉り取った。

「うわっ!?」

「零児、しっかり掴まっていろ!」

 バランスを崩して落下する神火飛鴉をセレスが巧みに操って滑空させる。そして高度がある程度下がった時、俺たちは躊躇わず神火飛鴉から飛び降りた。

 墜落し破裂する神火飛鴉を確認してから、俺は巨槍を握るそれを睨みつける。

「ショートカットなどというくだらない真似は阻止さてもらったよ、白峰零児、セレスティナ」

「スヴェン!」

 オリジナル・デュラハンの頭部で二丁拳銃を構える燕尾スーツの青年を見ていると、なんとも言えない怒りが込み上げてくる。無性にあのメガネを砕き割りたい。

「貴様、まさか本当に生きていたとはな」

 低く言葉を投げかけるセレスに、スヴェンは感慨に耽るように眼鏡を持ち上げた。

「ふむ、僕もあの時は死を覚悟したよ。実際、第二柱(ゼクンドゥム)に助けられなければ塵芥一つ残らなかったと思う」

 ゼクンドゥム……そうか、あいつならあの局面からでもスヴェンを異空間に退避させられる。誘波の探知を掻い潜ったのもそういうことだろう。

「とにかく、君たちをカーインの下へは行かせない。ここで大人しく柱が崩れる光景を見ていると――」

 スヴェンの言葉を遮って、ガガン! と奇妙な衝突音がした。かと思えば、五メートル近い巨体を持つデュラハンがぐらつき――


 そして、倒れた。


 ……違う。倒れたは倒れたでも、倒されたんだ。

 誰に? 決まっている。この場にいてこんなことできるやつなんて一人しか思い浮かばない。

「俺的に、全然物足りねェ話なんだが……おいメガネ、てめェならこの渇きを少しくれェ潤せるか?」

 半分焼け焦げた作業着の、マロンクリーム色の髪をした男が狂戦的な笑みを浮かべてトンファーを回転させていた。

「グレアム・ザトペック……」

 デュラハンの頭部から投げ出されて尻餅をついていたスヴェンが苦い表情をする。

「僕の周りは五機の量産型デュラハンで固めていたはずだ。なぜ君がここにいる?」

「ん? あァ、アレのことか?」

 グレアムはつまらなそうに立てた親指で背後を示した。そこでは、かろうじてロボットのパーツだとわかる部品が山積されていた。黒煙を上げ、火花を散らしているそれらはもはやガラクタでしかない。

「あんなオモチャじゃあ準備運動にしかなんねェなァ。来いよ、メガネ。零児と嬢ちゃんに代わって俺様が遊んでやる」

「……まったく、相変わらず冗談みたいな強さだ」

 飛び起き様に二丁拳銃を連射するスヴェン。その弾丸をテンション高く笑いながらトンファーで捌くグレアム。オリジナル・デュラハンが起き上がって二本の巨槍を刺突するが、グレアムは飛んで跳ねて時には受け流して難なく凌いでいる。

「行こう、セレス。スヴェンはあいつに任せとけば問題ない」

「そのようだな」

 どうやら壁はスヴェンで最後だったようで、カーインまでの道のりに邪魔者はいない。残りの対戦フィールドを一気に駆け抜け、非常用の梯子を登って誰もいない観客席へと立つ。

 その時だった。

 観客席最上部の壁が、鈍く短い音を立てて消失した。

「え?」

 崩壊したのではなく、消失。まるで最初から大穴が穿たれたデザインだったかのように、瓦礫一つ零れていない。

 壁に開いた大穴の前に屹立する漆黒鎧の男がゆっくりと振り返り、階段下の俺たちに冷え切った視線を落とす。

 右手には紅い反射光を放つ銀色の片刃大剣――魔剣ディフェクトス。

 左手にはボロ雑巾のように襟首を掴まれたリーゼ。意識はまだ戻ってない。

「辿り着けたか、セレスティナ」

 カーインの声には感情が籠っていないが、素直な称賛が含まれていた。

「カーイン師匠、お答えください。正義に熱かったあなたが、どうしてこのようなことをなさっているのですか!」

「言葉は不要だ、セレスティナ。俺が成そうとすることを悪だと断じるならば、その聖剣を持って裁くといい。俺もこの魔剣にて裁きに抗おう」

「ですが、師匠!」

「くどいぞ。聞きたければ俺を下せ。無論、二人がかりが卑怯などとは言わぬ。今は騎士の決闘ではなく戦争だ。殺すつもりで来い」

 カーインの刺突に構えられた魔剣ディフェクトスが、得も知れぬ紅のオーラを纏う。

「俺とお前、どちらの正義が正しく、どちらの意思がより強固なものか。この場にて証明しよう」


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