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【第1章完結】とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜  作者: 入多麗夜


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愚者達の夜会

オックスフォード商会 (リリア・アレス・アルフレッド)視点のお話です。

 雨上がりの石畳が、街灯の光をぼんやりと反射していた。

 オックスフォード商会の屋敷。その最上階にある会議室の灯りだけが、夜の中で静かに煌めいていた。


 卓上には、地図と幾通もの書簡が並んでいた。

 封を切ったばかりの紙の匂いが、かすかに漂っている。


 アレスが一枚の封書を破りながら言った。


「今朝、確認が取れた。リュミエール商会の馬車が北方街道を抜けた。荷も随行も本物だそうだ」


 アルフレッドは地図の上に視線を落とす。

 赤い印がいくつも書き込まれた街道の線を指でなぞり、ゆっくりとうなずいた。


「北方街道か。父親の療養先がその向こうだと聞いたが……まさか本当に行くとはな」


 リリアは扇を開き、口元に軽く笑みを浮かべる。


「動くなら今よ」


 アレスは小さく頷き、書簡の束を卓に置いた。


「都の出入りも見張らせているから間違いない。馬車は確かに北へ向かっているそうだ。屋敷には数人の使用人しか残っていない」


 リリアは細い指で扇を軽くあおぎながら、楽しそうに言った。


「セリーヌは随分と優雅な時間を過ごしてるわね。この時期に外出だなんて、まるで“敗北宣言”でもするつもりかしら?」


 アレスは鼻で笑い、地図の端を指で押さえた。


「離れれば安全だと思ってる。だが、そこが甘い。自分は関係ないとでも言いたげだが、物証の前じゃそんな言い訳は通らない」


 彼は指で南門の印を示す。


「リュミエール商会の印章をつけた荷が、明日の朝、南門を抜ける予定だ。中身は禁制品の鉄で行く。見つかれば今度こそ終わりになるだろうな」


「……三ヶ月前と同じ手を使うつもりだな」


「ああ。禁制品を流した罪を着せる。前は偶然にもやり過ごせたようだが、今回はもっと確実にやるつもりだ。流石に監査局は二回も庇ったりはしないだろうしな」


「検問には手を回したのか?」


 アルフレッドが確かめるように尋ねた。


「問題なく回してある」


 アレスは短くうなずいた。


「賄賂で買収した検査官に“リュミエールを見つけたら即通報せよと”と命じたからな」


「前と同じく、一度で片がつくといいわね。それで、リュミエールを潰した後はどうするつもりなのかしら?」


 リリアの声には期待がこもっている。


 アレスは地図に手を伸ばした。


「権益を全部奪う。財産、取引先、契約書類――全部をだ。そうすれば、南方への足掛かりができるからな」


 アルフレッドが眉を顰める。


「南方か……まだ危険じゃないのか?」


「危険だが、価値が高い。あそこは資源も港も、人脈も揃っている。後はあの忌まわしいハルベルト商会さえ、叩き潰してしまえば、王国は我らの手中になる」


 南方は、王国の誰もが欲する土地だった。

 港を中心にした交易都市がいくつも並び、海路を抑えれば東方諸国との取引も独占できる。


 人脈の多くは古くからハルベルト商会やセリーヌのリュミエール商会等が居座っており、そこに割って入るのは容易ではない。


 だが、ひとたび根を張れば莫大な富と影響力が手に入る。


 王家ですら干渉を控えるほどの自治が認められており、実質的には“もう一つの王国”と呼ばれている。


 そこに手を伸ばすこと――それは覇権そのものの奪取を意味していた。


 アルフレッドの眉がきゅっと寄る。


「ハルベルトを潰すとなると、足元が騒がしくなるぞ。彼らもただ黙ってはいない」


「そうだな。それに関しては、リュミエールを潰してから考えよう」


 アレスが言葉を終えると、部屋の中に一瞬の静寂が落ちた。


 窓の外では、夜の雨がすっかり上がり、雲間から月が顔を覗かせている。


 アルフレッドは深く息を吐き、肩の力を抜いた。


「ようやく、長かった因縁にも終止符が打てるというわけだな」


 リリアは微笑みを浮かべ、二人を順に見た。

 その目には、誇りと安堵が宿っていた。

 何も疑わず、信じている。

 すべてが自分たちの思惑通りに進んでいると。


 夜が明ければ、全てが動き出す。

 勝敗が決するその時、誰が笑い、誰が崩れ落ちるのか。


 彼らはまだ知らなかった。


 ――この計画そのものが、すでにセリーヌの手のひらの上にあることを。


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