第96話 ダブルヘッド 5
大きく開かれた口の奥から現れるのは、そう。
ダブルヘッドの固有魔法、炎獄の黒炎だ!
ダブルヘッドの攻撃の中でも最も威力があると恐れられている黒炎の魔法。
超高熱で対象を焼くだけでなく、黒炎を受けた傷痕は相応の対処をしなければ腐り壊死してしまうこともあるという凶悪な魔法だ。
この黒炎、まともに受けるとただでは済まない。
とはいえ、こちらも対処する術はすでに考えている。
この黒炎、口を大きく開いた状態から発動までに少し時間がかかるらしいからな。
なら、待ってやる必要はない。
短剣を取り出し、素早く魔力を纏わせる。
そして、投擲!
うなりをあげて飛来する短剣が、狙い違わず大きく開かれたダブルヘッドの口の中に突き刺さった!
「ゴッ、ゴボッ!」
その短剣を標的に。
「雷撃!」
「オォォォ!」
効いてるぞ!
さあ、もう一発だ。
「雷撃!」
「ウゴォォロォォ」
声にならないような悲鳴を上げて左の頭が沈黙する。
よろめくダブルヘッド。
こんな状態の相手を逃す手はない。
2歩でダブルヘッドの首元に飛び込み。
濃密な魔力を纏わせた剣を一閃!
ドズン!
よし!
今度は上手くいった。
それなりの抵抗を感じたものの、剣を振り切ることができた。
当然。
ドン。
地面に転がる左の首。
その首を前にして立ち尽くすダブルヘッド。
己の首が落ちたという事実を信じられないのだろう。
もちろん、ここを逃すはずもない。
振り切った剣を返し、右の首に斬りかかる。
ザスッ!
「グギャァアァ!」
が、駄目だ。
こちらは手応えが足りない。
切断には至らず、傷を負わせただけ。
首元に入った剣を抜き取り、距離をとる。
何が足りないんだ!
2撃目は纏っていた魔力が薄れていたのか。
それとも、雷撃との連撃が必要なのか。
……。
もう一度だ!
「信じられない!? ダブルヘッドの首を斬ったわ」
「本当に?」
「新人冒険者が単独で倒してしまうのか」
「あり得ない……」
気合を入れ、再度剣に充分な魔力を纏わせ。
ダブルヘッドに向き合う。
すると。
ダブルヘッドが怯えた様子で、俺から距離をとるように後退した。
さっきまでの威圧感は完全になくなっている。
なるほど。
こいつ死線をくぐり抜けた経験がないのか。
なら、これはもう俺の敵じゃないな。
残っている右の首を落とせばいいだけ。
時間の問題だ。
ただし、再生能力は厄介だな。
左の首が再生される前に片を付けないと、面倒なことになるか。
よし、次で決めてやる!
一歩踏み出そうと軸足に力を入れたところで。
「ええ!?」
岩の中からの叫び声。
今まで以上に大きなその声に、思わず振り向いてしまう。
「逃げていくわ!」
うん?
一瞬の躊躇ののち、ダブルヘッドに視線を戻すと。
「なっ?」
こちらに背を向け、飛ぶように逃げていくダブルヘッド。
こちらを振り返ることもしない。
その必死の様子に、わずかながら力が抜けてしまう。
「……」
あの速度で森の中を逃げられると、追いつくのは簡単じゃない。
それでも、不可能というほどでもないか。
すぐに追うか?
いや、その前に。
「ダブルヘッドが逃げたわ」
「逃げたな」
「ああ、逃げた」
「ダブルヘッドが人から逃げた」
「……」
「新人冒険者からな」
「ありえないわ」
「ああ」
「……」
何かいろいろと喋っているが、そんなことより。
「もう安全ですから、出て来てください」
巨岩の中に隠れている冒険者に声をかける。
「ああ……。ありがとう」
「助かったわ。あなたは命の恩人よ」
「心から感謝する」
「……」
冒険者と思われる4人が出てきた。
全員見覚えがあるような気がするが……。
血と汚れでよく分からないな。
まあ、冒険者ということなら、どこかで見かけたこともあるんだろう。
「他にはいませんか?」
「ええ、この4人だけよ」
「そうですか」
やはり、シア、アル、ギリオン、ヴァーンはいないのか。
そうかぁ……。
「それで、傷は大丈夫ですか?」
「結構やられたが、まあ大丈夫だ」
「私も」
「なんとかな」
「……」
ひとりはずっと黙っているが、とりあえず問題はなさそうだな。
それなら。
「では、すぐにオルドウに戻ってください。私はまだ捜索を続けますので」
「え、捜索を?」
「危険じゃないのか」
「バカ言え、あのダブルヘッドを追い返したんだぞ」
「そうだったな」
あの4人を見つけるまで、特にシアとアルを見つけるまで安心はできない。
ここでゆっくり話をしている余裕もない。
「無事にオルドウまで戻ってください。それでは」
駆け出そうとする俺に、4人の中から1人の冒険者が近づいてくる。
「……これを」
そう言って差し出したのは回復薬。
しかも、これは低級じゃないぞ。
高級な回復薬じゃないのか。
「私は怪我をしていませんよ。あなたが使えば良いのではないですか」
これは簡単に手に入るような物ではない。
「俺の傷は大したことはない」
「そうですか」
で、どうしろと。
「今後のこともある。受け取ってほしい」
くれるというのか。
「ですが、これは高級品です」
「助けてくれた礼だ。それに……前の借りもある」
借り?
ということは、この人と関わりがあったと?
顔も髪も血と泥で汚れていて、誰だか分からないんだが。
とはいえ、誰ですかとは聞きづらい。
「だから、黙って受け取ってくれ」
「……そうですか」
こんな高級品を貰って申し訳ない気がするが、今はここで時間を潰している場合じゃない。
とにかく、捜索に戻らないと。
「とりあえず、いただいておきます。後ほどまた」
使わなかった場合は返そう。
使った場合は代金を払うことにしよう。
「では、これで」
今度こそ振り返らず駆け出す。
そんな俺の背中に。
「俺はゾルダーだ。以前のことは、その、すまなかった」
叫び声が投げかけられる。
ゾルダー……?
そうか、あいつだったのか。
シアの魔法訓練中に絡んできた酔っ払いだ。
しかし、全く分からなかった。
顔が汚れていたのもあるが、態度が以前とは全く違ったからな。
……。
とんでもない奴だと思っていたが。
酒が入っていないと、案外まともな奴なのかもしれないな。





