第95話 ダブルヘッド 4 ※
ギリオン、ヴァーン、それにシアとアルが常夜の森から戻っていない。
それを耳にして居ても立ってもいられず、バルドィンギルド長と冒険者たちの話を聞いている途中でギルドから抜け出してしまった。
けれど、幸いなことに冒険者活動をするつもりでギルドにいたものだから、このままの身なりで常夜の森へ向かうことができる。
なので、今はひたすら駆けるだけだ。
オルドウから東に出て、常夜の森とテポレン山の境目を目指す。
この辺りは今や通り慣れた道。迷うことなく一気に駆け抜ける。
そうして、しばらく走ったのち。
常夜の森の入り口に到着した。
常夜の森は当然のことながら森なので、どこからでも入ることができるのだが、一応推奨されている入森ルートというものが複数存在する。
ここは、その中でも最もテポレン山に近いルートの入口だ。
ギリオン、ヴァーンベックとシア、アルの2組がどこから入森したのか定かではない。
だが、先程ギルドに報告に来た冒険者の話ではダブルヘッドを目撃したのはテポレン山の近くということ。
それなら、ここから入って探そうと思う。
……。
入口からは覗き見る常夜の森は普段と変わることのない厳粛な雰囲気。
しかし、厳粛でありながらどこか不穏な雰囲気を漂わせている。
近くに只ならぬモノが存在する、そんな感じがする。
それとも、強力な魔物がいると知っているから、そう感じると思い込んでいるだけなのか。
「……」
どちらが正しいのか分からないが、今は俺の知覚など問題じゃない。
森に入って探すのみ。
不穏な雰囲気を前にして僅かながら生じた躊躇をかき消し、森の中に足を踏み入れる。
1歩1歩進むにつれ重い空気が肌にまとわりついてくる、そんな感じさえする。
ただ足を運ぶだけで汗が流れてくるようだ。
これはもう気のせいじゃないな。
確実に普段の常夜の森とは違う。
そんな不快感を抱きながらも常夜の森の中を進んでいると、いっそう濃い瘴気のような空気が漂ってきた。
何かが臭いというような匂いがある訳ではない。
むしろ無臭に近いのだが、明らかに今まで知覚したことのないような気配。
ダブルヘッドが近くにいるということなのか。
そんな瘴気に向かって足早に森を進む。
瘴気に近づいていくと、なぎ倒されている樹木があちらこちらに見られるようになってきた。
そのおかげで広がった視界がある程度森の奥まで見通すことを可能にしてくれる。
そして、俺の目に映ったのは。
……。
他とは隔絶した雰囲気を漂わせている魔物。
まだ少し距離があるが、あいつが……。
ダブルヘッドか!
この距離からでも感じられる威圧感、漆黒のその体から発している圧倒的な気配に足が止まってしまいそうになる。
だけど……。
大丈夫だ。
驚きで止まりかけてしまった足だが、問題ない。
そのまま気配を消して近づく。
しかし、あのダブルヘッドは何をしている?
左右に歩いては立ち止まり何かを眺めているようだが……。
俺に関係のないことなら、今すぐ踵を返してシアとアルの捜索に戻りたいところ。
けど、このダブルヘッドを放置するわけにはいかない、か。
確認するしかない。
さらに注意して、ダブルヘッドらしき魔物に近づいて行く。
木々の陰に隠れながら進み、彼我の距離が10メートル程度の所まで到着。
ここまで来れば一目瞭然だ。
魔物図鑑で見たイラストと同様の姿がそこにある。
あいつは双頭の魔物ダブルヘッドに違いない。
この距離で感じる威圧感に汗が背中を湿らせるが、幸運なことにダブルヘッドはこちらに気付いていない。
俺とは反対側にある何ものかに気をとられているようだ。
その対象がシアやアル、ギリオン、ヴァーンベックでないことを祈り、またに近づく。
ダブルヘッドの向こう側に見えたのは巨大な岩。
横幅も高さも10メートル以上ある岩が横たわっている。
なぜそんな巨岩の前でダブルヘッドが留まっているのか。
不思議に思いながら、ダブルヘッドの死角になるよう木の後ろに隠れて巨岩を眺めてみると。
あれは……!?
巨岩の一部に小さな穴のようなものが存在し、その中に人が隠れている。
なるほど、そういうことか。
体長5メートル近いダブルヘッドの巨体ではその穴に入ることができないため、穴の前で待ち構えていると。
状況は理解した。
問題はあの中に4人がいるかどうかだ。
そんなことを考えながら穴の方を見ていると、岩の奥に隠れている人が穴から一瞬顔を出して様子を窺うのが目に入った。
……。
見覚えがあるような気がする。
まず間違いなく、冒険者だろうな。
さきほどギルドに駆け込んできてダブルヘッドの情報を提供した冒険者の仲間かもしれない。
シアたちではないことに安堵と失望を覚えるが、穴の奥のことはまだ分からない。
まあ、どちらにしろ。
これは捨ててはおけないな。
変わることなく威圧感をまき散らすダブルヘッドだが、その瘴気のようなものにも幾分慣れてきた。
多分、やれるだろう。
いや、やれるはずだ。
よし!
あいつは、まだ俺に気付いていない。
なら、こうだ。
雷撃を準備し、薄く魔力を纏わせた剣を抜き、背後から一気に距離をつめる。
さすがに気付いたようだが、もう遅い。
至近距離で雷撃を放ち!
走り寄った勢いそのままに右の頭の首元に上段から斬りつける!
勢いも角度も狙い通り、首を断ち切るような会心の一撃のはず。
だったが、手応えはそれ程でもない。
雷撃もほとんど効いていないようだ。
魔物図鑑に載っていた通り、濡れたような漆黒の体毛による防御力は相当なものみたいだな。
「グギャァアァ」
それでも、傷を負ったことに驚いたのか。
悲鳴を上げ、じりじりと後退するダブルヘッド。
俺からの攻撃を受ける直前、全く避けようともしなかったからな。
まさか傷を負わされるとは思わなかったのだろう。
まあ、確かにかなりの防御力ではある。
魔力を纏っていない剣なら、ほとんど傷を与えられなかったかもしれない。
「グルゥゥゥ」
警戒したように距離をとっている。
自分に傷を負わすことができる敵だと認識したからだろう。
実際、右の首元は血で濡れている。
元から血に濡れたような毛並みなので認識しがたいけどな。
魔物図鑑によると、この魔物は自分の体液で湿らせた体毛のおかげで、魔法攻撃に対しても物理攻撃に対しても高い防御力を持っているらしい。さらに、高い再生力も備えているため、倒すには双頭を切り落とすか心臓にある心核を破壊するか、この2択しか手段はないという。
つまり、通常の剣撃や魔法攻撃ではダブルヘッドの防御を突破することが難しい、当然倒すのは困難。そういうことだ。
まあ、俺の場合、魔力を纏った剣が効果的みたいなので、何とかなりそうだけど。
「えっ? 誰だ?」
「助けに来てくれたの?」
「あいつは?」
「ひとりだけか」
「でも、ダブルヘッドに傷を負わせたぞ」
「マジかよ」
巨岩の中から声が聞こえてきた。
さっきの一撃を見ていたようだ。
が、その中に聞き覚えのある声はない。
「おれは知ってるぞ。あいつ凄腕の新人だ」
「えっ、新人なの。ザンジブは知ってる?」
「ああ、噂の魔剣士だ」
「……」
「でも、ひとりでは勝てるわけないわ」
「攻撃は効いていたぞ」
こちらのことを知っているらしい。
で、俺は魔剣士と呼ばれているのか。
魔法剣士じゃなく。
……。
まあ、いい。
今はダブルヘッドの相手をしないとな。
「グルゥゥゥ」
警戒しているダブルヘッドのもとに飛び込み、斬撃を放つ!
一手、二手、三手と放つが敵もさるもの、巧みにかわしていく。
さすが、化け物と呼ばれる魔物だ。
こちらの斬撃の半分程度は回避されてしまった。
俺からの一連の攻撃が終わった後、今度はあちらからの仕掛け。
体当たり、腕と爪による連撃、牙による攻撃!
全てが鋭く恐るべき威力のものだ。
こちらもダブルヘッド同様、右に左に回避に努める。
「っと、危ない!」
体当たりから続けての腕の薙ぎ払いが俺の頬をかすめる!
こいつの攻撃はひとつでも貰うと大きなダメージを受けそうだ。
とはいえ、その威力に比べると速さは驚くほどのものではない。
もちろん、かなりの速度で攻撃してくるのだが、俺の対処可能な範囲を越えてはいないということ。
速度で上回っている上に、こちらは魔物図鑑でダブルヘッドについて予習済みでもある。
どんなに威力のある攻撃であっても攻撃手段を知っており、速さも対処可能、さらにそれが先読みしやすい単調な攻撃とくれば、避けるもいなすも難しいことではない。
「すげぇ、ダブルヘッドの攻撃を難なくかわしている」
「凄腕の噂は本当だったんだな」
「うそ、これなら勝てるかも」
「ああ、俺はあいつを信じるぞ」
「……」
ダブルヘッドの攻撃の後、再び距離をとって対峙。
今度はこちらからと思ったところで、ダブルヘッドの左の顔が眼を見開き口を大きく開いた。
これは!?





