第90話 緊急事態 2
「討伐隊は早急に準備する。だが、その前に常夜の森に残された者たちの救出に向かうのが先だ。2級、いや、3級以上で今から出発できる者は名乗り出て欲しい。もちろん、報酬はギルドから出す」
「常夜の森は広大なのだから、今森にいる冒険者たちもダブルヘッドに遭遇することなく自力で戻って来るんじゃないですか」
冒険者のひとりが当然の疑問を口にする。
「そうかもしれん。だが、全員がそうだとは限らん。それに、ダブルヘッドは浅域に移動中という話もある。まずは、常夜の森に入り冒険者を連れ戻す、その上で余裕があればダブルヘッドにも対応するつもりだ」
「ダブルヘッドと戦うのでしょうか?」
「場合によってはそうなるだろうが、なるべく戦闘は避けるつもりだ。本格的な戦闘は明日にしたい」
「被害が拡大するのでは」
次々と冒険者が質問を続けている。
それだけ大きな問題なのだろう。
「分かっている。が、今日はもうしばらくすると日も沈む。そんな状況で常夜の森で戦闘をするのは危険すぎる。しかも、相手がダブルヘッド。死にに行くようなものだ」
「でも、明日まで待っても大丈夫なのでしょうか?」
「分からん。ダブルヘッドは自分より弱い魔物を率いることもあるからな。明日になれば、ダブルヘッドが率いる魔物の群との戦いになるかもしれん。とにかく、可能な限り早く討伐隊を派遣するつもりだ」
「なるほど……」
「明日のことより、まずは今の話だな。救出に手を貸す者はいないか?」
「そんな……」
「俺には無理だ」
「無謀だ」
「でも、今助けに行かないと」
「冒険者の行動は自己責任だろ」
ネガティブな発言が多い。
ギルド長もそう思ったのか、冒険者たちの言葉を遮るように決然として表情で告げる。
「今回は儂も行く!」
その言葉に、ギルド内の喧騒が消え去る。
が、次の瞬間、違う種類のどよめきが上がった。
「ギルマスが?」
「鉄魂のバルドィンが出るのか」
「それなら何とかなるぞ」
「いける」
「いけません、ギルド長にもしものことがあったらどうするのです?」
歓声を上げる冒険者とは違い、ギルド職員たちからは咎めるような声がかかる。
「それだけの事態ということだ」
「バルドィン様が行かなくても良いのでは」
「冒険者たちを見殺しにはできんだろ」
「ですが!」
「数日前ならレイリュークとイリサヴィアがオルドウに滞在していたからな。ふたりに頼むこともできたが。今はここにいる者で対処するしかない」
「正剣レイリュークがいたのは知っているが、剣姫もいたのか」
「聞いてないぞ」
「くそっ、タイミングが悪いぜ」
ギリオンが何度も挑んでいたのだから、レイリュークさんがオルドウに滞在していたのは知っている。しかし、剣姫イリサヴィアもオルドウにいたのか。
最近まで高名な剣士がふたりもオルドウにいたというのに、間が悪いことこの上ないな。
「とにかく誰かが行かねばならん。オルドウにいる冒険者で今すぐ動ける者は、ここにいる者たちと我ら職員しかいないのだ。答えは火を見るより明らかだろ」
「しかし……」
「仮に今日森に行かずとも、明日の討伐隊には儂も加わる。危険という点では同じことだ。いや、戦闘を回避するつもりの今日の方がましなくらいだな」
「……」
「話はここまでだ。では、有志を募る。これは強制ではないが、諸君の心意気に期待しておるぞ」
「その前に、前時点で常夜の森に残っていると思われる冒険者を教えてくださいよ」
「そうだ、誰が森に入ってるんだ?」
冒険者たちの口から、同様の質問がいくつも飛ぶ。
当然、そこは気になるよな。
俺もそうだ。
「ふむ、依頼とは関係なく森に入った者は確定できんが……。今朝受け付けた依頼で常夜の森へ向かい、冒険者ギルドに戻って来ていない者は分かっておる」
「……」
「……」
「……」
「もちろん、ギルドに来ておらんだけで、常夜の森からは既に出ている可能性もあるがな」
そこまで言った後、傍らにいるギルド職員に頷きかける。
ギルド長の無言の頷きに応えるように、傍らにいたギルド職員が冒険者名を読み上げ始めた。
「サリオル、ザンジブ……エリミネール、ゾルダー……ギリオン、ヴァーンベック……シア、アル……」
「なっ!?」
驚きに声が漏れてしまう。
聞き間違いじゃないよな。
「もう一度読み上げます。サリオル、ザンジブ……エリミネール、ゾルダー……ギリオン、ヴァーンベック……シア、アル……以上です」
間違いない。
ギリオンとヴァーンベックだけならまだしも。
シアとアルもだって。
これは!
ダブルヘッドによる脅威を実感できていないためか、先程まではどこか現実味に欠けるような感覚しか持てないでいた。
しかし今は……。
4人の名前を聞き急速に緊張感が湧き出してくる。
待てよ。
ギリオン、ヴァーンベックという名とシア、アルの名は連続では読まれなかったよな。
ということは、まさか2組が別々に森に入ったということなのか!?
一緒には行動していないと。
シアとアルには、まだ2人だけでは常夜の森に入るなと注意していたのに。
背中に冷たいものを感じる。
「……」
ここで考えていても事態が好転するわけでもない。
なら、行くしかない。
話を続けているギルド長たちを尻目に、ひとり冒険者ギルドを後に。
もちろん行先は常夜の森だ!
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<アル視点>
「姉さん、少し到着が早かったんじゃないか」
「そうね。でも、セレスティーヌ様をお待たせするわけにはいかないでしょ」
「そうだけど」
昨日、オルドウでの拠点としている住居にワディン家から宝具を使って知らせが届いた。
内容は想像通り。
ワディン家とレザンジュ王家との争いがいよいよ本格化し、王軍によってワディン領都が攻め込まれるという事態が現実味を帯びてきたため、セレス様をワディン領から逃がしオルドウに避難させるとのことだった。
幾つか用意していた避難先の中でオルドウが選ばれたんだ。
まだまだ未熟なおれと姉さんに、そんな大任が。
……。
昨日は不安な気持ちのまま姉さんと話し合ったが、結局することはひとつ。
セレスティーヌ様をお迎えするだけ。
その姫様を迎えるために、おれと姉さんは常夜の森の中。
「セレスティーヌ様の到着までまだ時間がかかりそうだから、少し休もうか」
「ええ、そうね」
午前の内に常夜の森で簡単な依頼をこなし、今は合流予定地である常夜の森の浅域、テポレン山との境界の辺りで待機している。
「どれくらいかかるかな」
浅域とはいっても、ここは常夜の森だ。
長居して良いことはない。
そもそも、おれたち2人だけで常夜の森に入ることは師匠たちに禁止されているのだから。
今回ばかりは仕方ないけど……。
「分からないわ。でも、テポレン山を越える姫様の苦労を考えたら、ここで待つくらい何てことないわ。それより、姫様は無事にここまで……。テポレン山頂付近はとても危険だと聞いているから」
沈鬱な表情を浮かべ言葉を飲み込んでいる。
そうなんだ。
今この場も危険ではあるけど、テポレン山頂はもっと危険なんだ。
だから、姉さんの気持ちはもちろんよく分かる。
おれも同じ思いだよ。
けど、姉さんの思いはおれとは比べ物にならないだろう。
おれにとってもセレス姫様は大切なお方だけど、姉さんにとってはより特別なお方だ。
幼い頃よりセレスティーヌ様の傍で一緒の時間を過ごしてきた姉さん。
誰よりも姫様を慕っているのだから。





