第88話 酔っ払い 2
「ゾルダー、お前。何してんだ!」
「うるせぇ。ケリーは黙ってろ」
頬を平手打ちされた衝撃で、シアは固まっている。
「シア、大丈夫か」
左の頬が赤い。
「あっ……。はい」
「もういいから、こっちに」
「……はい」
「ああ、何だお前ら。女の顔をはたかれたのが何だってんだ?」
こいつら。
酒が入っているからといって、見逃せるもんじゃないぞ。
「コーキ!」
ヴァーンも同じ気持ちだろう。
「ああ、仕方ない」
「申し訳ない。本当に申し訳ない」
ケリーさんがゾルダーとヤランの傍らで謝っている。
が、これは許すことはできないな。
「ケリーさんは少し下がっていてください」
「……」
「おっ、やる気になったか?」
「やっとかよ」
「ああ、そうだ。先輩方に指導してもらおうか」
口角を歪めた表情のヴァーンが前に出る。
これは相当頭にきているようだな。
「ヴァーン、一応言っておくが程々にな」
そう言う俺も頭に血が上っているけどな。
「分かってらぁ」
「……負けんなよ」
「負けるわけねえだろ」
この三流冒険者たちがどれくらいの強さかは分からない。
分からないが、強者の雰囲気はまったく感じない。
まあ……。
こんな酔っ払いなんかにヴァーンが負けることはないだろう。
「こいつら、エラそうに」
「ヤラン、やってやれ」
「おう」
ヤランがヴァーンに、ゾルダーが俺に向かってくる。
とはいっても、さすがに剣は抜いていない。
こいつらも最低限の理性は持ち合わせているようだ。
なら。
素手で勝負といこうか。
「そっちは任せた」
「了解」
俺に対するのはゾルダー。
シアに手を出したやつだ。
そのゾルダーが直線的に殴りかかってくる。
フェイントでも仕掛けてくるのかと警戒してみるが、全くそんな素振りもない。
ただ、真っ直ぐに突き出された右の拳。
結構な力は籠っているが、それだけのこと。
避けるのが容易過ぎて、逆に戸惑うくらいだ。
「避けやがったな」
そりゃ、避けるだろ。
「くらえ!」
また同じように拳を出してくる。
「……」
本当に冒険者なのか。
いくらなんでも、これはないぞ。
ただ力に任せて拳を振り回しているだけじゃないか。
酔っているとはいえ、これじゃあ、まったく相手にもならない。
様子を見る必要もないな。
「こいつ、ちょこまかと動きやがって。大人しく食らいやがれ」
食らうわけないだろ。
「ダアッ!」
何の工夫もなく突き出された右の拳。
それを躱して懐に入り込む。
空を切ったままの右腕を掴み、そのまま背負ってやる。
「なっ!?」
初めて見る技だろ。
この世界には柔道なんてないからな。
「えっ?」
宙を舞うゾルダー。
地面は砂地だが、かなり痛いと思うぞ。
我慢しろよ。
ドーンッ!
「ウグッ」
綺麗に背負い投げが決まった。
「ウゥ……」
酔っ払いが頭を打つと危ないからな。
そこだけは配慮してやったぞ。
でも、背中は相当痛いだろ。
ついでに肘も入れておいたから、そっちも効いたか。
「ウッ、ウッ」
ああ、そうか。
息がしづらいか。
でも、大丈夫だ。
それはすぐに回復する。
ほら、楽になってきただろ。
それで。
「まだ、やるか?」
「……」
返事がない。
と思ったら、気を失っている。
……。
これが冒険者かよ。
色々な意味でガッカリだ。
と、そこに。
「コーキ先生、凄いです。今のは何なんですか?」
駆け寄ってきたシアの顔が輝いている。
「ちょっとした投げ技だよ。で、ヴァーンの方は?」
ああ……。
馬乗りになって殴ってるな。
「ヴァーン、それくらいにしとけよ」
「ん? そうだな。これくらいで許してやるか」
いや、いや、そいつも気を失っているぞ。
やり過ぎじゃないか。
「ヴァーンさんも凄いです」
シアは喜んでいるけど。
「だろ。俺も強いんだぜ」
「はい。おふたりとも、本当に強いんですね」
「俺に惚れちまったか」
「なっ、何言ってるんですか」
「顔が赤いぞ」
「ヴァーンさんが、変なこと言うからです」
「そうかぁ」
「そうです。でも、ありがとうございました」
「ああ、いいってことよ」
こいつら楽しそうだな。
まあ、いいけどさ。
「ケリーさん、このふたりは気を失っているだけですから、後のことはお願いしてもいいですかね」
「あっ、ああ。任せてくれ。酔いがさめたら、こいつらにはしっかりと言い聞かせておく」
「頼みます。それと、余計なお世話でしょうが、パーティーメンバーはよく考えた方がいいですよ」
「……そう、だな」
こんな2人と組んだら苦労するだけだろ。
ケリーさんはまともな冒険者のようだから、組む相手は考えた方がいい。
「俺も、こいつらとはもう組まないつもりだ。酒を飲んだことも驚きだったが、まさか酒でここまで変わるとは思わなかったからな」
酒で豹変する輩か。
まっ、こんなところで飲むのがそもそもの間違いだと思うけどな。
「それがいいですね」
「その、今回は本当にすまなかった」
「ケリーさんが、何度も謝る必要はないですよ」
「いや、今はまだ俺もパーティーの一員だからな」
「そうですか。でも、もういいですので」
「……分かった」
「では、これで失礼します。ヴァーン、シア、帰ろうか」





