第86話 魔法訓練 2 ※
俺の魔法を見てもらおうと、シアに声をかけたところ。
「はい」
「おう」
「……」
ヴァーンが笑いながら返事を返してくる。
「どうした、コーキ?」
「いや……」
ヴァーンには言ってないんだけどな。
お前も俺の魔法を見たいのか。
「そうか。なら、見せてくれよ」
「……ああ」
気を取り直して、まずは。
「ファイヤーボール」
詠唱を破棄して魔法名だけで放つ。
伸ばした手の先から放たれた火の玉が、シアのそれと同様に岩に激突。
岩肌を抉るように凝縮し、霧散する。
「なっ!?」
「えっ!?」
ファイヤーボールが消え去った後。
岩の表面が一部融解している。
調節したのだが、少し威力が強過ぎたようだ。
「何だそれ! 詠唱無しで、その威力かよ」
「……」
まだ続くぞ。
「では、もう一度」
今度は発声はなし。
手も動かさない。
無言のまま、俺の胸辺りからファイヤーボールを放つ。
「おいおい……。今度は無言か!」
「すごい……。そんなこともできるんですね」
「ホント、出鱈目なやつだな、おい」
「本当に凄いです!」
「凄いっつうか、おかしいだろ」
「……」
ギリオン同様、ヴァーンも口数が多いんだよ。
「シア、今のを見て分かったと思うけれど、魔法の発動には長い詠唱も魔法名も必要ないんだ」
「はい」
「当然のことだが、詠唱無しで素早く魔法を使えるようになれば、それだけで戦いを有利に進めることができる。さらに、魔法名を口に出さないことで、相手の意表を突くことにもなる」
オルドウに来て以降行った実戦からも、それは明白。
魔法だろうが剣だろうが体術だろうが、速度が重要なことに変わりはない。
その上、相手の意表を突けるのなら、なお好しだ。
「はい」
「今すぐにそれをやろうとしても無理というものだが、とりえず詠唱破棄の練習をして、それが身に付いた後に無詠唱の習得を目指そうか」
「はい! 練習します。ぜひ教えてください」
「コーキ、俺にも教えてくれよ」
「……」
お前もかよ。
「なんだ、駄目なのか?」
まあ、駄目とは言わないが。
でも、そうか。
「ヴァーンも魔法を使うんだったな」
「おう、俺は魔法と剣を扱う冒険者だぜ」
そうだった。
ヴァーンはオルドウでは珍しい魔法剣士系の冒険者なんだよな。
まっ、俺もそうなんだけど。
「ヴァーンは、俺がシアに教えるのを横で聞いていれば充分だろ」
ヴァーンなら、横で聞いていれば何とかするはず。
「ありがたい。それで十分だ。よろしく頼むな」
そう言って、屈託のない笑顔を見せてくる。
日に焼けた顔に真白な歯が眩しいわ。
はぁ。
憎めない奴だよ。
その点、ギリオンと同じだよな。
「ヴァーンさん、一緒に頑張りましょう!」
「シア、よろしくな」
嬉しそうに握手しているよ。
まあな、一緒に訓練するのなら、仲が良いのは悪いことじゃない。
ふたりで切磋琢磨してくれ。
「詠唱破棄を習得するためには、まずは魔力の流れを感じてもらう必要がある」
「はい」
「そうなのか」
「ふたりとも、今まで魔力の流れを感じたことはあるかな?」
「……ないです」
「俺もないなぁ」
やはり、そうなんだな。
こちらの世界の魔法の使い手は、魔力に対する感覚が乏しいとは感じていたんだよ。
ただし、あの例がある。
「ところで、魔球合戦は知っているか?」
「聞いたことはあります」
「俺はやったことがあるぜ」
ヴァーンは経験者か。
なら、話は早い。
「ヴァーン、その時魔球に魔力を流さなかったか」
「そういえば……。でも、あれは、勝手に流れて行ったような気がするぞ」
その通り。
子供の頃のことだから俺もはっきりとは覚えていないが。
それでも、魔力を流していたのは間違いないと思う。
「確かに、魔球に向かって魔力が自動的に流れていたのかもしれない。それでも、魔力が流れていたのは事実だろ」
「そうだな」
「あの流れを感じるようになること。自分で使った魔法で感じられるようになること。それが大事なんだ。必要なら、あの魔球を使ってもいいくらいだ」
どこで売っているのか知らないが、子供の試合に使うくらいだから、入手が困難ということもないだろう。
「そういうもんか」
「今後魔法を使う際には、常に魔力の流れを感じるように努力してほしい。では、ふたりとも詠唱していいからファイヤーボールを撃ってくれ。もちろん、体内に流れる魔力に注意を払って。どのように魔力が発生し流れているか、それを感じるように」
「はい」
「了解」
ということで、魔力が残り少なくなるまで魔法を発動し魔力を感知するという作業を繰り返した結果。
「もう無理だ。フラフラするぜ」
ヴァーンが先に音を上げてしまった。
「シアはどうかな?」
「わたしは……まだやれます」
そう言うシアの顔色は真白。
明らかに魔力が切れかけているな。
「いや、やめておこう」
「……はい」
「では、また見ていてもらおうか」
速度の次は威力だ。
「ファイヤーボール」
分かりやすく、魔法名を発声してファイヤーボールを放つ。
「ファイヤーボール」
「ファイヤーボール」
威力に差をつけた3発のファイヤーボール。
「すげぇな」
「すごいです……」
感心してくれるのはいいが。
「見ての通り、魔法の威力も固定されたものではない。同じ人物が使うひとつの魔法が常に同じ威力だと思っているのは、詠唱によって毎回同等の魔力が自動的に流れているからにすぎないんだ」
あちらの世界で俺は最初から詠唱などせずに魔法の練習をしてきたが、こちらの世界に来てから詠唱というものを何度も耳にし、それを使う人たちを目にしてきた。そして、詠唱を自分で使って色々と試してもみた。
だから、そのシステムはある程度理解しているつもりだ。
「そうなのか」
「そうなんですね」
「詠唱を無くして魔力を自在に操ることができるようになれば、威力の調整も難しいことではなくなる」
「詠唱ありでは無理なのか?」
「無理ではないだろうが、難しいと思うぞ」
「そうか」
「そうなんだ」
どうでもいいことだが、さっきからふたりとも反応がそっくりだな。
思わず、笑いそうになってしまう。
「なので、魔力を操るためにも魔力の流れを掴むことが重要になる。無詠唱の訓練は一石二鳥の効果があると思ってくれたらいい」
「了解だ」
「分かりました」
「当面は、使える魔法の種類を増やすことなどではなく、無詠唱の訓練。魔力の流れを掴む訓練になる。つまり、ひとりでもできる」
「そうだな」
「はい」
「冒険者の活動がない時は、ひとりでしっかり練習しておいてくれ」
「なかなかハードだな」
「自由時間にやっておきます」
「魔力感知の訓練はファイヤーボールじゃなくてもいい。家や宿でファイヤーボールなんて使ったら大変なことになるからな」
「そうだな」
「はい」
「では、ふたりの魔力も少なくなっているようだし、今日はここまでにしておこう」





