第82話 弟子
「その詠唱の早さで、その威力の攻撃魔法を使えるんなら、こりゃ、先が楽しみだぜ。なあ、コーキ」
「……そうだな」
この世界の魔法は、詠唱が必要だというのが一般常識。
詠唱の文言については魔法を指導する流派によって異なるようで、いかに短い文言で効果的な魔法を現出させるかが各流派の課題となっているとのこと。
詠唱破棄や無詠唱などというものは、特別技量に秀でた者のみが使える技らしい。
けど、夕連亭でのオルセーは詠唱なんかしていなかった。
あいつ、剣だけじゃなく魔法の腕も相当なんだよなぁ。
その上、宝具も2つ持っていたと。
ホント、よく勝てたもんだよ。
でもまあ、俺も詠唱をすることなく魔法を使うことができる。
完全に自己流で、この世界の魔法常識とは異なるみたいなんだけどさ。
「んで、他に使える魔法系統はあんのか?」
「はい、水魔法が使えます。ウォーターボールだけですが」
「おう、それも見せてくれ。ああ、魔力は大丈夫か?」
「分かりました。魔力にはまだ余裕がありますので大丈夫です」
「そっか。おっ、丁度いい相手がいんぞ。いけっか?」
「はい」
即答したシアの視線の先にはウサギ型魔物ホーンラビット。
警戒されないよう、少しずつ近づき。
「大慈にして清冽なる源泉を統べる主よ、契りにより求めるは浄鋭の雫、ここに集い放たん、ウォーターボール!」
ファイヤーボールと同様、拳大の水の塊がホーンラビットに向かって放たれ、これも直撃。
が、少し弱いか。
それに、水がすぐ霧散してしまったため、ホーンラビットに致命傷を与えることができなかったみたいだ。
とはいえ、かなり効いてはいる。
ホーンラビットの動きも鈍っている。
「アル、姉ちゃんを助けてやれ」
「おう!」
ギリオンの言葉に応え、駆け出すアル。
ほぼ脚の止まっているホーンラビットに一撃!
「ギィィィ」
「よし!」
その一撃で倒してしまった。
やっぱり、いい動きをしている。
もっと筋力をつけ経験を積めば、アルは良い剣士、冒険者になるんじゃないか。
姉のシアの魔法も悪くないし。
この姉弟は有望かもしれないな。
「姉さん、大丈夫か」
「ええ、平気よ。ありがと、アル」
「へへ、任せてくれよ」
「姉弟での共闘ですか。素晴らしいですね」
微笑ましいものを見たかのように穏やかに呟くフォルディさん。
その気持ちはよく分かる。
こちらも口元が緩んでしまいそうだ。
姉弟で喜んでいるこの姿も微笑ましいな。
今朝からずっと張りつめていたような雰囲気だったが、今はそれもない。
これが本来のふたりの姿なんだろう。
「おーし、アルもシアも、これなら冒険者として何とかやっていけんぞ」
「はい」
「おう」
「まだまだ見習いだけっどな」
新人冒険者の俺じゃなく、十分な経験のあるギリオンが言うのだから、間違いないか。
しかし、そうするとだ。
最初に出会った常夜の森での、あの戦闘は何だったんだ?
「シア、アル、常夜の森で私と最初に会った時のことは覚えているかな?」
「はい、もちろんです」
「ああ」
「あの時、シアは魔法を使っていなかったと思うけど」
狼の魔物の群れに襲われていた時の話だ。
「あの時は、既に魔力切れの状態だったので……」
「ああ、なるほど」
狼の群れに遭遇する前に魔法を使っていたということか。
それで、苦戦していたと。
「姉さんは悪くない。おれが不甲斐なかったから」
「アルのせいじゃないわ」
「だけど」
「おう、お前ら。まだ2人だけで魔物を狩りに行くんじゃねえぞ、しばらくはな」
「はい、分かりました」
「……分かった」
「んな暗い顔すんな。どうしても狩りに行きたきゃ、オレが一緒に行ってやっからよ」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
「ああ、助かるぜ」
「シアさん、アルさん、よかったですね」
「はい!」
「おう」
「ギリオンさんだけじゃなく、きっとコーキさんも狩りに付き合ってくれますよ」
俺はそんなこと言ってないぞ、フォルディさん。
「本当ですか?」
ほら、こんな顔になるだろ。
「ですよね、コーキさん」
「おめぇも付き合えよ」
まあ……。
仕方ない。
「……時間がある時にな」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「まあ、そのうちシアとアルだけでも狩りに行けるようになんだろ。このオレ様が指導すんだからよ」
「おれ、強くなれるのか?」
「オレについてくりゃあ、間違いねえ。しっかりついてくんだぞ」
「ああ」
アルが嬉しそうに何度も頷いている。
「ギリオン、さん、これからよろしく頼む……お願いします」
「おう、任せとけや」
「分かっ、分かりました」
「おうよ」
このふたり、もうすでに良い師弟コンビだよな。
「そんで、シアはどうすんだ?」
「えっ、何がでしょうか?」
「おめぇも誰かに教わんねぇのか」
「そんな方は」
「いんじゃねぇーか」
「……?」
小首をかしげキョトンとしているこの表情。
年相応の少女のものだな。
魔物相手に魔法で攻撃をしていた時とは隔絶したものがある。
「ほら、ここに」
うん?
ギリオンが指さす先にいるのは……。
俺かよ!?
「コーキは魔法もやるかんな」
「そうですよ、コーキさんの魔法はとんでもないですから。適任です」
あのさ、午前の時点で俺がアルに断ったのを見ていたよね、フォルディさん。
ギリオンはまだしも、フォルディさんがそう言うのはどうかと思うわ。
「……」
まっ、あの時と今じゃ、俺の気持ちもかなり違っているけど。
「コーキさん!」
ほら。
また、シアが期待した目で俺を見ているじゃないか。
「姉さんにも教えてやってくれ。頼む、コー、コーキさん」
「……」
「ほら、コーキさん」
「ケチケチすんなよ」
4対1かよ。
弟子ハラだな、これ。
「……」
まあね、今はもうそんなに嫌なわけじゃない。
とはいえ、これがきっかけで問題が噴出するとか、それは勘弁してほしいからな。
そこは細心の注意を払わないといけない。
ということで、もうこれは……。
「空いている時間でいいなら、教えようか?」
「本当ですか!?」
「10日に1度か2度、時間は数時間。それでもいいかな?」
「は、はい!!」
「それと、私の魔法は我流なのでこちらの流派とはかなり異なっているんだけど。そこも問題ないのかな」
「はい、はい! 全く問題ないです」
「そうか。それなら引き受けよう」
「おう、良かったじゃねえか」
「はい、本当に嬉しいです」
「姉さん、よかったな」
「ありがと、アル」
そんなに喜ばれると、何というか、やりづらいな。
「コーキさん、皆さん、本当にありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「おれも、お願いします」
今日一番のお辞儀をするシア。
遅れて頭を下げるアル。
目の前の光景は今朝とよく似たものだが、朝とは全く異なる意味合いのものになっている。
もちろん、俺の心のうちも朝とは違う。
そう。
やると決めたからには、しっかり教えるとしようか。





