第80話 魔物討伐実習 2
「こいつの実力と心意気ってもんを見ねぇと、話になんねぇだろうがよ」
ギリオン、いったいお前が何をするというんだ。
とは思うものの、見てみたい気持ちは俺にもある。
「オレとおめぇがいりゃあ、問題ねえだろ。こいつの戦いぶり、見てやろうぜ」
「おれも戦いたい!」
「コーキさん、お願いします」
「いいんじゃないですか」
「コーキ!」
ギリオンにアルさん。
それに、シアさんとフォルディさんまで。
その戦いを見れば、俺がアルさんを弟子にするとでも思っているのか?
「……」
はぁぁ。
仕方ない。
「……分かった」
「おう、そうこなくっちゃな! 坊主、良かったな」
「坊主じゃない」
「アル、良かったわね」
そんなに喜ぶことか?
俺は弟子にするなんて言ってないぞ。
「アルさん、次に適当な魔物が出てきたら戦ってみますか」
「ああ、戦う!」
「では、しばらくその辺りで様子を見ましょうか」
そのまま常夜の森の浅域を歩いて回るが、適当な魔物が現れない。
「……」
やる気になっているギリオンの傍らには少し緊張した様子のアルさん。
「アルさん、大丈夫ですか」
「問題ない、って、いい加減その口調やめてくれよ」
「そうです、コーキさん。そのように話されると困ってしまいます」
「……」
さっきから何度か頼まれているが、こちらとしても貴族相手に下手な喋り方をするのは躊躇われる。
今後の関係がどうなるかも分かっていないんだからな。
丁寧に対応しておいた方がいいだろ。
「お願いします、せめて、名前だけでもシアとアルと呼んで下さい」
「そうだぜ、コーキ。おめぇは堅物すぎんだよ」
ギリオンが適当過ぎるんだよ。
けど、まあ、それくらいならな。
「分かりましたよ、シア」
「はい」
良い笑顔を返してくれる。
「アルもいいかな?」
「ああ」
今後は少しだけくだけた感じで喋らせてもらおうか。
「よーし、話は終わったな。じゃあ、さっさと見つけようぜ」
「そうだな」
「おい坊主、いざとなったら助けてやっから、心配すんな」
「……ああ」
オルドウの街を出てから常夜の森に到着するまでの間、アルさんは・・・・・アルはギリオン相手に結構な舌戦を繰り広げていたのだが、森に入ってからは大人しいものだ。
俺とギリオンの戦闘をじっくり見学したり、諸々の注意事項に真剣に耳を傾けたりと。
その本気度がうかがえる。
そんなアルは今、少し緊張しながらも真剣な表情で周りを見渡している。
シアは俺の傍らで同じく緊張した顔つき、フォルディさんは気楽な感じ、ギリオンは鼻歌まじりに歩いている。
なんとも微妙な組み合わせだ。
そんな状態で探索を続けていると。
「パピルがいるぜ」
周りを探索してみると、前方に1頭の魔物が見えてきた。
仔馬のような魔物パピルだ。
「アル、やれるかな?」
「ああ」
「よし、坊主、行ってこい! 体当たりと角の攻撃には気をつけろよ」
「分かった」
そう言い残し、アルがひとりで前に出る。
残る4人は後ろで待機だ。
近寄って来る人間がいることに気付いたのか、パピルが前足で地面を掻きながら威嚇するように鼻声を上げている。
慎重に進むアル。
右手には抜き身の剣、左手には小さな盾を持っている。
パピルとの距離が5メートル程度になったところで、威嚇していたパピルが猛然とアルに向かって走り出した。
「坊主、ぬかるなよ」
ギリオンの叱咤が効いたのかは分からないが、さっきまでの硬かった動きが滑らかなものへと変化している。
突進してくるパピルを避け、剣を叩きこむ!
「ピイィィ」
上手い!
狙い通りパピルの横腹を斬りつけることに成功した。
が、浅い。
致命傷には程遠いものだ。
傷つけられたことで猛っているパピルが再び突進。
これも避けて剣を当てるが、一撃目と変わらず浅い。
3度、4度と同じことを繰り返す。
パピルの皮膚は切り傷によって赤く染まっているものの、見た目ほど効いているようには思えない。
どうも、アルには基本的な筋力が不足しているようだな。
まだ少年と言ってもいいような体つきだから、仕方ないことだが。
とはいえ、これを続ければ倒しきることも可能か。
俺はそう思うのだが、悠長な戦いなど見ていられないとばかりギリオンから声が飛ぶ。
「もっと腰を入れて、一撃に気合いをのせろ!」
確かに、非力な者でも身体の使い方ひとつで、より効果的な斬撃を放てる。
問題は、今のアルにそれが可能かということだ。
ギリオンのアドバイスにより、アルの構えが変わった。
重心を下げ、腰に力をためている。
そして、パピルとの交差!
アルの斬撃!
明らかに、今までより力のこもった一撃だが。
これはまずい!
予備動作が大きかったため、パピルが躱してしまった。
さらに、そのまま肩から体当たりを仕掛けてくる。
剣を構えなおす余裕はない!
「盾を使え!」
左手に持つ盾をパピルとの衝突に合わせる!
ガンッ!
おお!
ぎりぎり間に合ったか。
が、完全に力負けしたアルがふっ飛ばされてしまった。
「グッ」
3メートル程飛ばされ背中から地面にたたきつけられる。
「ウウッ」
あれだけ背中をしたたかに打ちつけてしまうと、呼吸が苦しいはず。
「アル!」
シアが駆け出そうとするのを片手で制する。
「コーキさん!」
「ここは、私たちに任せて」
が、どうする?
助けるべきか?
前に足が出かかる。
ギリオンも同様だ。
俺とギリオンの目の前では、体勢を整えたパピルが起き上がることができずにいるアルのもとに突進しようとしている。
あの前脚を叩き込まれるとまずい!
これはもう……。
やむを得ないな。
右手に持っていたマチェットを投げつける。
ドスッ!
狙い違わずアルの手前、ちょうどパピルが走り込んでくる地点に突き刺さった。
ザスッ!
ほぼ同時に、マチェットが刺さった地面の傍らに剣が突き刺さる。
ギリオンが投げた剣だ!
土煙を上げて地面に突き刺さるマチェットと剣に驚いたパピルが急停止。
そのまま数歩後退する。
「チッ、ここはオレ様の出番だろーが」
「そうだな、任せる」
「当然だ! んで、坊主、助けは必要か」
「そんなもの、要るか!」
ようやく立ち上がったアルが強い口調で断ってくる。
「だそうだ」
「口だけは、いっちょまえだぜ」
「根性もあるぞ」
「だな。よし、坊主、ひとりでやってみろ! ただし、次に危なかったら助けっぞ」
「……」
無言で前に出て再びパピルと対峙するアル。
身体の方も何とか動けそうだな。
気合いの入った良い表情をしている。
「出番じゃないみたいだな」
「いんだよ、これで」
そうだな。
ここはアルの実戦を見る場だ。
まだ戦えるというのなら、その精神力を見せてもらおう。





