第78話 貴族家の事情 2
「どうか今まで同様に接して下さい。貴族家と言ってもこの国のものではありませんし、わたしとアルに爵位がある訳でもありません。それに……。いえ、とにかく、今までと同じように話してください」
「よろしいのですか」
本人に爵位がないと言っても、貴族の家の令嬢であることに違いはないのだが。
「もちろんです。そもそも、コーキさんはわたし達の命の恩人なのですよ。礼節をもって接するべきなのはわたし達の方です」
「……分かりました」
それなら少しだけ。
「それで、そのような高貴なおふたりがどうしてオルドウで冒険者などを?」
「あの、もう少し砕けた口調で話していただきたいのですが」
今はこれくらいまでしかできないぞ。
いくら本人がそう言っても、相手は貴族だからな。
後々問題になる可能性だってある。
口調なんかで危険を犯す必要など全くない。
「……徐々にということで」
そういうことにしておいてくれ。
「はい、お願いします」
「それで、どうしてオルドウに?」
「今回オルドウに新たな拠点を設けることになりまして、わたしとアルがその任に当たることになり、こちらにやって来たのです」
なるほど。
「それで、その、恥ずかしい話なのですが。資金不足、人材不足という現状で……」
話が貴族関係となると理解できないことだらけなのだが、それでも、これがおかしな話だというのは理解できる。
こんな若い2人に拠点を任せるだなんて普通のことではないだろうし、その上資金不足で人材不足なのだから。
まあ、考えられないよな。
そんなところに俺が首を突っ込んで、良いことなどあるとは思えない。
ただでさえ、貴族の家は難しそうなのに。
「そんな状況なのですが、近々この地にさる御方をお迎えする可能性がありまして」
という感じで、この後もシアさんの話は続いたのだが。
簡単に言うとこんなところかな。
レザンジュからお忍びでやって来る重要人物をオルドウで迎えるにあたり、シアさんとアルさんが先遣としてオルドウにやって来たが、資金不足、人材不足のため困っていた。
資金を稼ぎ、さらにはその人物を警護するための力を自ら身に付けようと考え、冒険者として活動することにしたのだが、上手くいかなかった。
自分たちの実力不足を痛感し、冒険者パーティーに加入を申し込んだものの全く相手にされなかった。
結局、大した成果を得ることなく今に至る、と。
……。
ホント、まあ、これが貴族の家の話なのかと思ってしまうよ。
もちろん、話せない事情もあるのだろうが、それでもなぁ。
「だから、頼む。弟子にしてく、ください」
考え込んでいる俺の顔を覗き込むようにして、アルさんが話しかけてくる。
「私の弟子になって腕を磨き、資金を稼ぐことができる依頼を受けたいということですか」
「……ああ」
「私の弟子になっても、すぐに腕が向上するということはありませんよ。実力が身に付く前に、その大切な方がオルドウに到着するのではありませんか」
「それでも何もしないよりはましだ」
「……」
「本当にこんなことをお願いするのは情けないことですし、コーキさんにとっては迷惑な話だとも分かっておりますが……」
振り絞るように言葉を続けるシアさん。
「アルの弟子入りが無理でしたら、一緒に依頼だけでも受けていただけないでしょうか?」
「パーティーを組みたいと?」
「はい」
これはまた勝手な話だな。
……。
この若いふたりが苦労していることは分かるし、焦る気持ちも理解できる。
こうして事情を語る様子を見ていると、同情する気持ちが湧かないということもない。
とはいえだ。
利己的に過ぎるだろ。
そもそも、こんな厄介そうな貴族家の問題に関わりたいなんて、到底思えることじゃないのに。
「一度だけでも良いですから」
「そうだ、頼む」
一度だけなら、大きな問題はない。
ただ、一度面倒を見たところで、どうなることでもないよな。
それに……。
やはり、こちらのことを考えることはできないか。
……。
はぁぁ。
無視すればいいんだけど。
少しだけ話をしておくか。
「シアさん、アルさん。少し厳しいことを言わせてもらいますが、私にはこの話を受ける理由がありませんし、仮に受けたとしても得るものはありません。それでも、私に引き受けさせたいですか?」
「それは……」
俯き黙り込むシアさん。
悔しそうに手のひらを強く握りしめているアルさん。
「……」
気まずい沈黙が休憩所に広がり、重苦しい空気が昼前の弛緩していた空間を侵食していく。
正直言って、依頼を1度付き合うだけじゃなく剣や魔法を教えることですら、それ自体は大したことではない。俺がオルドウにいる時、空いている時間に少し指導するくらいなら苦でもない。
けれど、数度教えてそれでおしまい。
あとは関係ないですよ。
なんて事にはならないだろ。
だから、今の俺の状況と心境を踏まえて、二の足を踏んでしまう。
「……」
もう、ここにいる必要はないか。
ふたりに声を掛けようかと思って眺めてみると。
俯き唇をかみしめたシアさんとアルさんの目に光るものが。
うーん……。
ふたりの強い思いに、また心が揺れてしまう。
甘いな、俺も。
「ふたりとも、ほら、元気を出して」
今まで黙って話を聞いていたフォルディさんが、ふたりの肩に手を置き元気づける。
「まだ、コーキさんに言うことがあるでしょ」
そう言ってふたりを促す。
「あの、身勝手なことばかり言って申し訳ありませんでした」
「ごめん」
姉弟揃って深く頭を下げる。
目元は濡れたまま。
「受けた恩も返せていないのに……」
「あんたの気持ちは考えていなかった……」
「……」
「本当にすみませんでした」
「すみませんでした」
「……」
まあ、いい子たちだとは思うよ。
貴族の関係者はもっと傲慢なものかと思っていたが、このふたりはそうでもなさそうだし。
さっきまでの自己中心的な発想は貴族だからというより、若さと焦りによるものなのだろう。
視野が狭くなっていたんだろうな。
「時間を取っていただき申し訳ありませんでした。今日はこれで失礼します。それと、ご恩は必ずお返ししますから」
アルさんを促し、出口へと足を向けるシアさんの前にフォルディさんが立ちふさがった。
「ちょっと待って」
「え?」
戸惑いながら立ち止まるふたり。
「いいから、そこで少し待っていてください」
そう言ったままフォルディさんが俺の手を掴み休憩所の片隅に連れて行く。
「どうしました?」
「コーキさん、耳を貸して」
疑問に思いながらもフォルディさんに顔を近づけると。
耳元で。
「さっきふたりの肩に触れた際に読心したのですが、あのふたりの言葉に嘘はないです。裏のない素直な子たちですよ。ただ、今の状況を何とかしたいと焦っているだけです」
「……そうですか」
そう言えば、フォルディさんも接触による読心が使えたんだよな。
しかし、嘘のない素直な子か。
読心してはいないけど、俺もそう思うよ。
「コーキさんも本心では手助けしたいと思っているんでしょ」
「心を読みました?」
「コーキさんの心はボクには読めませんよ」
「はぁ、そうですか」
「そんなことより、助けるための理由が必要なんですよね」
「……」
おいおい、本当は読んでるだろ。
しかし、そう言葉にされると俺が面倒くさい奴みたいに思えるぞ。
「なら、ボクがコーキさんの活躍するところを見たいので、あのふたりと一緒に依頼の仕事に付き合わせてください」
「……」
「ねえ、君たち。ボクはこれからコーキさんの冒険者としての活動を見学するんだけど、一緒にどうだい?」
結局、そのままフォルディさんに押し切られる形で、見学の話を承諾してしまった。
世間知らずでかわいそうな姉弟だからと、同情して付き合う。
そんな気持ちが、俺の心のどこかに存在していたのかもしれないな。
……。
意味のない偽善なんじゃないか。
そんな思いもある。
ホント、我ながら面倒な奴だと思うわ。
まあでも……。
偽善から始まるものもある。
行為そのものが偽善であったとしても、先に繋がる何かがある。
そういうこともあるだろう。
そう考えることにしよう。





