第77話 貴族家の事情 1 ※ 表紙絵あり
フォルディさんと訪れたオルドウの冒険者ギルド。
朝の混雑時から1刻以上経過した時間帯。
掲示板には目ぼしい依頼は残っておらず、その前にいる冒険者も僅かなものだった。
そんな掲示板を眺めている俺に背後から声をかけてきたのは常夜の森で助けた姉弟。
その弟の口から出たのは。
「おれを弟子にしてくれ」
という、意外な言葉だった。
この弟が、俺の弟子になりたいなんてことを言いだすとは思わなかったな。
「アル、そんな話し方では駄目でしょ」
「でも、姉さん」
「お願いをする者の話し方ではありません。それに、わたし達はまだ先日のお礼もしていないのに、こうして不躾なお願いをしているのですから」
肩のあたりで切りそろえられた濃い茶色の髪にグレーの目をしたこの少女の方は、確か16歳だったか。
その所作からして、良家の出身だと容易に想像がつく。
そんな彼女が俺のような一介の冒険者に対して謙虚な姿勢で接してくる、その態度には好感が持てるものがある。
対して、同様の茶色の短髪に蒼い目を持つ弟。
姉とは異なり、とても良家の出身とは思えない態度と口ぶりだ。
まあ見方を変えれば、この高圧的な雰囲気はそれなりの身分を持つ者だからと考えることもできる。
「分かったよ…………弟子にしてください」
不承不承といった感じで頭を下げてくる。
姉の方も隣で頭を下げている。
「ふたりとも頭を上げてください」
「はい」
「……」
頭を上げてこちらを見つめるふたり。
「弟子とは、何についてでしょう? 剣ですか魔法ですか?」
「剣を中心に冒険者として色々と教えてほしい」
なるほど、冒険者としてということか。
それなら、答えは決まっている。
「難しいですね。私も冒険者になったばかりの身ですので、教えるほどの知識もありませんし」
「えっ、冒険者になったばかりなのか?」
「そうです」
俺が初心者だということが想定外だったのか、困ったように顔を突き合わせふたりで何やら相談している。
早くしてもらえないかな。
フォルディさんを待たせているんだけど……。
「冒険者になったばかりだとしても、その腕前に変わりない。やはり、弟子にしてもらいたい」
相談を終えた弟が決意に満ちた目で、再度こちらを見つめてくる。
「なぜ私なんでしょう? 熟練の冒険者に教われば良いのでは」
実際のところ、冒険者としての俺の経験などは無いに等しい。知識も聞きかじった程度の浅いものだけ。冒険者として学びたいというのなら、他に適任者がいるだろう。
それに、俺はこちらとあちらの世界を行ったり来たりしている身だ。
いつもオルドウにいるわけじゃない。
色々と露見してはいけないこともある。
弟子を取る余裕などないな。
「おれは、あんたに教えてもらいたいんだ。なんとか頼む」
「……」
そこまで言われて悪い気はしないが、俺にこだわるのはなぜだ?
常夜の森で助けたとはいっても、俺に固執するほどの何かを見せたわけでもないと思うが。
「少しでもいいのです。時間のある時だけでも、この子の剣を見てはもらえないでしょうか」
「……そう言われましても」
この世界にまだまだ不慣れな俺だからなぁ。
「先日のお礼もしていない身でこんなことを言うのも恥ずかしいのですが、必ずお礼はいたしますので。どうか、どうかお願いできませんでしょうか」
「姉さんの言う通り、この通り。お願いだ」
弟のアルさんは一目瞭然、さっきは冷静に見えた姉のシアさんの方にも顔に焦燥が感じられる。
よほどの事情があるのだろうな。
そういえば、最初にギルドで見かけた時も受付嬢とベテラン冒険者を相手にもめていたような……。
ああ、なるほど。
その件があるから指導してくれる者を見つけるのが難しいのか。
そういえば、他の冒険者に話しかけても相手にされないふたりの様子を見たことがあるな。
「お願いいたします」
俺の目の前ではシアさんが再び頭を下げている。
今の俺の状況を考えると、当然断わるべきだとは思うが。
その必死の態度には、動かされるものもある。
まあ……。
仕方ない。
常夜の森で助けたのも何かの縁だろう。
少し話を聞くとしようか。
とはいえ、ここは人目があるしフォルディさんも傍にいる。
「事情があるようですね。ここでは話をするのも難しいでしょうから、場所を変えましょう」
「分かりました」
「すみません、フォルディさん。このふたりと少し話をしたいのですが」
「どうぞ、ボクに遠慮は要りませんよ」
「助かります。フォルディさんはどうします? 宿で待っていますか」
「もしお邪魔でなければ、ご一緒しても?」
オルドウに不慣れなフォルディさんを1人にするのも申し訳ないしな。
「シアさん、アルさん、こちら私の友人のフォルディさんです。信用できる方なので、話に同席しても良いでしょうか?」
「コーキさんが信用されているのなら、わたしたちは問題ありません」
ということなので、フォルディさんとふたりを連れギルド内の休憩所に移動することになった。
「それで、そんなに焦っている理由は何ですか?」
「おれ達は強くならないといけない。それに、お金も稼がないといけないんだ」
アルさんが、椅子を蹴るようにして立ち上がり捲し立てる。
「アル、座りなさい。少し落ち着いて」
「……」
「コーキさん、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。それより、強くなってお金を稼ぎたいというのは、冒険者なら誰もが願うことですよ。私は焦っている理由を聞きたいのですが」
「だから、時間がないんだって」
「アル!」
短気な少年だな。
焦っているのは分かるが、これでは話にならない。
姉の方と話すしかないか。
「シアさん、急いでいる理由を伺ってもよろしいですか?」
「……はい」
今にも喋り出そうとしている弟を横目で見て牽制している。
「お願いしておきながら、全てを話すことはできないのですが、それでも聞いていただけますか?」
「姉さん!」
「アル、ここはわたしが話します」
「……」
「話を聞かないと始まりませんので、とりあえず話してくれませんか」
「承知いたしました。可能な限り話をさせていただきます」
そう言うと、深呼吸するようにしてゆっくりと息を吐きだした。
「薄々気付かれているかと思いますが、わたし達はこの国の者ではありません。隣国レザンジュからやってまいりました」
薄々も何も、全く気付いていなかったぞ。
それはまあ、俺が異世界人だからかもしれないが。
俺以外の者が見たら気付くものなのか?
隣のフォルディさんを見ると。
首を振っている。
……。
お互いこの辺りでの常識に疎い者同士。
参考にはならないか。
オルドウ出身の者が見たら、違いが分かるのかもしれないな。
しかし……。
「レザンジュ王国ですか」
「はい」
レザンジュからキュベリッツのオルドウにわざわざやって来て冒険者活動をしているとはな。色々と事情がありそうだ。
レザンジュと言えば、内戦が起こると噂になっているらしいし。
それが関係しているのかもしれないな。
「そして、アルと私はレザンジュ王国の貴族家に連なる者です」
「……」
そうかぁ。
良家の出身だろうとは思っていたが。
やはり、貴族の関係者なのかぁ。
……。
まあ、あれだ。
正直言って、現状ではそういった階級の人達にはあまり近づきたくない。
この世界で俺が貴族に近づき関係を持つにしても、それはまだ先のこと。
もう少しこの世界に慣れて、力を身に付けてからだ。
そう、貴族との間に問題が生じた場合でも、自力で解決できるだけの力と術を手に入れてからのことだろう。
ということで、困ったぞ。
貴族の関係者と知ってしまった以上、今までのようには対応できない。
かといって、どんな対応をすればいいものなのか?
全く知識がない。
フォルディさんは……。
まっ、無理だよな。
仕方ない。
とりあえず、今まで以上に丁寧に対応しておこう。
「そうでございましたか。知らなかったこととはいえ、今までの御無礼お許しください」
椅子から降り、床に片膝をついて頭を垂れてみる。
こんな感じでいいのか。
「なっ、コーキさん、やめてください」
「そうだ、やめてくれ」
慌てるシアさんとアルさん。
これは少しやり過ぎなのか?
うーん、程度が分からない。
「コーキさん?」
何をしているの? と語りかけるような表情でこちらを見ているフォルディさん。
そんなにおかしいのか?
いやいや、貴族相手なのだから丁寧な対応は大事でしょうよ。
そういうものじゃないの?





