第73話 古野白楓季 3
異能者に襲われ結界にまで閉じ込められたんだから、報告しない訳にはいかないよな。
分かっているよ。
でも。
「何とかなりませんか」
そんな報告をするのは止めて、古野白さんの心の内に留めてほしい。
とは、さすがに頼めないか。
「無理ね。それに、安全のために上司に相談しろと言ったのは有馬くんでしょ」
そうだった。
「……」
報告は避けられないか。
とはいえだ。
そうなると、こちらの身がますます危うくなってくる。
前回に続いての今回の報告で、俺が怪しまれないとは到底思えない。
今のところ、ステータスの露見欄に変化は見られないけど、上司への報告次第では点滅が3になる可能性も出てくる。それどころか、点滅4や5の可能性すら考えられる。
うん?
点滅が3を超えてもいいのか?
点滅3で露見1確定とか、そんな設定はないよな。
ないと思いたい。
「もう、分かったわよ。何とか上手く話しておくわ」
助かる。
けど、どうやってごまかすのか?
力づくで普通人が結界を破壊したとか?
いや、いや、自分でそうは言ったものの、こんな言い訳が通じるとは思えない。
ここは、もう。
「古野白さんの力で脱出したことにしてもらえませんか?」
「善処はするけど難しいわね。どちらにしても、あなたがいたことは報告するわよ」
「いなかったことには?」
「それは無理よ。あなたがいたことは、あの2人組を捕まえた時には知れる事なのだから」
それは、まあそうだ。
いや、待てよ。
多分あの2人、俺が結界を破壊するところ見ていたよな。
「私が結界を破壊したことも、あの2人組が話すんじゃないですか?」
「そうかもしれないわね」
それなら、ごまかしようがない。
困った……。
古野白さんの上司に呼び出しとかされるのか?
されるんだろうな。
はぁぁ。
「そんな顔しないで。何とかしてみるから」
そうだよな。
古野白さんに頼むしかない。
「お願いします」
組織的なものに呼び出された日には、露見する可能性が高まるだけ。
可能な限り、そんなものに関わりたくはないんだ。
「ええ、分かったわ」
「ありがとうございます」
「いいわよ。でも、その代わりと言っては何だけど、有馬くんの力を教えてくれないかしら」
「……」
「あなたが普通人だったとしても、その力は普通じゃないわよね」
「力と言っても、異能など持っていませんし」
「異能じゃなくてもいいわ。何かあるんじゃないの?」
俺が異能ではない力を持っていると思っているのか。
鋭いな。
でも、何を聞かれても答えは同じだ。
「持っていませんよ」
「そうよね……。素直に話すわけないか」
俺が何らかの力を持っていることは、古野白さんの中では確定なのか。
だとすると、もう露見の点滅が消えることはないかもしれないな。
「でもね、今後何か打ち明けたいと思ったら、いつでも連絡してちょうだい。いえ、絶対連絡して。本当にあなたひとりじゃ危険なのよ」
「分かりました……」
真摯に説得するように話しかけてくれるその様子。
こちらの事を考えてくれているのは間違いない。
まっすぐで心根の優しい人なんだよなぁ。
「そう、じゃあ、これ渡しておくわ」
携帯電話の番号を書き留めたメモを手渡してくれた。
「フウキさんと読むんですよね」
渡されたメモに電話番号と一緒に書かれていた名前、古野白楓季。
楓の季節とは、古野白さんにぴったりの名前だな。
「ええ、そっちはコウキくんでいいのよね」
「はい」
「アリマコウキくんね」
俺の名前を発音しながら頷いている。
「それで、有馬くんの話はどういった内容かしら?」
「こちらの話ですか、そうですねぇ」
何を訊けばいいのか?
色々と知りたいことはあるが、薮蛇になりそうなことばかりだから。
話さなければいけなかった口止めの件は、もう話し終えたし。
「特にないですね」
「訊きたいことがあるって言ってたわよね」
「それは、さっきの古野白さんの話の中で聞けましたから。教えてもらえそうなことで、訊きたいことはありませんね」
「……そう」
「ということで、そろそろ帰りますか。送りますよ」
「そうね、お願いできるかしら」
************
<古野白楓季 視点>
「ここは私が払うわ」
伝票を持った私が一歩前に出る。
お世話になったお礼に、コーヒーくらいはご馳走したい。
こんなことでは借りを返したことにもならないけれど、気持ちの問題だから。
「そういう訳にはいきませんよ」
有馬くんが困ったような顔をしている。
そんな顔をする必要は全くないのに。
「いいのよ、今夜も助けてもらったのだから」
「……」
「それに、このあとも送ってくれるんでしょ。だったら、これくらいは私が出すわよ」
「……分かりました、ありがとうございます」
不承不承というような様子だけど、頷いてくれた。
有馬くんって、人から何かを施されるのが嫌なのかしら。
自分は見返りなど考えることもなく、2度も私を救ってくれたというのに。
たった1杯のコーヒーを御馳走するだけで、そんなに困ったような顔をするなんて。
でも。
フフ、その困り顔。
なんだか少し笑ってしまう。
ホント、顔に出るわよね。
結界に閉じ込められた窮地ではあんなに頼もしく見えたのに、今は子供っぽく見える。
面白いものだわ。
「行きましょうか」
「はい」
会計を済ませ店外へ出ると、湿気のこもった空気がまとわりついてきた。
冷房の効いていた店内に慣れていた身体が不快感を訴えてくる。
「家は駅から近いんですか」
「遠くはないわね」
「そうですか……」
「……」
「……」
それっきり会話が途絶えてしまった。
さっき襲われた公園からの移動中もそうだったけど、有馬くんといる時はお互いに黙っている時間が多いような気がする。
そんなことを考えながら歩いていると。
「私の家もここから遠くないんですよ」
有馬くんが話しかけてきた。
今回の沈黙は短かったわね。





