第72話 古野白楓季 2
「いいですか?」
「ええ、問題ないわ」
駅前に到着後、週末でそれなりに混雑しているファミリーレストランに入ることになった。
席に着き、ともにドリンクだけを注文する。
これで、やっと落ち着けるな。
「調子はどうですか?」
「本当にもう大丈夫。全く問題ないわ」
「呼吸も辛くないですか」
「ええ、平気よ」
見たところ、息が切れている様子もないし顔色も悪くない。
「良かった、一安心です」
思わず頬が緩んでしまう。
「っ! 心配かけたわね」
「心配はしましたが、当然のことなので。まあ、気にしないでください」
「……ありがと」
「いえ」
「それと今日も、その、迷惑をかけたわ……。それにまた助けてもらったし」
若干俯きながらも殊勝な顔つき。
「成り行きですよ」
「でも、あなたがいなければ、どうなっていたことか」
まあ、かなりまずいことになっていたとは思う。
「何とかなって良かったです」
「……そうね」
微妙な空気が流れ始めたところで、注文していた俺のコーヒーと古野白さんの紅茶が到着。
ひとまず話を中断して、お互いにのどを潤す。
普通にコーヒーを注文したのだけど、この時代にはまだドリンクバーはなかったんだな。
それとも、この店舗だけ?
どうだったかな?
そんなこと、この俺が覚えているわけないか。
しかし……。
こうして、コーヒーを飲んでいても、気まずいな。
こちらから話しかけようにも、古野白さんは何か考え込んでいるようだし。
「……」
「……」
「あなたには……」
沈黙が数分続いたところで、ようやく口を開いてくれた。
これで話ができるか。
「有馬くんには、2度も助けてもらったことになるのね」
「……」
まあ、そうなるかな。
「その、本当に感謝しているわ。でも、この借りは必ず返すから」
コーヒーを持つ手が止まる。
感謝されるのはいいんだけど。
そんな張りつめた表情で言わないでほしい。
それと、感謝や恩といった話より今は。
「その言葉だけで充分ですよ。それより、これからどうするんです? 今日は明らかに狙われていましたよね」
「明日、上の者に相談するしかないけど……」
「明日ですか、それだと今夜は危なくないですか。それに明日の朝も」
「……」
「家にいるところを狙われたり、ひとりで道を歩いているところを狙われたりする可能性は?」
「家は大丈夫だと思うし、明日も人が歩いている通りを歩くから問題ないとは思うけど、絶対とは言えないわね」
「それなら、今からでも連絡して対応してもらうべきですよ」
「今夜はちょっと難しいのよ」
「……そうですか」
その上司とやらに今夜は連絡できない事情があるのか。
なら、そこを追及しても仕方ないか。
「でも、明日の朝なら対応してもらえるはずよ」
「そうすると、明日の朝以降は安心できそうですね。でも、朝までどうします?」
「……家は安全だから、帰るわ」
家のセキュリティーはしっかりしていると。
それなら。
「では、送りますよ」
「悪いわ」
「今さらですよ」
「……」
「まっ、送りますよ。家の近くではなく、家の前まで」
「いいの?」
「もちろん。では、一息ついたら帰りましょう」
「ええ、そうね」
「それで、明日以降ですが、古野白さんの家が敵方に知られている可能性はありますよね。それでも、安全なのですか?」
「セキュリティはしっかりしているけど……」
「古野白さんはひとり暮らしですか?」
「ええ、マンションにひとりよ」
「それなら、なおさら用心したいですね。異能者相手だと何があるか分かりませんし。何より気が抜けない」
「……」
「やはり、早急に引っ越すべきですよ」
「……そうね。その件についても、明日相談してみるわ」
「それがいいです」
同じことが俺にも言える。
おそらく、まだ大丈夫だとは思うが。
異能者との2回の遭遇で、俺の身元が敵方に知られている可能性を完全に否定することはできない。
そうすると、今後実家に害が及ぶこともあり得るわけだ。
それは何としてでも避けなければいけない。
近い内に1人暮らしを始めた方がいいかもな。
「さて、帰る前に少し訊きたいことがあります」
「私もあるわ」
だろうね。
「では、お先にどうぞ」
「……もう一度聞くけれど、あなた本当に普通人なの?」
声量を落として問いかけてくる。
もう何度目かも知れないその質問を。
「答えは同じですよ」
「そうよね。でも、それなら、どうやってあの結界を破壊したの? あれを破壊するって、凄いことなのよ」
まあ、そう思うよな。
疑われるのは、分かっていたことだ。
だが、幸いなことに、ステータス上の露見の点滅は変わっていない。
なら、このまま押し切るのみ。
しかし、いくら小声とはいえ、普通人や結界という不思議用語をここで話していいんだろうか?
周りを眺めてみると……。
かなり騒がしいし、こちらを見ている者もいない。
……問題ないか。
「普通人が壊せるものじゃないのよ。一体どうやって」
「力を入れたら壊れました」
「……」
そんな訳ないでしょ、と目が語っている。
そりゃ、そうだ。
俺だって、逆の立場ならそう思うわ。
でもさ、そう答えるしかないんだよ。
「たまたま上手くいったんでしょう」
だから、もう諦めてくれ。
「……」
「……」
「はぁ~、分かったわ。有馬くんには借りがあるものね。そういう事にしておいてあげる」
「はい」
「でも、報告はするわよ。それで、上がどう判断するか……それは分からないわね」
それも困るんだが。





