第71話 古野白楓季 1
この少年、いつから公園にいたんだ?
結界に閉じ込められた時点では、公園内に人影は見られなかった。
ということは、その後になるが……。
結界を破壊した後か、その前かが問題だ。
結界を破壊する前だとしたら、問題になるような場面を目撃されているかもしれない。
「お姉さん、顔色良くないけど」
「大丈夫、よ。ありがとうね」
戸惑っている俺の代わりに、古野白さんが笑顔で対応してくれる。
「そう、ならいいけど」
「心配してくれて、ありがと」
「そんなの、あたりまえだよ。それより、何があったの?」
「ちょっと、気分が悪く、なっただけなのよ」
「ふーん、そうなの」
「君、心配してくれてありがとう。ところで、いつから公園にいたのかな?」
「うん? 今来たところだよ」
あどけないその表情に嘘はない、ように見える。
なら、問題はないか。
「そうなんだ。でも、こんな時間にひとりで平気かい?」
「アハハ、大丈夫だよ。近くにお母さんもいるし。ちょっと公園の中を通りたかっただけだから」
「ああ、なるほど」
母親と歩いている途中に公園の中を通ったと、そういうことか。
「うん。じゃあ、もう行くね。気をつけてね、お兄さん、お姉さん」
そう言って、駆け足で去って行く。
「いい子ね」
「……そうですね」
本当に、こちらを心配して声をかけてくれただけ。
だとしたら、何も気にすることはない。
そうだな。
「ホント、優しい子だわ」
そう言う古野白さんの息は、随分とましになっている。
「ええ」
今は古野白さんをどうするか考えないとな。
さっき使った俺の治癒魔法は単純なもの、酸欠に効果を期待できるものではない。
とはいえ、このままでも徐々に回復していくとは思うが……。
とりあえず。
「古野白さん、もし良ければ、腹式呼吸してみませんか」
やれることはやっておこう。
古野白さんは頷き、ゆっくりと呼吸を始める。
「少しいいですか?」
「何?」
「ああ、呼吸はそのままで。両手を出してください」
「こう?」
「ちょっと失礼」
差し出された掌に俺の掌を合わせる。
「えっ! な、何?」
「少しばかり気を勉強しているものですから。今からこの掌を通して気を送りますね」
「まあ……そういうことなら」
エンノアの治療で得た経験からすると、これも効果があるのではないかと思うんだが。
大人しくなった古野白さんの掌に集中して。
……。
俺の手から送り出した気を、古野白さんの両掌から腕、肩へと流し循環させていく。
次に、ほんの僅かだけ魔力も送り出す。
「えっ、これ?」
俺の魔力に反応しているのか?
古野白さんは、魔力と気の違いが分かるのかもしれないな。
まあ、これが魔力だなんて口が裂けても言えないが。
「今気を送っていますから」
「……」
こうして、古野白さんの体内に気と魔力を循環させることで、酸欠か異能の使い過ぎだか分からないが、今のこの状態を好転させる助けになれば。
……。
そのまま数分間処置を続け。
「どうですか?」
「これ、すごいわね。かなり楽になったわ」
「それは、良かった」
顔色もほとんど戻ってきている。
効果があったようだ。
気と魔力の循環は、俺の思っている以上に使えるものかもしれないな。
「もう平気だと思う」
そう言って、立ち上がり軽く手足を動かしている。
「うん、問題ないわ」
「それなら、移動もできます? 良ければ、また抱えますけど」
できるなら、人の目のある場所に移動したい。
この公園にいると、再び襲撃される可能性もあるだろうから。
「っ! 結構よ。ひとりで歩けるわ」
「そうですか」
「ええ、行くわよ」
先頭に立ち歩き始める古野白さん。
ひとまず、駅前に戻ろう。
公園を出て歩道をゆっくりと歩くが、古野白さんの足元がおぼつかない。
もう回復したと本人は言っているが、異能の使い過ぎに酸欠で酷使された身体が本調子でないのは当然だ。
「はい」
立ち止まり右手を差し出す。
「……何かしら?」
「それじゃ危ないでしょ、手を引きますよ」
「必要ないわ」
「こんな所で転んでもいいんですか」
「……」
「また抱えますよ」
「……分かったわよ」
おずおずと差し出された手を掴み、再び歩き出す。
華奢な手だ。
それに冷えている。
夏だというのに。
無理しているよな。
前回もそうだったけどさ。
「……」
「……」
「……」
「……ねえ、もういいかしら」
「そうですね」
ほとんど話すこともなく駅前に到着。
手を離して落ち着ける場所を探す。
「人が多い方が良いのですよね」
「そうね」
「では、ここにしましょう」





