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第695話 加工



「触媒が作用していません!」


「撹拌と液温は間違いないのか?」


「指示通り行っています」


「見せてみろ!」


 助手に代わって触媒を熟視する薬師。


「そんな、馬鹿な……」


 かすれ声とともに顔が青く染まり始める。


「おい! まさか!」


 2人のただならぬ様子に伯爵の側近がたまらず近づいていく。


「きさま、失敗したんじゃないだろうな?」


「……」


「答えぬか!」


 怒気を叩きつけ、薬師の胸ぐらをつかんだ。


「も、もうしわけ」


「何だと!」


 腕にこもる力が尋常じゃない。

 薬師の顔はもう、真っ青を超えている。


「うぐっ」


 まずいな。

 これは、止めに入った方がいい。

 ただ、ここで部外者である俺が動くのも……。

 やはり、もう少し事情を聞いておくべきだったかもしれない。


 と一歩を踏み出せずにいる俺の前でオルドウ伯爵が。


「やめぬか、ヘリオット」


 声を上げた。

 決して大声ではないのに、威厳に溢れてる。


「しかし、閣下」


「いいから手を離せ。今は調合中なのだぞ」


「……はっ」


「うぅ、げほっ、ごほっ」


「先生」


 膝をつき咳込む薬師に助手が駆け寄る。


「それで、調合はどうなっているのだ?」


「ごほっ、ごほっ……それが……」


「難事である霊薬調合に困難はつきもの、失敗したとてそなたを罰しはせぬから、現状をはっきり説明してほしい」


 余裕などないはずのこの状況でも威圧感を出すことがない。冷静に穏やかに問いかけている。俺に対する態度に加えこの対応、やはりこの領主は圧制者じゃないってことなんだろう。


「この触媒に問題があるようでして」


「上手くいかぬというのだな?」


「……申し訳ございませぬ」


「ならば、霊薬は?」


「ベニワスレの寒実自体に問題はありませんので、新しい触媒さえ手に入れば調合は可能にございます」


「ふむ、ヘリオット?」


「今から市場を回ってみます。ですが……今日中には難しいかと」


「明日、明後日ならどうなのだ?」


「分かりません。ただ、数日中には確実に入手できるはずです」


 加工に手間がかかる上、需要にも問題があるこの触媒は市場で簡単に手に入るものではない。とはいえ素材自体はベニワスレの寒実ほど希少ではないため発注さえしておけば必ず入手できる。そういった代物らしい。


「長くは待てぬ。そうであろう?」


「……はい」


 問いに答えたのは後ろに控えていた伯爵家の主治医。


「数日で命にかかわる状態におちいる可能性は低いですが、お嬢様が危険な状態であることに違いはありません。何より、治療が遅くなればなるほど後遺症の危険が増しますので」


「……」


「「「「「……」」」」」


 調合室を覆う沈痛な空気。

 寒実採取で大きな希望が生まれた後だから、余計に重さが増しているのではないだろうか。


 こうなると、もう……そうだな。

 試してみるか。


「閣下、私に考えがあるのですが」


「……」


「上手くいけば調合ができるかもしれません」


 今や無用の長物と化してしまった調合用触媒。

 このままでは廃棄されるだけだ。

 が、どうせ捨てられるなら、少し試してみたい。


「調合を、この触媒でか?」


「はい」


「ふむ……」


 オルドウ伯爵の眉間に深いしわができている。


「閣下、そのようなことあり得ません」


 対して、まったく話にならないとばかり呆れ顔を浮かべる薬師と助手。

 傍らの医師や側近たちもそれに近い表情だ。


 まあ、この世界の常識ではそれが普通の反応なんだろう。

 けれど伯爵は……。


「冒険者コーキよ、この触媒で調合ができるようになるのか?」


 常識から離れ、可能性の検討に入ってる。

 俺の言葉に期待し始めている。

 となれば。


「その可能性は十分かと」


 期待に応えたいと思うもの。


「馬鹿馬鹿しい、効果がない触媒で何を作るというのだ?」


「そうです、調合なんてできるわけないでしょ」


「その方らには聞いておらぬぞ」


「っ……申し訳ございません」


「そう思うなら、少し黙っておれ」


「「はっ」」


「して、何をどのようにするのだ?」


「触媒に手を加え効能を復活させたいと思います」


「消えたものを使えるように戻すというのだな?」


「はい、その通りです」


 迷いない俺の言葉を受け、周りの空気が呆れから困惑へと変わっていく。

 ただし、オルドウ伯の期待だけは増す一方。


「そなた、冒険者だけでなく調合師としても活動しておるのか?」


 もちろん、そんなことはしていない。

 さっきから鑑定で触媒や他の素材を調べていたので、色々と思いつくことがあっただけだ。とはいえ、ここで正直に答えるのは悪手だろうから。


「……多少は」


 という返事になってしまう。


「ふむ、多少か」


「閣下、その者は腕利き冒険者かもしれませぬが、決して専門家ではありません」


「調合を任せるのは危険です」


 霊薬調合に素人なんかが口を出すべきじゃない。

 俺もそう思うよ。

 けど、今は時間がないんだろ。


「黙っておれと言ったはずだが」


「「……」」


「では、話を続けよう」


 薬師たちを一睨し、ゆっくりとこちらに近づいて来る伯爵。

 その眉間からは、しわも綺麗に消え去っている。


「熟練でない者に任せるという判断が正しいかどうかは分からぬ。が、ベニワスレの寒実を採取できたのも、この状況を打開する提案をしたのもそなただけだ」


「「「「「閣下……」」」」」


「冒険者コーキよ、そなたに霊薬調合を依頼したい。受けてくれるか?」





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