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第694話 寒実


<セレスティーヌ視点>




 もちろん皆が、誰もが分かっている。

 コーキさんは悪くない、責められる謂れなどない、あれは事故みたいなもの、どうしようもないことだった、と。


 ただ、頭と心はちがう。

 理性がどれだけ正論を語っても心が受け付けてくれない。

 特に、ギリオンさんと親しかった者は。

 コーキさんなら何とかできたはず、この思考を捨てきれない。


 だから、どうしても行動の端々に出てしまう。

 隠そうとしても滲み出てしまう。


 そんな彼らを前にしたコーキさんは、何を言うでもなく目を伏せるだけ。

 そうして去って行く。

 静かにその場を。


 ああぁ。


 痛い。

 心が悲鳴を上げそうになる。


 でも、私にはどちらの気持ちも理解できるから。

 自分のことのように分かってしまうから。


 今は時を待つしか……。



「なるほど、冒険者アリマはこの地にいないのですね」


「……はい」


 エフェルベットさんの言葉に飛んでいた思考が戻ってくる。


「となると、彼女か」


「彼女?」


「セレス様、イリサヴィアですよ」


 ユーフィリアが口にした剣姫の名前に頷くエフェルベットさん。


「現状報告のため白都に戻ると言ってましたが?」


 彼女の実力なら可能かもしれないけれど、既にテポレン山は出たはず。


「戻る前に片付けたのだと思います」


「今外に出ているのは我々だけですし、彼女以外にこのようなことができる者はいないかと」


「ですが、イリサヴィアさんなら書き置きではなく、私たちに声をかけたのでは?」


「それは……急いでいたのではないでしょうか?」


「急いでいたのなら、なおさらです」


「「……」」


「なあ、副長、そんなのどうだっていいんじゃねえの。もう安全なんだからよぉ」


「いや、ドロテア、それは違う」


「どうせすぐにゃ結論なんて出ねえぞ。なら、下に戻って考えりゃいい。それより、今はやることやろうぜ」


 ドロテアさんの言う通りだ。

 ここで話して答えを急いでも意味はない。


「そうですね。皆さん、先に仕事を終えましょうか」





**************************





 分体討伐後、死骸の始末もそこそこに現場をあとにする。

 一言だけ書き置きを残し逃げるように急いで。

 もちろん、逃げてるつもりはないのだが。


「……」


 まだだ。

 まだ時間を置いた方がいい。

 ここで会ってもお互い気まずくなるだけ。

 皆と、セレス様と顔を合わせるのは避けるべきだろう。

 

 それに今は依頼遂行中でもある。今夜までに採取を終えベニワスレの寒実をオルドウ伯に届けなければ、色々と予定が狂ってしまう。日本への帰還が遅れ朝食に間に合わないなんてことになったら……。


 とりあえず、今は急いで採取に。

 ベニワスレの群生地に向かうとしよう。






「これがベニワスレの寒実!」


「閣下、間違いありません!」


「ベニワスレの寒実です!」


 テーブルに置かれた拳大の実を眺めているのはオルドウ伯爵とその側近、お抱え薬師、医師の数名。


「本当に……」


 安心してほしい。

 既に鑑定済みだからな。

 それが希少と言われる寒実そのものだ。


「よくぞ、よくぞ、寒実を見つけてくれた!」


「依頼を受けた冒険者として当然のことをしたまでです」


「いや、そんな簡単なことではない。ベニワスレの寒実は滅多なことでは手に入らない希少素材なのだぞ」


 確かに、それなりの時間と力は消費した。


「それを半日で成し遂げるとは」


 花が散ると同時に結実するベニワスレの寒実。

 その採取が困難とされるのは、この限定的な時期と結実の希少さらしい。詳細は定かではないものの、結実に成功するのは100本の大木の中でも2、3の実しかないとのこと。


「そなた、テポレン山の奥まで踏み入ったのであろう?」


「……はい」


「やはり、その腕は本物であったか」


 現在、ベニワスレの木はテポレン山とエビルズピークの奥深くにしか存在していない。これがまた採取困難を助長している。実際のところ、腕に自信がありかつ険山に慣れた者以外は採取できないだろう。


「それでも、相当の苦労があったはず」


 まあ、全く苦労しなかったと言えば嘘にはなる。何といっても、今回この寒実を手に入れるために5つの群生地を回ったんだからな。とはいえ、5箇所ともに既知の場所ばかり。迷うこともなかった。つまり、大した苦労ではないってことだ。


「冒険者コーキよ、心から感謝するぞ」


「もったいない言葉です」


「ふむ、報酬と謝礼は十分に用意させてもらう。が、今は治療を急ぎたい。明日の午後にまた来てもらえるか?」


「報酬は明日でも問題ありません。ただ、もしよろしければ」


「何だ?」


 異世界間移動の時間にはまだ早い。

 なら、今後のためにも、また結果確認のためにも。


「薬剤の調合を見学させてもらえないでしょうか?」


「……よかろう。では、さっそく調合室に移動するぞ」


「「「「「はっ」」」」」


 オルドウ伯爵を先頭に薬剤師、医師、側近たちが部屋を出る。

 もちろん、俺もその後ろについて行く。




「調合を始めてくれ」


「承知しました」


 薬剤師と助手らしき女性が棚から取り出した備品、薬剤をテーブルの上に並べ始める。その準備は僅かなもの。あっという間に完了してしまった。


「では、開始します」


「うむ」


 乾燥した物体を鍋に入れ煮沸すること数分。


「先生!」


「ん……!?」


 助手と薬師の手が止まった。


「これは!?」


 どうやら、簡単には済まないようだ。




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