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第693話 いないはず


<セレスティーヌ視点>




「悲鳴、ですか?」


「……多分」


 そうだとは思うけれど、断言するほどの自信はない。


「ついさっき悲鳴があったのに今は気配を感じない、ということは……」


 エフェルベットさんとユーフィリア、この2人がともに気配感知に失敗するとは思えない。だったら、この先に魔物は潜んでいないと考えるの妥当だ。ただ、あの叫声を耳にしたのも事実だから。


「近くで魔物同士の争いがあったのかもしれません」


「争いの直後に姿を消した、ユーフィリアはそう考えてるのね」


「争いながら場所を変えた、相打ちとなった、1頭が倒れ1頭が去った、など幾つかの可能性を考えています」


「そういうことなら、魔物同士ではなく人と魔物の可能性も?」


「ありますね」


 以前は寡黙でマイペースというイメージだったユーフィリアが今はこうして常に私に寄り添い自分の考えを頻繁に語ってくれる。もちろん全ては弱っていた私を気遣ってのことだと分かっているけれど……。それでもディアナを亡くし、シアが去った現状、どれだけ彼女との会話に助けられていることか。本当にユーフィリアには感謝の思いしかない。ただ、だからこそ、気になってしまう。彼女が無理をし過ぎてないのか、と。


「とりあえず、エフェルベットたちが戻るのを待ちましょう。彼女たちの報告を聞けば分かることも多いはずですし」


「……ええ、そうね」


「セレス様、どうかされましたか?」


「何でもないわ。それより、ユーフィリアは疲れてない? 今日もずっと護衛任務だけど?」


「まったく問題ありません。むしろ先程の休憩を悔やんでいます。一歩間違えば

セレス様に大事が、そう思うと……」


「休憩を命じたのは私だし、今隠れ里に出ているのも私の我が儘なのだから、ユーフィリアが気にすることなんてないのよ」


「ですが……いえ、ありがとうございます」


 複雑な笑みを顔に浮かべ頭を下げるユーフィリア。

 やっぱり、無理してるのでは?

 彼女にはもっと1人の時間が必要なのでは?

 そんな思いでユーフィリアの手を取ろうとした私の耳に木々の先から足音が。


「エフェルベット殿とドロテア殿が戻ってきたようです。セレス様、念のため私の後ろに」


 逆に手を引かれてしまった。


 カサッ。

 ガサッ、ガサッ。


「セレスティーヌ様、ただ今戻りました」


「何か分かりましたか?」


「感知通り、この先に生きている魔物は皆無です」


「生きている、ということは?」


「はい、死骸が1つ。あの竜の眷属らしき魔物が倒れていました。絶命してそう時間は経っていないと思われます」


 竜!?


「あの異界の? エリシティア様や皆さんが戦った?」


 竜の遺骸?


「……はい」


「そんな、まだ生き残りが……?」


 とんでもなく強くて謎の生態をもつ竜の眷属が生きている?

 この山に潜んでいるかもしれない?


「それが……その心配は無用のようです」


 えっ?


「書き置きがありました」


「書き置き、ですか?」


「はい」


「そんなものがどこに?」


「死骸の上にです」


 この短い間に強力な魔物が倒され、その上に書き置きまで?


「……」


 何が起こってるの?

 まったく状況が理解できない。


「つまり、こういうことですね」


 うまく言葉が出てこない私に代わってユーフィリアが口を開く。


「その竜を倒したのは人で、討伐を為した者による書き置きがあったと」


「概ねは、ええ、その通りだと思われます」


「それで、書き置きには?」


「……」


「エフェルベット殿?」


「……全頭討伐済み。危険なし」


 全頭?

 危険なし??


「「「「「……」」」」」


 傍らのユーフィリアは驚きの表情。

 後ろで様子を見ていたエンノアの人々も固まっている。


 当然、私の混乱も深まるばかり。

 あまりのことに頭がついてきてくれない。


 けど、それでも、感じてしまう。

 こんなことできるのは、やってしまうのは。


「コーキさん?」


 コーキさんしかいない。

 他には考えられない。

 ただ、今は……。



「あの人でしょうね」


「私もそう思いますが、セレス様?」


「コーキさんは……」


 テポレン山から離れ、この世界からも離れ、今は幸奈さんのもとにいるはず。

 しばらくは戻ってこない、そのはずだから。


「コーキさんはテポレン山にいません。他の地で活動中です」


「セレスティーヌ様が彼から聞いたのですか?」


「……はい」


 あの日、あのあと。

 山が悲しみで溢れる中、コーキさんはひとり去って行った。

 ほぼ誰もそれに気づくことなく。

 気づいた私は止めることもできず、ただ見送ることしかできなかった。


 けど、次の日もその次の日も。

 コーキさんは戻ってきた。

 隠しきれない憔悴を無理やり隠しながら、様子を見に来てくれた。


 それなのに……。


 ヴァーンさんとアルはコーキさんと話をしない。顔を見ようともしない。

 間に入ろうとしたシアは何もできないまま。

 ヴァルターさんは心ここにあらずの状態。

 いつも泰然としているエリシティア王女でさえ、コーキさんを前にすると目が濁ってしまう。


 他もそう。

 ギリオンさんと関係の深かった者は皆がこれに近いあり様だった。




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