第692話 気づいてない?
慣れ親しんだとまでは言わないが、それなりに見知っている間道に足を踏み入れて3刻。
ザンッ!
ザシュッ!
「グギャアァ……」
よし!
これで3頭目の討伐も完了だ。
「残る分体は……1頭か」
感知の網に入ってきたこの1頭を討伐すれば、テポレンとエビルズピークから分体は全て姿を消すことになる。
「とはいえ、まあ」
謎の生態を持つエビルズマリスとその分体のことだ。今後また山に出現する可能性もあるだろう。が、今それを考えても意味はない。
「さっさと4頭目を討ち取って、素材採取に専念すべきだな」
今回の依頼はベニワスレの寒実の採取。エビルズマリス分体の討伐はあくまでもついで、行き掛けの駄賃みたいなものだ。こいつらの存在がどれだけ気になろうと、そこを忘れちゃいけない。
では、残る1頭のもとまでもうひとっ走りするとしよう。
ん?
分体が結構な速度で移動してる?
行き先はエンノアの地上集落、隠れ里あたりでは?
「……」
やっぱり、そうか。
複数人が隠れ里に出ているんだ。
ということは、分体の狙いは彼らの身!
って、これは!?
セレス様もいる?
なのに、ユーフィリアたち護衛騎士の気配がない。
「まずいぞ」
このまま進めば、10分程度で遭遇してしまう。
護衛なしでセレス様が分体と!
「くっ!」
今セレス様の周りにいる数人で何とかなる?
いや、とてもそうは思えない。
ユーフィリアやヴァルター、ウォーライル、あるいは力ある騎士か魔法使いが複数いれば対抗も可能かもしれないが、今地上にいる気配の持ち主数人では……。
かといって、この状況で今すぐには援軍も望めないだろう。
だったら……俺だ!
時間的に厳しかろうと、分体が到着する前に俺がやるしかない!
ダンッ!
強化レベルを引き上げた足で大地を蹴る。
振り払い損ねた枝葉が頬を叩くのを無視して駆け続ける。
いた!
エビルズピークの分体だ!
彼我の距離は100歩程度。
が、やつと隠れ里との距離は50歩もない。
駄目だ!
これじゃ俺の剣は間に合わない。
なら、魔法は?
群生する木々が魔法の進路を遮っている現状。
直線的な発射で着弾は狙えないが、それでも魔法を曲げてやれば……。
っ!
時間がないぞ。
ここはもう、一か八か勝負を!
「……雷撃!」
斜め前方に発射。
木々の合間を抜け青天を翔ける紫電、それを。
「曲がれ!」
進路変更してやる。
ここまでは予定通り。
問題は命中するかどうか。
疾走する敵を線じゃなく点で捉えられるかどうかだ、が……。
ずれてる?
当たらない!?
バチ、バチ!
バリ、バリ、バリ!
閃光を放ちながら空を翔ける紫電。
その威力は分体を足止めするに充分のはず。
ただ、射線がずれてる。
これじゃ、逃がしてしまう。
ならもう、曲げるしかないだろ。
「っ!」
離れすぎだ。
上手く制御できない。
けど、ここで外したらもう!
「曲がれ!」
もっと強く魔力を繋ぐイメージを。
「曲がれぇぇ!!」
少しでいい、ほんの少しだけ。
頼む!
「……繋がってる?」
微かに感じたその瞬間。
紫電が向きを変え分体に、その背中に。
「グギャ!」
よーし!
バリ、バリ、バリ、バリ!
背中を捉えるやいなや全身を這い尽くす紫電。
いきなりの衝撃になす術なく身を震わせる分体。
「ギャ、ギャギャ!」
セレス様まであと20歩のところで足が完全に止まった。
となれば、当然。
することは決まっている。
余裕を持って背後に近づき。
上段から首元に一閃。
ザンッ!
「グギャアァ!」
返して二閃。
ザンッ!
さらに返して、三閃。
ザッシュッ!!
「ギャアァァァ……」
決まった。
4頭目の討伐完了だ!
「えっ? この獣声は?」
「セレスティーヌ様、近くに魔物がいます!」
「危険です、お下がりください!」
距離はわずか20歩。
ただし、その間に存在する複数の中大木が視界を遮っている。
そのせいで、分体と俺の姿は目に入っていないはず。
つまり、セレス様は俺に気づいていない。
「でも、エンノアのあなたたちが前に?」
「問題ありませんよ」
「その通りです。ユーフィリア殿やエフェルベット殿もすぐに地下からやってきますし」
エフェルベット?
憂鬱な薔薇の副長か?
「あの方々が来れば、そこらの魔物なんて敵じゃありませんからね」
護衛騎士のユーフィリアがセレス様を護るのは当然のことだが、ワディン家とは縁のない冒険者である薔薇の団員がセレス様を? エリシティア王女ではなく?
「……」
エビルズマリス分体の討伐を終えた今、この付近に強力な魔物は存在していない。
感知距離をかなり広げてもそれは同じ。
なら……心配は無用かもしれないな。
俺がこのまま去っても、セレス様の近くから離れても問題なんて何もない。
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<セレスティーヌ視点>
「セレスティーヌ様、この先から聞こえたのですか?」
「……はい」
「今は何の気配も感じられませんが?」
「先程は間違いなく聞こえたんです」
「そうです、私たちも耳にしました」
「なるほど……では、様子を見てきましょう。行くぞ、ドロテア」
「りょーかい」
木々の中に入っていく憂鬱な薔薇の副長エフェルベットさんとドロテアさん。
ユーフィリアは私の隣に残っている。
「セレス様、先程耳にしたのは咆哮でしたか? それとも悲鳴のようなものだったのでしょうか?」
「咆哮というより、悲鳴に近かったような……」





