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第691話 限界


「ふむ、手合わせとな」


「はっ、私にお任せください」


「……冒険者コーキ、受けるか?」


 厄介事、面倒事なんて、正直受けたくない。

 手合わせも採取依頼も拒否して今すぐ領主館をあとにしたい。

 ただ……。


 そんなことして簡単に収まるわけないよな。

 むしろ問題が増える可能性すらある。

 なら、さっさと片付けるべきだ。


「受けましょう」


 しかし、この世界の者は……。

 冒険者も剣士も騎士も魔法使いも、誰もが立ち合い好きなんだな。








「はじめ!」


 審判の合図でエンディーブが木剣を構える。

 俺は剣を右手に腕を下ろしたまま。


「何をしている? 早く構えろ!」


「このままで結構です」


「ふざけるな!」


「ふざけてません」


「おまえ!」


 場所は変わらず領主館の中庭。

 オルドウ伯爵と臣下たちが観戦する中、顔を真っ赤にした中隊長エンディーブと俺が対峙している。


「剣の流儀も知らぬのか!」


「いえ、これが私のやり方ですので」


 もちろん構えを取ってもいいのだが、ここは敢えて。


「ちっ、冒険者の邪剣が通用すると思うなよ」


「そういうあなたは……正流ですか?」


「その通り」


 エンディーブは正流の使い手。

 なるほど!

 そうだったんだな。


「最強のフェアルス正流だ」


「……」


 キュベリッツ王国の剣術界に存在する複数の流派。

 その中で大きな力を持っているのは、ジルクール流とこのフェアルス正流の2流派だと言われている。


「どうした、怖気づいたか?」


「とんでもない」


 型や構えは存在するもののそこに強く拘泥することのない比較的自由な剣風を持つジルクール流に対して、伝統と格式を重んじるフェアルス正流は剣の逸脱を基本的に認めていない。それゆえ、ジルクール流には冒険者や一般市民の徒弟が多く、権門の者は正流のもとに集まっているらしい。


「楽しみですよ」


 そういう事情もあって、俺の近くにフェアルス正流の達人は皆無だ。

 当然、一対一で剣を交わした経験もほとんどない。

 だから、今俺の目の前でそれなりの剣気を発しているエンディーブの剣に興味が湧いてしまう。さっきまであった倦怠感も徐々に消えて……。


「ふっ、冒険者風情が強がりを言うものだな」


「……そろそろ始めましょうか。エンディーブさん、先手は譲りますよ」


「まだ虚勢を!」


 そういうことじゃない。

 早く始めたいだけだ。


「いいだろう、そのすべてを打ち砕いてやる!」


 口の端を歪めたエンディーブが地を蹴る。


「フェアルス右火の一式!」


 右方から襲い掛かる水平の剣。

 それを横に払ってやる。


 キンッ!


 軽い、剣気にまったく見合ってない。


 キンッ!


 これも軽い。


 キンッ!


 ギンッ!


 少し重くなったな。


 ギンッ!


 ガンッ!


 さらに増した。


 ガッ!


 ガギンッ!


 おお、これは!

 早さもキレも初撃の比じゃないぞ。


 キンッ!

 ギンッ!


 一振りごとに増す剣速とキレ。流れるような剣撃の構成も素晴らしい。長年かけて練り上げてきたと思わせてくれる剣式、剣術だ。


 ガンッ!

 ガギッ!


 ただし、剣の型式として優れているだけ。

 これでは俺に届かない。

 柔軟性に欠ける型通りの連撃、先の決まった剣撃だけじゃあ。


 ガギンッ!


「くっ!」


 連撃が止まった。


「きさま、右火の一式を知ってるのか?」


「いいえ、初めて対しましたよ」


 フェアルス正流が型重視の剣術であることはもちろん知っているが、複数存在する剣式のほとんどは見たことすらない。


「初見で全て防いだと?」


「そうなりますね」


 剣を合わせたことがなくても見たことがなくても、この剣式に対する分には問題なんてない。剣速と力が大幅に上回っていれば、強引に押し切ることもできてしまう。



「どうしました?」


「……」


「もう終わりですか?」


「っ! まだまだ、これからだ!」


 そうだよな。

 剣式1つで終わるわけないよな。


「では、他の剣式も見せてください」


「……左風の二式!」


 次は左からか。


 カンッ!

 キンッ!


 右火の一式より早い。


 カッ!

 ガッ!


 構成もかなり複雑だ。

 が、軽すぎる。

 まったく、芯のない剣撃ばかりだぞ。 


 カッ!

 カキンッ!


 こんなものが俺に通用すると思ってるのか?



「くそっ! 右水の一式!」


「中火の三式!」


「左土の二式!」


 右左に中、火に風に水に土。

 個々に何式あるのかは分からないものの、かなりの剣式が存在することだけは間違いない。


「はあ、はあ、はあ」


 それでも、今振るった剣式の全てに脅威は感じなかった。

 微塵もだ。

 もちろん、参考になる点もそれなりにはあるんだが……、これが型に頼り切った剣術の限界なのかもしれないな。


 なら、もういいだろう。


「そろそろ終わりにしましょうか」







「依頼はベニワスレの寒実採取になる」


 勝手知ったるテポレン、エビルズピーク。

 そこを回っての素材採取は俺にとっては大したことじゃない。

 とはいえ、貴族に関わると結構な確率で厄介事に巻き込まれるというのも経験上よく理解している。なので、許されるのなら拒否したいところ。拒否してこのままお暇したい、その思いは領主館に入ってから少しも変わらぬままだ。


 ただ、今回のオルドウ伯爵の依頼は死病に伏す娘の治療のためのものであり。


「これは強制ではない、無理だと思うなら受けなくともよい」


 テポレン山やエビルズピークでの採取困難についてはエビルズマリス分体の影響が大きいと考えられる。つまり討ち漏らした俺の責任と言えなくもないと。


「が、その方の腕なら不可能ではないと私は考えておる」


「……」


「どうだ、受けてくれぬか?」


 さらに、領主貴族とは思えぬほどの腰の低い対応。

 ここまで重なると、どうにも……。




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