第690話 謁見
「冒険者コーキなのか?」
市場通りの端で声をかけてきたのは騎士風の中年男性。
「……」
誰なのか分からない。
まったく見覚えがないし、記憶が頭のどこかに残ってるとも思えない。
そんな男にいきなり声をかけられても対応に困る。
「どうした、なぜ答えぬ?」
さらには、この滲み出る高圧的な空気感。
厄介事の匂いしかしないな。
それはもう、市場に漂う香り以上に強く濃厚にだ。
「黙っておるということは、つまり」
正直、無視するか別人だと偽ってここから離れたい。
ただ……おそらくこいつはそれなりの身分持ち。
なら仕方ない、か。
「冒険者コーキなのだな」
「……そうですが」
しかし、なぜこいつは気づけたんだ?
俺に覚えがないだけで、どっかで会ってるのか?
それとも、外見の特徴だけで判断を……?
ここで考えても無駄だな。
とりあえず、今は話を進めるしかない。
「私に何か用でも?」
「何か用でもだと! 閣下の召喚を何度も無視しておきながら、よくもそのようなことを口にできたな!」
閣下?
この地で閣下と呼ばれるのは数人しかいないはず。
その数人の中で俺を呼び出したことがあるのは……。
そうか、領主オルドウ伯だ。
常夜の森に現れたダブルヘッドを俺が討伐し、セレス様を救ってオルドウに戻った直後、冒険者ギルド経由で呼び出されていたんだった。
確かあの時は、ギルドの出入りを避け呼び出しを耳にしていない体を装うことで数日やり過ごし、そのまま白都キュベルリアに出発したような……。
「閣下を愚弄しているのか!」
「いいえ、そんなつもりは毛頭ございません」
とりあえず、下手に出ておこう。
「ならば、その態度をどう説明する?」
「状況が分からないだけです。ところで、あなたはオルドウ伯爵家の?」
「騎士中隊長エンディーブだ」
やはり、そうなのか。
となると、ちょっとまずいぞ。
簡単にはごまかせないかもしれない。
「で、状況が分からぬとは?」
「領主様からの呼び出しの話は今初めて聞きました。私はずっとオルドウを離れていましたもので」
「今まで知らなかったと?」
「はい」
「にわかには信じられぬな」
「ですが、本当のことです」
「ふむ……」
顎に手をやり考え込む中隊長エンディーブ。
その周りでは数名の者が足を止め人だかりができつつある。
「分かった、ひとまずはその言を受け取っておこう」
ん?
まさか、これで終了?
「では、まいるぞ」
「……」
「どうした、ついて来い?」
「……どちらにでしょう?」
「もちろん、領主館だ」
そうだよな。
簡単に見逃してくれるわけないよな。
「その方が、冒険者コーキか?」
「はっ」
「ギルドに声をかけて幾日になるか……やっと会うことができたな」
「遅参、申し訳ございません」
「謝罪は無用だ」
「……」
緑が溢れる領主館の中庭。
その中央に立つオルドウ伯爵の前で膝をつき首を垂れる俺。
「私の声が届いてないのでは、どうしようもないであろう」
「……恐縮です」
貴人との対面はこちらの世界で何度か経験しているが、こういった作法的なものにはまったく慣れる気がしない。いまだに手足と口が固まりそうになってしまう。
やはり、貴族関係はなるべく避けた方がいい。
「それにそもそも、今回は褒賞を与えるために呼んだのだからな」
「ダブルヘッド討伐の、でしょうか?」
「うむ、あれを持て」
「はっ」
オルドウ伯の側近が台車を引いて近寄ってくる。
「随分と遅れたが、受け取るがよい」
「……ありがとうございます」
受け取ったのは金銭の入った袋と複数の品。
「これでようやく領主の責任を果たすことができた」
「……」
俺を呼んだのは褒美を与えたかったから?
それだけ?
厄介事は無し?
だったら、ありがたい。
「さて、次に進もう」
そうだよな。
そんな甘い話なんてないよな。
「冒険者の君に1つ依頼をしたい」
「……何でしょう?」
「薬剤採取の依頼だ」
採取依頼?
大した厄介事じゃない?
なら、受けるのも……。
「閣下!」
「伯爵様、あの採取は!」
不満の声を上げたのは領主側近と騎士数名。
「そちらは控えておれ」
「ですが、遅参する冒険者などに……」
「この者はダブルヘッドを討った凄腕であろう、何の問題もない」
「討伐は数名の冒険者によるものと聞いております」
「その冒険者を率いていたのがこのコーキだ」
「統率の腕と剣の腕、採取の腕は別物かと」
「その通りです、彼の手に負えるとはとても思えません」
「では、そちが行くか?」
「閣下の命であれば、喜んで」
「アレの採取達成を確約できるのか?」
「……」
「テポレン山、エビルズピークと続く険峻踏破に加え、竜のごとき魔物を退治ねばならぬのだぞ」
なるほど、山にある素材採取か。
「無理であろう。ならば、残された選択肢は1つ。専門家である冒険者に」
「閣下、お待ちください」
「まずはこの者の技量確認を」
前に出る騎士たち。
その中には中隊長エンディーブの姿も見える。
「技量確認?」
「はっ、険峻踏破以前に剣の技量がなければ話にもなりません」
「……」
「我らが手合わせすればこの者の腕を測れます」
「ふむ……」
やっぱり、厄介事だ。





