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第689話 別行動



「オレたちはこっちにするからな」


「ええ、あなたたち3人は4階の続き部屋ね。幸奈さん、私たちは5階に泊まりましょ」


「はい」


 部屋は沢山あるのに、わざわざ同室で過ごすのか?

 と思ったのだが、この施設の4階と5階にはスイートルーム以上の豪華客室があるらしい。なので、今回は男女に別れてそこに泊まることになってしまった。


 とはいえ、ベッドルーム3部屋が完備された客室なら自分の時間を持つこともできる。夜中に抜け出してあちらに渡ることも難しくない。つまり、特に問題はないってことだ。


「では、武上くん、有馬くん、里村くん、30分後に1階のロビー集合よ。遅れないでね」


「おう、了解だ」





「うわぁぁ! すごい、凄いよ!」


 客室に入るなり大声で騒ぎだす里村。


「有馬くん、ほら、リビングはびっくりするくらい豪華だし、奥にはバーカウンターまであるし、ベッドルームも本当に3つある!」


 飛び跳ねるように窓際に向かって行く。


「ええっ! 何これ!!」


 そんな里村が大窓を開けバルコニーに足を踏み出したところで動きを止めてしまった。


「この眺め……信じられない」


「すげえだろ」


「凄いを越えてるよ!」


 それほどなのか?

 半信半疑ながらも2人に続いてバルコニーに出てみると。


「……」


 まず感じたのはやわらかな風、潮の香りを含んだそれが頬を優しく撫でてくる。その風に誘われ目を向けた先には砂浜が白く輝き、さらに対照的な海面が陽光を反射し、透きとおる青から深い紺へと緩やかな変化を見せてくれる。


 水平線上に浮かぶのは複数の点景。ゆっくりと進む船影に、大小さまざまな岩礁。天空では海鳥が弧を描きながら舞い踊り、時おり甲高い声を上げては紺碧へ溶け込んでいく。


 耳をうつのは波の音。砂浜に寄せては返す規則的なリズムが心地よく心音と重なって。


 ああ……。


 これらすべてが渾然一体となって俺を包み込んでくる。

 溜まっていた澱を洗い流し、時の流れすら消し去るように……。




「有馬くん?」


「……」


「おい、有馬!」


「……ん?」


「んじゃねえわ、いつまで眺めてるつもりだっつうの」


「いつまで?」


「10分以上もそのまんまだよ」


 そんなに経ってるのか?


「ボクたち、もう荷解き終わっちゃったし」


「……」


「船での爆睡に加えその腑抜け面って、おまえ疲れすぎだろ」


「そういえば、有馬くんずっと忙しそうだったよね」


 いや。


「忙しくはないが」


 色々とあって余裕は持ててなかった。

 疲れも取れてないのかもしれない。

 それでも、あの直後に比べればかなり回復したと思っていたんだ。


 なのに、10分以上も自失してしまうなんて……。


 「まっ、とりあえず、さっさと準備しろよな。遅れると古野白がうるせえぞ」


「……分かった」





 荷解きを終えロビーに集合した俺たちは予定通り島内の散策に出かけることになったのだが、島への到着が遅かったため宿泊所周りから近場の海岸線を歩きビーチに下りる頃にはもう陽が傾き始めていた。


 なので、初日の散策は早々に終了。その後は宿泊所の食堂で夕食をとり、客室に戻ることに。


「有馬くん、ほんとに参加しないの?」


「まだ疲れが残ってるみたいでな。今夜は早めに休みたいんだ」


 部屋に戻ると言っても、俺以外の4人は休むわけじゃない。これから5階で飲み会を始めるらしい。


「そっかぁ、だったら仕方ないね。飲み会はボクたちだけで」


「ああ、4人で楽しんでこい」


「うーん、何だか悪いような気が……」


「気にしないでくれ。むしろ、参加できない俺が申し訳ないくらいだからな」


「それこそ、気にしなくていいんだけど」


「なら、この話はここまでだ。ほら、5階が待ってるぞ」


「うん……じゃあ、また後で」


「いや、里村たちが部屋に戻って来た時にはもう寝てると思う。だから、また明日だな」


「分かった。有馬くん、ゆっくり休んでね。部屋に戻る時は武上くんが騒がないようにするから」


「それはありがたい」


「でしょ。じゃあ、そろそろ行くね」


「ああ」


 4階まで忘れ物を取りに来た里村と別れ、ひとり客室に戻る。


「シャワーは……後でいいな」


 自分用のベッドルームに入り、鍵を閉め、軽く準備を整え。

 さあ、出発だ。


「異世界間移動」







「安いよ、安いよ!」


「今日の特売はウルフ肉、ちょっと硬いけど味は間違いねえ。そこのにいさん、どうだい!」


 3日ぶりのオルドウ。

 その中央区の一画、路上市場の中に歩を進める。


「このヴィーツはとびきりだぁ、そのまま食べても酒にしても最高だよぉ!」


「こっちのリンシュはもっと美味いぞぉ!」


 通りの左右に並ぶ色とりどりの屋台。

 赤、青、黄色の布が所狭しと風にはためき、呼び込みの威勢、客の笑い声、子どもたちの歓声が渦のように重なっていく。


 相変わらず、とんでもない活気だ。


「お客さん、ベアの串焼き、焼きたてだよ!」


「こっちの団子は揚げたてだぁ!」


「搾りたてのジュースはいかがですかぁ!」


 人々の活気だけじゃない。

 通り中に漂う煙が、見境なく容赦なく襲い掛かってくる。

 焼き物の香ばしい匂い、揚げ物の甘い香り、ハーブの複雑な香気。

 ジュウジュウという刺激的な音。


 歩くだけで胃が誘われてしまう。

 空腹でもないのに、つい手が伸びてしまいそうになる。


 この空気感。

 やっぱり、いいな。

 あの島の自然とはまた違う種類の元気がもらえるようだ。

 本当に……。



 うん?

 もう市場の端? 


「……」


 どうする?

 このまま離れるか、市場通りを引き返すか?

 と考え、足を止めた時。


「そなた……冒険者コーキか?」


 誰だ?



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