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第688話 半人工島



 ベリルさんから依頼されているウィルさんの動向調査。

 偶然耳にしたそれを伝えるのに今はちょうどいい機会だ。


「コーキさん、教えていただけますか?」


「もちろんです。といっても、大した内容ではないですよ」


「どんな情報でもありがたいです」


 ウィルさんからは随分と前に手紙を貰ったきり連絡はないらしいから、逸る気持ちも理解できる。ただ、本当に大した内容じゃないんだ。


「私が情報を耳にした時点のことではありますが、ウィルさんはレザンジュの国境近くにある小さな村にカロリナさんと滞在しているそうです」


「国境近く……村の名は何でしょう?」


「そこまでは私も」


「そうですか……」


「申し訳ありません」


「いえ、無事だと分かっただけでも充分ですよ。しかし、なぜそのような場所にカロリナと2人で?」


「旅の途中でウィルさんが体調を崩したため、その村で休養していると聞きました」


「……なるほど」


 エリシティア王女たちと共に黒都カーンゴルムに向かう道中で不調を訴えたウィルさんにヴァルターの妻カロリナさんが付き添い休養することになったらしい。


「ところで、その旅とはオルドウに戻る旅ではありませんよね?」


「それは……」


 ベリルさんがウィルさんの事情をどこまで知っているのか、俺には分からない。

 当然、何を伝えて何を秘すべきかの判断もつかない。

 なら、ここは当たり障りのない事実を伝えるだけで。


「おそらくではありますが、オルドウ以外に向かっていた可能性が高いかと」


 そういう俺もウィルさんの事情について詳しいことは知らないし、なぜ王女と共に黒都に向かっていたのかも分からないんだが。







 ザッシュッ!


 剣身を通る生々しい感触。


『ァァァ……』


 大量の血が流れ、血だまりに落ちるこの光景。


『ギリオン!』


『……』


 叫ぶ俺に、倒れ伏すギリオン。


 分かってる。

 眠るたびに見ているのだから、これが夢だと理解している。

 だから、次に何が起きるかも。


『コーキがオレを殺したんだ』


『おまえは殺人鬼なんだよ』


 分かっている。


『先生は殺人鬼です!』


『あんたが師匠を殺した!』


 それでも、痛い。

 頭も胸も心も体も何もかも、引き裂かれるような激痛に囚われていく。


『うぅぅぅ』

 

 俺には耐えることしかできない。

 目が覚めるまで、ただ、ただ、耐えるしか……。





「功己」


 体が揺れている?


「功己!」


 俺の名が呼ばれている?


「功己ってば!」


「……」


「はぁぁ、やっと目が開いた」


 ……幸奈。


「疲れてるのは分かるけど、熟睡しすぎだよ」


「……」


 俺は熟睡してたのか?


「……悪い」


 自室でも夕連亭でも1人でいる時は深く眠れないのに、幸奈が傍にいるとなぜか眠れてしまう。ほんと、不思議だ。


「謝らなくていいから降りる準備して。もう到着なんだからね」


「到着?」


「そうよ、島に到着するの」


「……」


「有馬くん、あなたでも寝ぼけることあるのね」


「そりゃあるだろ。こいつだって一応人間だからなぁ」


 古野白さん、武上……。


 そうだ。

 今は旅の途中だったんだ。

 

「……」


 先日、幸奈の様子を見に来た古野白さんと武上と会ったあの日。

 どういうわけか俺以外の3人が休暇とリゾートの話で盛り上がり、さらにその後、鷹郷さんの許可を得られたため、研究所の慰安的な休暇旅行という形でとんとん拍子に事が進み、結果こうして皆で旅に出ることになってしまったんだ。


 確かに、大学生でもある古野白さんと武上が夏休み全てを労働に捧げるというのはどうかと思うし、幸奈の護衛を依頼していたこちらとしても申し訳ないものがある。


 だから、状況がそれなりに落ち着いた今この時期に彼らが旅で英気を養うということに対しては反論の1つもない。幸奈の参加も、まあ、安全が保障されるのならいいだろう。ただ、俺は……。


 数日前までまったく想像もしていなかった2泊3日の離島リゾート。

 ほんと、なぜ俺が日本で旅なんかしてるんだ?

 いつでもあちらの世界に渡れるとはいえ、今の状況で優雅な時間を楽しむなんて?


「……」


 とりあえず、幸奈の護衛旅と考えるしかないか。




「えっ、有馬くんて人じゃないの?」


「今人だつったろ。ちゃんと聞けよ、里村」


「そう言うことじゃなくて、人を越えた何かかなってことだから」


「人を越えた何かなら、もう人じゃねえわ」


「だから違うって……あれ? 違わない? 違う??」


「はあ? 何言ってんだ?」


「何って、何??」


 一般人かつ普通人である里村が今回の旅に参加しているのは、古野白さんと武上が所属する超常現象研究会のメンバーであり、さらにこちら側の事情にも詳しいから、とそういう理由らしい。実際のところは3人の間に色々とあったみたいなんだが。


「2人とも、恥ずかしいからやめてちょうだい」


「恥ずかしいのはオレじゃねえ、こいつだ、こいつ」


「なっ、ボクじゃないから。ねっ、古野白さん」


「どっちもよ」


「武上君、里村君、静かに降りる用意しましょ」


「幸奈さん」


「……」


 色々と流された感は否めないし思うところも多々あるが、とにかく、今ここから5人の離島リゾートが始まるってことだ。






「どうだ、立派な宿だろ」


 関東の沖合に浮かぶ小さな離島。一般の観光客が訪れることのないこの島は、異能機関能力開発研究所の保養施設兼訓練地として整備された半人工島らしい。


 なので当然、島内の宿泊施設も能力開発研究所によって管理されている。俺たちの目の前で威容を誇るこの宿もその中の1つ。通常のホテルとは一味違う趣を醸し出す特別製の宿舎だ。


「3日間オレたちの貸し切りなんだぜ、感謝しろよ、里村」


「うん、感謝してる。でも、どうして武上君に?」


「そうよ、どうしてあなたが威張ってるの?」


「もちろん、オレの職場施設だからだな」


「私の職場施設でもあるわね。それに有馬くんたち3人も関係者なんだけど」


「そりゃ……っとに、古野白は細けえよなぁ」


「あなたが適当なだけでしょ」


「ちっ……有馬、里村、中に入ろうぜ」



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