第686話 近況 2
<和見幸奈視点>
ギリオンさんを手にかけた功己のことを恨んでる?
あのヴァーンさんが?
「分からない。はっきりとは」
「……」
「ヴァーンはあれは仕方のないことだったと言ってた。けど、理性と感情は違うだろ」
「……うん」
「仮に恨みがなかったとしても今は俺と顔を合わせたくない。そう思っているのかもしれないな」
「……」
セレスさんと入れ替わっていた時、ヴァーンさんには何度も助けてもらった。
話もたくさんした。ギリオンさんの話も他の話も。
だから、彼の思いはよく分かる。
もちろん、功己の気持ちも痛いほど理解できる。
でも、分かるだけ。
ただ理解できるだけ。
それ以外のことなんて、わたしには何も……。
「悪い、こんな話するつもりじゃなかったんだ」
「功己……」
「変な空気にして、ほんとすまない」
「そんな、謝らないで」
功己は何も悪くないのに。
「こっちこそ、ごめんなさい。辛い話させちゃって」
「いや……やめようか、この話」
「……うん」
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「美味しかったぁ! ありがとうね、功己!」
「どういたしまして」
珈紅茶館から場所を変えてのイタリアンレストラン。
再訪したこの店で、今は食事を終えたところ。
「前菜からデザートまですべて最高だったよ。こんなのいただいて、いいのかなって感じ」
「満足してくれたのなら、ご馳走した甲斐があるってもんだ」
「本当に本当にありがと!」
「もう、いいって。俺も幸奈に手料理作ってもらってるんだからさ」
「値段がぜんぜん違うよ」
「そこは、幸奈の手間賃と愛情ってことで」
「えっ、愛情!?」
「幸奈の料理には愛情こもってるだろ」
「そ、そうだけど……功己、いつの間にそんなこと言えるようになったの?」
「そんなことって?」
「キザな言葉だよ」
「キザだったか? 思ってること口に出しただけなんだけどなぁ」
「また、そんなこと」
顔を赤らめた幸奈がそっぽ向いてしまった。
特に変なことを言ったつもりはないんだが……。
まあ、確かに、以前の20歳の俺が口にするようなセリフじゃないか。というか、そもそも前回の俺はこの時期の幸奈とはまともに会話すらしていなかったよな。
「うぅぅ」
と、珈紅茶館に続いてまたおかしな空気になってるぞ。
「ぅぅぅ……もう……」
ただし、今回はちょっと違う。
さっきのような暗い雰囲気はないし、お互いの空気も軽い。
まったくの別物。
つまり、比べるものじゃないってことか。
しかし……。
本当に不思議だ。
幸奈といるだけで、こんなにも心が軽くなっていく。
エンノアに戻って皆の様子を見た時、1人で部屋にいる時、そして悪夢を見た時、心も体も支配するあの重苦しい沈鬱な気分が嘘のように消えている。珈紅茶館でのそれも同じ。今はすっかり晴れてしまった。
「……」
実年齢40歳の俺が20歳にすぎない幸奈の影響をここまで受けるなんて思ってもいなかったし、正直今でもまだちょっと信じられないものがある。
けど、もう間違いないな。
認めるしかない。
幸奈が俺の気分を変えてくれる。
軽くしてくれるんだ。
そんな幸奈に対して、俺は……。
俺は……。
前回の人生で見捨ててしまった。
自分の夢を追うあまり、幸奈の不幸も武志の死も顧みず、自分の道だけに執心してしまった。俺がしっかりしていれば、防げることもあったはずなのに……。
悔やんでも悔やみきれない。
自分が恥ずかしいし情けない。
でも、今回は違う。
俺がもらった2度目の機会を活かし、幸奈を護る。
和見の父からも、壬生家のような異能者からもだ。
現状大人しくしているように見えるこれらの面々。だからといって、決して油断できるものじゃない。おそらく、ほとぼりが冷めた頃にまた何かを仕掛けてくるはず。これまで同様の直接的な手段でなのか搦め手なのか? 当然今分かるわけもないが、何が起きても必ず対処してやる。それも徹底的に、今度こそ完璧に決着を!
幸か不幸か、今の俺は手が空いている。
策を練るには丁度いい。
となれば、まずは。
「幸奈、ちょっと聞いていいか?」
あいつらの状況をしっかり把握しておきたい。
「ぅぅぅ……いいけど」
幸奈はまだ俯いたまま。
「何?」
「色々と近況を聞きたいんだ。和見の父とか、壬生家とか、あとは古野白さんや武上とか」
「……そっちの話かぁ」
「ああ」
悪いが、そっち以外の話はまたにしてくれ。
「うーん……父は問題ないと思う。異空間での襲撃事件以降はずっと監視されてるし」
「鷹郷さんたちが厳しく管理してるってことだな」
「そう、そんな感じ。で、壬生家もあれからは変なことしてこない。あの空間異能者たちも今は拘束されてるらしいわ」
位相空間襲撃の関係者は、現状行動の自由を奪われている。
そういうことなら、しばらくは安心できそうだ。
「あっ、でも、伊織君とは少し話したよ」
何!?
「壬生伊織と?」





