第684話 外出
<和見幸奈視点>
「功己、ベッドの上で座って何してんの?」
「……眠りすぎたんだろうな、寝ぼけて頭が回ってなかったみたいだ」
「はあ~」
今の様子も、言い訳も、まったくらしくない。
遮光カーテンを開いた今、その疲れきった顔色にわたしが気づかないわけないのに。
もちろん、功己がまいっているのは十分理解してるけど……。
まあ、いいわ。
「功己、今日はまだ何も食べてないんでしょ」
「……ああ」
「だったら、外に出かけない? 中途半端な時間だから夕食には早いけど、軽く何かつまんでもいいし」
本当は今夜もわたしが料理を作るつもりだった。
でも、こんな功己を見ていると考えが変わってしまう。
今は家に籠るより外に出た方がいい。
気分を変えた方がいいに決まってる。
「それで、どこ行くんだ?」
通りに出て歩くこと数分。
功己が問いかけてきた。
「うーん……」
わたしを見る功己の目に力が戻ってる。
顔色もさっきよりまし。
やっぱり、外に出て正解だ。
「功己は行きたいところある?」
「……珈紅茶館とか?」
「そこ好きだよね功己。でも、食べなくていいの?」
「幸奈も言ってただろ、夕食には早いって。だから、珈紅茶館で少し休んでから夕食に行けばいい」
「えっ? お茶と食事で2軒?」
「悪くないだろ?」
「わ、悪くはないけど」
引っ越したばかりのわたしの財布の中身が……。
「ああ、今夜は俺がご馳走するぞ」
嘘?
「嫌か?」
「そんな、嫌なわけないよ!」
むしろ、嬉しい。
とっても嬉しい。
飛びつきたいくらい。
ただ、今日の目的は功己の気分転換、功己を元気づけることなのに、ご馳走してもらうのはちょっと違うような気がする。
「嫌じゃないなら?」
「……悪いかなぁ、なんて」
「何言ってんだ。幸奈には散々迷惑かけてるし世話にもなってるだろ」
功己、そういう風に思ってくれてたの。
「だから、こんな時くらい奢らせてくれ。それに……」
うん?
「それに?」
「……」
「功己?」
「その、あれだ。たまには幸奈の喜ぶ顔も見たいし……」
「っ!」
わたしは一緒に外食できるだけで大満足。
なのに、そんなこと言われたらもう!
嬉しすぎる!
幸せすぎる!
顔がにやけてしまう!
でも、ちょっと待って。
このままだと、今日の趣旨を忘れちゃう。
それは駄目。
だから、ここはいったん落ち着いて、冷静に冷静に……。
「……」
冷静に、平静に。
にやけた顔を元に戻して。
ゆっくりと落ち着いた口調で。
「功己、ありがと」
「あ、ああ」
「功己の気持ち、とっても嬉しい。でもね、迷惑かけてるのもお世話になってるのもこっちの方なんだよ。いつもいつも功己には助けてもらってばかりなんだから」
「いいや、それは違う。幸奈のトラブルのほとんどは俺に責任があるんだ」
何言ってるの、功己?
「そんなわけない。全部わたしに問題があったからよ」
「だから、違うんだ」
「違わない」
「違う」
「功己!」
「……」
「功己君、幸奈ちゃん?」
えっ?
「痴話喧嘩はそれくらいにして、そろそろ店に入らないかい?」
「マスタ……」
ここって、珈紅茶館?
もう着いてたんだ!
「どうかな?」
「「……はい」」
ううぅぅ。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
でも、穴なんてあるわけないし、マスターは目の前にいるし。
「ご注文は?」
「いつものをお願いします」
なのに、功己はどうして平然としてるの?
何事も無かったような顔で注文できるの?
そもそも、落ち込んでたんじゃないの?
まさか、もう立ち直ってる?
って、それはそれで嬉しいんだけど……。
「幸奈ちゃん?」
「……」
「幸奈ちゃん?」
「あっ、わたしはブレンドのホットで」
「承知しました」
普段以上に恭しい仕草でカウンターの中に戻っていくマスター。
後ろ姿を眺めるわたしの頬は熱い。
功己は……。
「さっきは、その、悪かった」
謝ってくれた。
「言い争うようなことじゃないよな、ごめん」
その言葉にわたしも。
「こっちこそ……ごめんなさい」
「幸奈は悪くない」
「違う、わたしが悪いの」
「いいや……って、これじゃ同じことの繰り返しだな」
「……」
まったく、その通りだ。
「この話はやめにしよう」
と言って微笑む功己。
まだ陰りは残ってるものの、普段の調子にかなり近い。
さっきも思ったけど、外出は大正解。
本当にそう思う。
「幸奈?」
「あっ、うん、この話はやめよっか」
となると、ここは……。
やっぱり、色々と聞いておきたい。
わたし、ギリオンさんの件以外ほとんど何も知らないから。
それに、今の功己なら聞いても平気……平気だよね?
「功己、あっちの話聞いても?」
大丈夫?
「ああ」
頷きが深く力強い。
「問題ないぞ」
よかった、これなら。
「それで、何から話せばいい?」
「うーん……」
たくさん教えてほしいけど、まずは。
「功己が白都に行ったところから、かな」





