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第683話 非難



「で……何があったの?」


 幸奈の作ってくれた特製カレーライスをいただき、洗い物も終え。

 お茶を用意したところで、幸奈が問いかけてきた。


「あっちの世界で大変なことあったんだよね?」


 食事も会話もすべて平静を装ったつもりではいたが、やはり誤魔化すことはできないか。


「……」


「無理に聞くつもりはないけどさ、でも、事情を知ってるのも功己の話を聞けるのもわたしだけだし」


「……そうだな」


「うん、うん。わたしだけなんだから、よかったら……聞くよ」


 セレス様と入れ替わった経験のある幸奈はあちらの世界のことをよく理解している。もちろん、俺の交友関係にも詳しい。ただ、ギリオンとの面識はないはず。


 なら……。


 いや、違うか。

 面識がないからこそ、なのかもしれないな。


「ギリオンを知ってるか?」


「ギリオンさん?」


「ああ、筋肉質の剣士なんだが」


「えっと……ヴァーンさんの親友でアル君の師匠さんかな?」


「そう、そのギリオンだ」


「その人がどうかしたの?」


「……」


「功己?」


「……亡くなった」


「ええっ!?」


「テポレン山で亡くなった」


「本当に? ギリオンさんが?」


「ああ」


「……魔物のせい? それとも事故?」


「違う」


「だったら……そうだ、コーキはギリオンさんの近くにいたの?」


「すぐ傍にいた」


 誰よりも近くに。


「現場を見てたのね?」


 見てたどころじゃない。


「……俺が殺したんだ。この手で俺が」





**************************


<和見幸奈視点>




 あれでよかったのかな?

 大したこと話せなかったけど、大丈夫かな?


「……功己」


「……」


 囁くようなわたしの呼びかけに言葉は返ってこない。

 当然だ。

 ベッドの中の功己はぐっすり眠っているのだから。

 でも。


「功己?」


「……」


 こうして眠れるのなら。

 今の功己がまったく反応もせず眠っていられるのなら。

 ちょっとは安心していい?


「……ゆっくり眠ってね」


「……」


 食事中も、そのあともずっと繕っていたし言葉も濁していたけど、ここ数日は酷い生活だったと思う。食事も睡眠もまともにとれていなかったはず。


 そんな功己がカレーをたくさん食べてくれたし、今は深く眠ってくれてる。

 この状況……。

 悪いわけがない。


「ねえ、功己……少しは役に立てたかな?」


「……」


 わたしのしたことなんて、功己のしてくれたことに比べれば些細とすら言えないと思う。それでも手助けになったのなら嬉しいし、今後も功己のためなら何だってする。


「明日からもわたし、頑張るわ」


 だから、功己。

 今は何も考えず安らかに、ねっ。





**************************





 ザッシュッ!


 剣身が通る。

 生々しい感触が伝わってくる。


『ァァァ……』


 大量の血が流れ出す。

 そして。


 ドサッ!


 地に落ち。

 血だまりに沈んでいく。


『ギリオン!』


『……』


『ギリオン!!』


『……』


 返事はない。

 身動ぎもしない。


 ああ……。


 また(・・)だ。

 また(・・)、やってしまった。

 この手でギリオンを!




『コーキぃぃ』


『なっ!?』


 血に染まったギリオンの目が開いてる!


『生きてるのか? 生きてるんだな!』


『生きてると思うかよ』


 ギリオンの口が歪む。

 目から血が溢れ出す。


『自分のしたこと覚えてねえのか?』


『っ!』


『殺したんだよ、おめえがオレをな』


『……そんなつもり、なかったんだ』


『いんや、最初からオレを殺すつもりだった』


『違う!』


 絶対に違う!


『違わねえ。あれは必殺の一撃だった、間違いねえ』


『違う、違う!!』


『何が違う、おまえの手は血にまみれてるだろうが』


 それは……。


『おまえは殺人鬼なんだよ』


『殺人鬼?』


 俺が人を?

 好んで手にかける?


 違う!

 そんなわけない!


 けど……。


『ギリオンの言う通り、おめえは殺人鬼だ』


 ヴァーン!


『これまで数えきれねえほどの命を奪ってきたおめえは殺人鬼で殺人狂なんだよ』


『……』


『そうです、先生は殺人鬼です!』


 シア!


『あんたが師匠を殺したんだ!』


 アル!


『全てコーキさんの責任です』


 セレス様!


『あなたがいなければ誰も死ななかった』


 俺の責任?

 全部俺の?


『ああ……』


『コーキのせいだ』

『先生の責任です』


『ああぁ!』


『おめえが現れなきゃ、オレは生きてた』


 やめろ!


『そうだ、あんたさえいなければ!』


 やめてくれ!


『コーキさんが皆の命を奪ったのです』


『ああぁぁぁ!!』


 頭が重い!

 苦しい!

 息ができない!

 胸が張り裂ける!


 胸が!

 胸が!!




「あああぁぁぁ……ぐっ!」


 痛い。


「はあ、はあ」


 心臓がうるさい。


「はあ、はあ、はあ……」


 髪はぐっしょりと濡れ、シャツも皮膚に貼りついてる。

 気持ち悪い。


 ただ、もう……。


 ここにはギリオンがいない。

 ヴァーンもシアもアルもセレス様も。


「……」


 夢だ。

 また夢を見てたんだ。


「ううっ、ぐっ!」


 夢で何度も経験したこの感覚。

 まったく慣れることがない。

 痛みも苦しみも吐き気も。

 変わることなく襲いかかってくる。


 けど、それでいい。

 

「ギリオン……」


 何度だっていい。

 俺を責めてくれ。

 責め続けてくれ。




**************************


<和見幸奈視点>




「電気もつけないで何してるの?」


 昨日借りた合鍵で中に入ってみると、部屋は真っ暗なまま。

 コーキは身動きひとつせず、ベッドに座っていた。


「功己?」


「……」


「功己!!」


「ああ……幸奈か」


「幸奈かじゃないわよ、ほんと」


 少しは良くなったと思って安心していたのに……。



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