第676話 やるしかない
<ヴァーンベック視点>
なぜだ?
なぜ、コーキがここにいる?
「先生なの? 先生が助けてくれたの?」
「……みてえだな」
「どうして? 先生は白都にいるんじゃ?」
シアの言う通り。
あのレンヌ屋敷の迷路から脱出した後、コーキは俺に話してたんだ。しばらく白都に滞在すると。剣姫と行動を共にするつもりだと。なのに。
「あり得ねえよな」
「うん、地理的にも時間的にも考えられない」
まったく、常識から逸脱してる。
ほんと、異常すぎだろ。
けどまあ……。
よく考えれば、無くもないか。
「色々とあり得ねえが……。ギリオンがここにいるってことを考えりゃ、コーキがやって来てもおかしくはねえのかもな」
「何らかの方法で瞬間的遠距離移動をしたってこと?」
異空間を通ってテポレン山に転移したというギリオン。
それが嘘じゃないなら、ギリオン以上に非常識なコーキは。
「超越的な魔法や宝具を使ってても不思議じゃねえわ」
「……先生だもんね」
「ああ、コーキだからな」
詳細が分からなくとも、あいつだからという理由ひとつで納得できる。
そんな存在であるコーキの登場は重い。おかげで、さっきまでそこにあった命の危険が消えちまった。今はもう微塵も感じねえ。緊張感もまったくだ。
「でも、これで大丈夫。先生なら、きっとギリオンさんを助けてくれる」
「……」
「でしょ、ヴァーン?」
危険は去ったと感じるものの、それはどうなんだ?
もちろん俺も信じたいが、鱗化で凶化したギリオンを元に戻すのは、いくらコーキでも容易じゃないのでは?
「難しいの?」
「簡単ではねえな」
「……」
とはいえ、それ以外は問題ないはず。
一対一の戦いでコーキが後れを取ることはないだろうし、ギリオンの拘束も難なくこなすだろう。
ガン!
ギン!
ガキン!
実際、今も余裕を持ってギリオンと打ち合ってる。
って、ちょっと待てよ。
「コーキは分かってんのか? 相手がギリオンだって?」
「えっ? 気づいてないの?」
「……かもしんねえ」
ほぼ全身が鱗で覆われ、筋力が肥大しているあの姿を見てギリオンと判断するのは困難なはず。感知で見ぬける可能性もあるが、現状ではそれも難しい。
「だったら、伝えないと」
今の2人は俺たちからかなり離れた場所で剣を交えている。
多分、コーキが意図的に距離を取ったんだろう。
激しい剣撃音の中、この距離で声が届くのか?
いや、詳しく伝えるにはもっと近づくべきだ。
「すぐ戻るから、シアはここで待っててくれ」
「……うん」
今回は素直に頷くシアを残し、坂道を下る。
距離があると言っても、走ればすぐ。
「コーキ!」
「……無事か、ヴァーン?」
「こっちは問題ねえ。それより、おまえが相手してんのはギリオンだ。殺るんじゃねえぞ」
「……了解」
その反応?
コーキは知ってた?
いや、まあ、どっちでもいいか。
一安心だってことに変わりはねえからな。
さあ、あとはギリオンを戻せるか?
それだけだぞ。
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ガン!
ガキッ!
蒼い鱗に体を覆われ、変わり果てた姿を見せるギリオン。
そんなギリオンの反応を見るため、ひとまずは剣を交えてやる。
ガン!
ギン!
ガギン!
時間にしてわずか数秒、手数も10合に満たない。
それでも、色々と掴むことができた。
まずは、剣撃の質。
見た目以上に早くて重い剛剣だ。
おそらくは鱗化したオルセーと同等、あるいは少し上くらいか。
次に発する気配。
やはり、兇神エビルズマリスに近いものがある。
もちろんあいつには劣っているが、並の魔物の比じゃないな。兇神の分体をも凌駕していると考えた方がいいだろう。
ただし、この剣質も気配も想定の範囲内。
加えて、特別な何かや未知なる力もまったく感じない。
これなら、俺が手こずることもないはず。
ならば、よし。
様子見は終わりだ。
そろそろ眠ってもらおう。
手段は掌底か手刀か、それとも雷撃か?
頑丈なこいつに有効なのは……?
ん?
「コーキ!」
シアを残してヴァーンが近づいて来る。
「……無事か、ヴァーン?」
「こっちは問題ねえ。それより、おまえが相手してんのはギリオンだ。殺るんじゃねえぞ」
分かってるさ。
何といっても、こっちは一度経験してるんだから。
とはいえ、遡行前を知らないヴァーンが心配するのも当然だな。
「……了解」
「鱗と筋力で強化されてっから大変だと思うがよ」
そうだな。
「で、やれんのか?」
「戦う分には問題ない」
「そっちじゃねえ」
「……」
「倒すだけじゃねえ。そいつを元に戻さなきゃなんねえんだぞ?」
「……ああ」
「やれんのか、コーキ?」
「今の段階で断言はできないな。けど」
このままの状態で放置なんてできないだろ。
「できようができまいが、やるしかない」
「……」
「まずは意識を奪って拘束する。その後で色々と治療するつもりだ」
「……それで駄目なら?」
「他の手段を考えてやる。大神殿を頼るなり、治癒専門の魔法使いを探すなり……。必ずどこかに道があるはずだからな」
「このギリオンを神殿まで連れて行けんのかよ?」
「応急処置をするか眠らせればいい」
「……分かった。頼んだぞ」
「ああ。ヴァーンはシアの傍にいてやれ。それと、あの2人の介抱もな」
「了解だ」
頷いたヴァーンが坂上に駆けていく。
さてと。
「ァァァ」
「ギリオン、放置して悪かったな」
「アァァ」
「安心しろ。楽に眠らせてやる」
「アアァァ!」





