第675話 想定内と想定外
<ヴァーンベック視点>
「アアァァ!」
ギリオンが俺を無視してシアに向かっている。
振り上げた剣が。
「ぐっ!」
させるか!
ガンッ!
振り下ろしかけたその剣身を叩いてやる。
正気を失い凶化したギリオンの剣でも横から打てば対処は可能。ましてや今の状態なら、この通り。
ブンッ!
軌道を逸らすこともそう難しくはない。
となると、当然シアは無事だが。
「ヴァーン?」
急転する状況に戸惑いの表情を浮かべている。
「さがれ、ここじゃ危ねえ」
さすがにこの状況で我は通さないよな。
「う、うん。でも……」
「あとのことは任せとけ」
「……分かった」
よし、離れてくれた。
これでギリオンに集中できるぞ。
「グアァァ!」
そのギリオンは剣を振り下ろした体勢で全身を揺らしている。
まるで、俺たち以外の何かと戦っているようだ。
「アアァ!」
今のシアへの動きは凶悪そのものだった。
恐ろしい一撃だったが、明確な殺意があったとは言い切れない。実際、剣を弾いた際の手応えは最凶化の剛力ほどじゃなかったし、今も剣を止め痙攣しているのだから。
つまり、ギリオンにはまだ意識が残ってる。
正気と狂気の狭間を彷徨っている、と考えていいはず。
「ギリオン!」
この状態でも意識を残せるなら、何とかならないのか?
もう一度戻れるんじゃ?
「ァァァ……」
ただ、俺の言葉には反応してくれない。
目にも理性は灯ってない。
そうだよな。
今さらだよな。
やはりもう……。
こっちの思いに呼応するようにギリオンが剣を構え直す。
ゆっくりと足を踏み出し、真正面から。
「アアァァ!」
また振り下ろしだ。
ただし、凶化剛力じゃない。
これは手加減。
ガギン!
なら、打ち合える。
首も狙える。
ガッ!
ギン!
首の鱗化は薄れたまま。
さっきの剣痕も塞がってない。
あそこに再度剣を叩き込めば今度は、今度こそ。
ガン!
ギンッ!
「アアァァ!」
ガッ!
ガギッ!
ここだぁ!
ギリオンが見せた隙に、深く踏み込む。
下段から振り上げる。
完璧な流れ。
ガギンッ!
なのにまた、防がれてしまった。
それどころか、力押ししてくる。
「っ!」
強い。
明らかに膂力が増してる。
手加減はどこいったんだ?
「ガアァァ!」
まずいぞ。
このまま完全凶化すれば、首を斬るどころじゃない。
こっちがやられちまう。
なら、その前に決着を!
「何!?」
跳んだ!
ぶつけていた剣を離し、俺の頭を越え。
ダンッ!
後方に着地。
目の前にはシア。
「アアァァ!」
間に合わねえ!!
ガッギィィン!
「えっ!?」
ギリオンの剣が右に大きく逸れてる。
弾かれてる?
斬られてない、のか?
「シア?」
「何? 何が起きたの?」
答える声に動揺はあるものの、傷を負っている感じはない。
「無事なんだな」
「えっ……うん」
よかった。
シアは無事だ。
「ヴァーン?」
けど、誰が?
今のギリオンに対応すんのは一撃だってとんでもないのに、それを大きく弾くなんて普通じゃないぞ。
もちろん、サージ、ブリギッテでも無理だ。
いや、そもそもあいつらは意識を失ったままなんだから論外か。
なら?
ギリオンの巨体の後ろにいんのは?
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飛ぶように駆けた先、坂を越えた先。
そこに見えてきたのは、俺の求めた皆の姿。
ただし、想定内と想定外の光景だった。
「ァァァ……」
ヴァーンとギリオンは剣を右手に対峙、後方のシアもしっかりと立っている。
少し離れた場所に倒れているサージとブリギッテも命に別条はないはず。
「……」
この5人の状況は想定内。
ただし、この時間にこの展開は違う。
遡行前に聞いた話とはかなり違っている。
想定外だ。
やはり、ずれが生じたのか?
「ァァァ……」
とはいえ、この程度なら問題ない。
充分対処できる。
よし。
まずは、ギリオンだ。
きっちり眠らせてやろう。
「ガアァァ!」
「何!?」
ん?
ギリオンがヴァーンから離れていく。
大好きな剣戦をやめる?
普段のギリオンならあり得ないことだぞ。
「アアァァ!」
っと、眺めてる場合じゃないな。
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<ヴァーンベック視点>
あれが誰かはまだ分からない。
意図も不明。
それでも、シアを護ったという事実だけは間違いないんだ。
なら。
「シア、オレの後ろに隠れてろ」
「……うん」
とりあえず、様子を見る。
全てはそれから。
あいつの狙いを見てから考えればいい。
さあ、どうする?
「ガアァァ!」
ギリオンが動いた。
剛剣を真正面から剣を打ち込んでいく。
ガキィィン!
が、届かない。
弾き返されてしまった。
それも、簡単に。
「アアァァ!」
ガギン!
2撃目も同様。
いや、さらに大きく弾かれてる。
ギリオンがバランスを崩している。
「ァァァ」
そのまま左後方に数歩下がっていく。
すると、ギリオンの巨体に隠れていた姿が……なっ!?
「コーキ!?」





