第674話 迷い
<ヴァーンベック視点>
「クビダ!」
鱗が薄れた今の首元なら剣も通る。
一撃で決着をつけることも可能かもしれない。
できるかもしれない、が……俺にやれるのか?
ずっと一緒にやってきたこいつを?
「キレ!」
「駄目よ、ヴァーン!」
「……」
斬れない。
斬りたくない。
冒険者として、戦士として、俺はこれまで多くの血を浴びてきた。
もちろん、その全てが正義だったわけじゃないが、そこに後悔は微塵も残してない。
必要だったから。
剣を血で濡らすことに迷いはなかったんだ。
けど、今回は違う。
「っ!」
バカげてる。
狂ってる。
正気の沙汰じゃねえ!
「キレ!」
「駄目!」
「ハヤ、ク!」
ギリオンの剣が大きく揺れてる。
「やめて!!」
俺の腕を掴むシアの手が熱い。
2人の思いが……。
いったい、どうすりゃいいんだ!
「マヨウナ!」
「ギリオン……」
失いたくねえ。
無二の友なんだ。
名誉、力、夢、どんなもんだろうと、おまえの命の方が上なんだぞ!
ただ今は……。
「シアヲ、マモレ!」
そう。
シアがいる。
何よりも大切なシアが。
「……」
なら、心を決めるしかねえ。
腹をくくって選ぶしか。
剣を握り直す。
腕に力を込めてシアの手を振り払う。
「ヴァーン!?」
そのままギリオンの前へ。
「覚悟はいいか?」
「……オウ」
「いくぞ!」
「ハヤク、シロ!」
これで最後なのに、何だよ、それ。
くそっ!
「ギリオン……お別れだ」
「アア」
「……悪くなかった」
「……」
「おめえとの時間、悪くなかったぜ」
「……ソウ、ダナ」
っ!
「あばよ!」
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遡行後の急行はほぼ予定通り。
セレス様を助けるという不測の出来事はあったものの、それ以外は大きな問題もなく進めている。
「……」
今の俺は足下が見えないほどに木々が茂った獣道を抜け、開けた坂道を疾走中。
目指す場所も近い。
このペースで走れば、前回より四半刻から半刻は早く到着できるだろう。
これだけ時間を稼いだんだ、対処も容易なはず。
ギリオンとシアの2人を助けることができる。
と思うのだが……。
感知異状が続いているからか、嫌な予感が消えてくれない。
前回との違いも、どうしても気になってしまう。
「……」
もちろん、すべてが杞憂である可能性は高い。
遡行前に比べ多少の違いはあるものの、この先の惨事に関わるようなことは何もしていないのだから。
と自分を納得させながら駆けること数分。
「もうすぐだ」
目的地はこの坂道の先。
そこに無事なギリオンとシアがいる。
皆がいる。
場所はもう間違いない。
時間も四半刻以上早い。
遡行前と同じ流れなら、余裕を持って対処できるはず。
なんだが……。
いまだ感知異常は変わらず。
どう精度を高めても、漠然とした気配を前方に感じる程度。
ギリオン、シア、ヴァーンの気配を捉えきれないまま、嫌な汗ばかりが滲んでくる。
「……」
前回より到着時間が早いのだから、状況が異なるのも当然。
何もおかしくないんだ。
と言い聞かせても焦りは消えてくれない。
言葉だけが空々しく響いてしまう。
それでも、足を止めることなく。
もう音が拾える距離。
気配感知ではなく、強化した耳で現場を探れる距離までやって来た。
剣撃音はなし。
攻撃魔法もなし。
強化耳が拾うのは複数の声。
内容までは聞き取れないものの、何か叫んでいることは分かる。
「……」
間に合ったんだよな?
声に絶望感を感じないから、大丈夫だと思うが?
とはいえ、急ぐに越したことはない。
さらに速度を上げ、ラストスパートをかけてやる。
よし。
最後の坂だ。
ここを越えれば、ギリオン、ヴァーン、シア、サージ、ブリギッテが見えるはず。
無事を確認できるはず。
ただ……。
アルたちの姿がない。
単に時間が早いだけとは思うが、道中の遭遇もないのは……?
「ん?」
剣がぶつかる音?
哭き叫ぶような声?
まずいのか?
シュッ。
仕舞っていた剣を抜く。
飛ぶように駆ける。
坂を越えた。
「っ!?」
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<ヴァーンベック視点>
一言、別れの言葉を発し。
間を詰める。
剣撃体勢に入る。
「ウウッ」
ギリオンの震える剣が下がった。
首もとががら空きだ。
「やめて!」
シアの悲痛な叫びを背に剣を振るう。
その剣身が真っ直ぐ。
ザッ!
入った。
横薙ぎの剣がギリオンの首に!
「ヴァーン!?」
が、手応えは?
「ギリオンさん!?」
足りてない。
充分じゃない。
……やれなかった。
「そんな? 本当に?」
ギリオンの首が思いのほか硬かったから?
鱗の防御力が残ってたから?
それもあるだろう。
けれど、一番の原因は直前で力が緩んだこと。
躊躇いが出たこと。
「……」
ここまでお膳立てしてもらったのに!
ギリオンも俺も覚悟を決めたのに!
「くっ!」
もう一度だ。
今度こそ。
次こそ……やれるのか?
情けない迷いに剣が揺れる。
と、その瞬間。
「アアァァ!」
ギリオンが剣を上げた。
俺に斬りかかって……こない?
シア?
シアに向かってる!?





