第673話 選択
<ヴァーンベック視点>
「消えるって、おまえ?」
「ああ、完全に消えちまう」
今のギリオンは正気そのもの。
意識も口調も言葉も問題ない。
なのに、確信でもあんのか?
「……」
いや、これまでだってあいつは同じようなこと言ってきた。
そのたびに戻ってきたんだ。
なら、今回も。
「消えるなんて、させません!」
「……わりい」
「いやです!」
「今度ばかりはどうしようもねえ。オレにも、おめえらにもな」
「てめえ、なに勝手なこと言ってやがる!」
「……」
「何度も何度も、何度も何度も! 簡単に諦めてんじゃねえぞ!」
「……簡単じゃねえよ。分かるんだ」
「今の状態で分かるわけねえだろうが!」
「分かんだよ」
怒鳴るこちらに対して、ギリオンは囁くような声音。
「もう時間がねえってな」
いつもなら声を荒げるのに、落ち着いたまま小声でしか返してこない。
その対応が見たくない現実を突きつけてくる。
「ギリオンさん!」
「こうやって喋れてんのはシアのおかげだ、ありがとよ。けど、それもここまで」
「……」
「本当に最後に」
「黙れ、ギリオン!」
現実なんか糞くらえ。
そんなもん、受け入れてやるか。
「ふざけたことばっか言うんじゃねえ!」
「ヴァーン……」
「弱音吐くくらいなら黙っとけ!」
「……だな。最後に弱音はねえわな」
「そういう意味じゃねえんだよ!」
「ああ、分かって……ぐっ、がっ!」
「おい!」
「ギリオンさん?」
「ががっ、ガッ!」
ギリオンの顔色が一変。
鱗も不気味に光り出してる。
「ギリオン、おい!」
「ガふっ……」
止まっていたギリオンの剣が動き出す。
「ガッ……抑えきれねえ」
凶化しつつあるのか?
「ハア、はあ……手を抑えられねえ」
剣がこっちに向いた。
その剣先から溢れ出すのは魔物のような殺気。
「グッ……2人とも離れろ!」
「……」
俺はともかく、シアは駄目だ。
今回は逃がさなきゃならない。
「いったん退くぞ、シア」
「でも!」
「いいから、来るんだ」
シアを離して俺だけが戻る。
俺がギリオンに対処する。
そう思ってシアの手を引いたのに……。
「なんで追ってくる?」
「グッ、ウうぅ……勝手に動いちまうんだ」
「……」
「手も足も言うこと聞かねえ」
「意識は残ってても制御が効かないってかよ?」
「……ああ」
「なら、離れらんねえぞ」
「……」
どうする?
シアは魔力がほとんど残ってない状態。
当然、治癒魔法も攻撃魔法も難しいだろう。
サージとブリギッテも使い物にならない。
この状況でシアを護りながらギリオンを拘束?
そんなことが可能だと?
「……」
さっきギリオンとやり合えたのは、ギリオンの手加減とコーキにもらった切り札のおかげ。
今はもうあれの効果は消えている。
俺の素の状態、この傷だらけの体調でやれるのか?
「ヴァーン?」
「……心配すんな」
どう考えても、とんでもない難題としか思えねえ。
けど、あいつがこのまま正気でいられるなら、望みもなくはないか。
「ギリオン、今からおまえを縄で拘束する」
「ウゥぅぅ……無理だ、おめえに剣を振るっちまう」
「少しは抑えられるだろ」
実際、こっちを追っては来るものの剣は振るっていない。
つまり、多少は制御できるはず。
「……できねえ」
「他に手はないんだ。なんとか抑えてくれ」
「グゥ、うぐっ……手はある」
「何?」
「……殺せばいい」
はあ?
「剣を一閃する時間くれえなら抑えてや、ううぅぅ……」
縄で縛るとなると抵抗を抑えきれないが、一瞬の剣撃なら可能ってことか。
「だから斬れ! オレを!」
「ヴァーン、駄目! ギリオンさんにそんなこと!」
「……分かってる」
「分かんじゃねえ、ぐっ……それしかねんだぞ」
「いや、それも無理だ。俺の一撃じゃ、今のおまえは斬れねえ」
硬化した皮膚を一撃で断ち切れるとは思えない。
ましてや、致命傷なんて考えられない。
「……」
「一撃どころか、数回振るっても不可能だ」
「だったら……ぐっ、うガッ!」
鱗が進行してる!
「がっ、ガッ、うぅ……じ、かん、がねえ」
「ギリオンさん?」
「斬れ! はや、く、ぅぅぅ、首を!」
「ヴァーン!?」
今の俺にギリオンが斬れるわけがない。
仮に可能だとしても、できない。
あり得ない。
この手でギリオンを殺すなんて……。
「がが、ガガッ!」
ギリオンが迫ってくる。
剣を振り上げた。
「ガガガッ!」
剣身が震えてる。
耐えてるんだ。
「ガガ……」
なっ!?
手も足も顔も鱗化が進行してるのに、首の鱗だけが薄くなっていく。
これは……剣が通る?
「ガッ……キ、レ!」
斬れる?
「ハヤ、ク!」
「……」
今なら可能かもしれない。
けど、俺が?
ギリオンを?
剣術馬鹿で、自信過剰で、独断専行。
金遣いは荒いし、計画性はないし、酒癖も悪い。
馬鹿で間抜けで、世話ばかりかけてくる。
ただし、嘘はつかない。
裏表なんて皆無。
道理に反することもしない。
何より情に厚い。
そんなギリオンを。
俺の戦友を。
どうやっても憎めないこいつを。
無二の親友を。
俺がこの手で……。





