第672話 秘密兵器
<シア視点>
「アアアアァァ!!!」
怖気が暴れだす。
肌が粟立ちはじめる。
身震いが止まらない。
詠唱しないといけないのに……。
シャッ!
何?
まさか、鞘を走る音?
ギリオンさんが剣を抜いたの?
ブンッ!
凄い風圧。
間違いない。
剣を振ってるんだ。
ブンッ!
その圧力に体が揺れる。
ああ。
これは、もう。
駄目かもしれない。
ガンッ!
ガギン!
激しい衝突音。
斬られた?
「……」
痛みがない。
衝撃もない。
どうして?
斬られてないの?
それとも、斬られたことに気づけないほどの斬れ味?
いったい、何が?
「無事か!」
えっ?
ヴァーン?
「怪我は?」
「わ、分からない?」
「今の一撃じゃねえ、これまでのことだぞ」
それなら。
「大丈夫」
「そうか! 間に合ったんだな!」
「……ヴァーンが助けてくれたの?」
「ああ、今も」
ガンッ!
「その最中だ」
ヴァーンが護ってくれた。
今も剣を振るってる。
倒れてたはずなのに?
「……動けるの?」
「問題ねえ。シアが時間を稼いでくれたんでな」
「嘘。こんな短時間じゃ無理よ」
「短くなんてねえぞ」
そんなわけない。
さっきまで喋るのも辛そうだったヴァーンが回復できるような時間じゃないから。
「まっ、万全とはいかねえが」
ガキン!
「こうして剣を振るえる程度には回復してんだぜ」
「ヴァーン……」
「ただ、こいつは!」
ガギッ、ギギギ!
「馬鹿力過ぎんだろ」
ギリオンさんと剣で押し合ってる?
駄目。
万全じゃない体で力勝負なんて分が悪すぎるわ。
ガッ、ギギギギッ!
なのに、ヴァーン。
押し負けてない。
どうして?
「このやろう!」
ギギギッ!
「手加減するなら、もっとちゃんとしやがれ!」
手加減?
今のギリオンさんが手加減してるの?
ガンッ!
ギンッ!
「ちっ、切り札を使ってもこれかよ」
ギギッ、ギギギ!
「しょうがねえ。俺が抑えてる間に逃げろ、シア!」
「……」
「今度こそ逃げるんだ!」
「……」
「シア!」
「わたしは逃げないわ。だから、あと少しだけギリオンさんを抑えてて」
「……今のあいつは魔法じゃ戻せねえぞ」
完全に戻すことは不可能かもしれない。
けど、手加減できるギリオンさんに治癒魔法が全く効かないはずがない。
「少しならできると思う。だから、ヴァーンには正気に戻ったギリオンさんを拘束してもらいたいの。ギリオンさんもきっと受け入れてくれるから」
ガギッ、ギギギッ!
「ヴァーン、信じて、お願い!」
「……分かった」
「ヴァーン!」
「ただし、一度だけだ」
「うん」
二度やれと言われてもできない。
時間的にも魔力的にも一回が精いっぱい。
「それと、失敗したら逃げるんだぞ」
「……うん」
だから、その一回に全力を尽くす。
あの魔法で、極細の治癒の光でギリオンさんを戻す!
ガンッ!
ガギンッ!
集中して。
ギギッ、ギギギっ!
魔力を集めて。
「……清浄なる光よ」
密度を高めて。
「……無垢なる光よ」
糸のように細い治癒の光を。
「……キュアイルネス」
詠唱完了。
と同時に、魔力が収束していく。
……感じる。
見えてなくても充分。
極細の治癒光が生まれたんだ。
「ガッ、ガガッ!」
難題である発射方向は?
「ガッ、グウゥ……」
ギリオンさんが反応してるから大丈夫だと思いたい。
「どう? ヴァーン?」
「問題ねえ、まっすぐ捉えてるぞ。けどよ、こいつは細すぎんだろ」
よかった。
すべて上手くいってる。
「本当に治癒の光なのか?」
「そうよ、とっておきの秘密兵器なの」
「……」
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<ヴァーンベック視点>
「ガッ、ガガッ!」
シアの手から放たれた極細の光。
とてもじゃないが、治癒魔法だとは思えない。
それどころか、魔法の光にも見えない。
「グッ、ウウゥゥ」
なのに、目の前のギリオンが動きを止めた。
剣も止めたまま。
力も抜けている。
ということは……間違いないのだろう。
「秘密の治癒魔法ってことか?」
「うん、あとでたくさん話すわ」
「……ああ」
そうだよな。
今はこの光を維持するだけで手一杯だよな。
しかし、ここまで高度な運用ができるなんてまったく知らなかった。
驚きを通り越してるぞ。
きっと、とんでもない努力と工夫が必要だったはず。
視力を失っているというのに、ほんと頭が下がっちまう。
「で、ギリオンさんの様子は?」
「剣も動きも止まってる」
「抵抗しないようなら拘束して、ヴァーン」
「……まだ難しそうだな」
確かに、ギリオンは静止している。
ただし、狂気のようなものが完全に消えたわけじゃない。
余計なことをすれば、すぐにでも暴れ出しそうな気配が満々だ。
「この治癒は続けられんのか?」
「八半刻(15分)までは無理だけど、ある程度は可能だと思う」
「なら、もうちょっと頑張ってくれ。機を見て拘束するからよ」
「……分かった」
極細治癒光がギリオンを癒し続ける中、防御態勢を保ちながら待つ。
いつでも動けるよう剣を構えたまま待ち続ける。
すると。
「ウゥ、ぅぅぅ……シア?」
「ギリオンさん、気づいたんですね?」
「……また、治癒を?」
「はい」
「ぅぅ……止めろと言ったのに」
「何言ってやがる!」
「ヴァーン?」
「こうして戻れたんだぞ、シアに感謝しやがれ!」
「……違う、戻ってねえ」
「なに?」
「壊したくてたまんねえんだ」
破壊衝動か?
いや、それでも。
「今は正気なんだろ。剣も止めてんじゃねえか」
「これ以上は抑えきれねえ。加減もできねえ。剣を振るっちまう」
「……」
「完全に消えちまうんだよ」





