第671話 恐怖
<シア視点>
「ゥゥ……」
空気が変わった!
「ゥゥぅぅぅ……」
間違いようがないくらい劇的に変わってる。
「ギリオンさん」
「ぅぅ?」
わたしの声にも反応を?
これは回復が近い?
なら、このまま続ければ。
「あっ!」
痛い。
頭が、胸が。
力が抜けていく。
息が苦しい。
「はあ、はあ……」
魔力が残り少ないんだ。
うぅ、もうすぐのはずなのに。
「はあ、はあ、はあ……」
でも、だめ。
止まれない。
こんなところでは!
「ぅぅぅ……ぐっ、うぐっ!」
この声?
「ギリオンさん?」
「……ん?」
「ギリオンさん!」
「……シ、ア?」
わたしを呼んだ?
「シア、なのか?」
気づいてる!
「そうです、シアです!」
「くっ……シアの魔法、なんだな?」
「はい!」
戻った!
ギリオンさんが正気に戻った!
成功したんだ!
「あっ!」
足に力が入らない。
気が緩んで力が抜けちゃったんだ。
「おい?」
緊張が解けただけじゃない。
魔力も気力も、もう。
「シア、おめえ?」
「……」
「無理しすぎだ」
「……いえ」
今は立っているだけで精いっぱい。
それでも。
「ギリオンさんが戻ってくれたので。だから、こんなの無理じゃないです」
「……おめえには助けられっぱなしだな。あんがとよ」
「そんな、お礼なんて」
ギリオンさんのためだけに頑張ったんじゃないから。
「けど、わりい」
悪い?
「やっぱ、無理みてえなんだわ」
「……」
ギリオンさんらしくない謝罪に無理という言葉。
状況は好転したはずなのに、嫌な感じがする。
「……何が、です?」
「まだ治ってねえ」
えっ?
「そんで、猶予も少ししかねえ」
「……」
「次はおめえを手にかけちまう可能性もある」
嘘だ。
あり得ない。
だって、どう考えてもギリオンさんは正気そのものだから。
「だからよぉ、離れてくんねえか」
「ギリオンさん?」
「じゃねえと、やべえんだ」
「……」
口ぶりはいつも通り、空気感もおかしくない。
その上、気遣いまでしてくれる。
そんなギリオンさんが……信じられない。
信じられないけど。
「その場合は、また治療します」
「魔力が残ってねえだろ」
「魔力は……回復させます、すぐに」
「気持ちだけで十分だ。ホント、おめえには感謝しかねえよ」
「……」
「そもそも、あれだぜ。今度は治療しても戻れそうにねえしな」
「どうしてそんなこと言うんです、ギリオンさん! 今は意識もはっきりしてるのに!」
「何となく分かんだわ」
「何となくでいいなら、わたしも治せるって思ってます」
「……納得できねえか。なら、そんでいいからよ、どっか行ってくれ」
「っ!」
こうして正気を保っているギリオンさんが、そこまで言う理由が分からない。
話もやっぱり信じられない。
それでも、思いだけは伝わってくる。
分かってしまう。
「ぐっ、うぅ……まじい」
「ギリオンさん?」
「うっ、うぅぅぅ……時間、がねえ」
息が乱れて?
「うぅぅぅ……離れ、ろ」
「……」
「たの、む」
ずっと同じ。
ギリオンさんもヴァーンもわたしを離そうとするばかり。
もちろん、心配してくれる気持ちは嬉しいし理解もできるけど……。
けど、2人ともわたしのことが分かってない。
今ここでわたしだけ離れてどうするの?
その先に何があるのよ?
「はやく……」
「わたしはここに残ります!」
1人で逃げるくらいなら、この場での治療を選ぶ。
どんな結末が待っていようと、ここに残る。
「なっ!」
わたしはもう後悔なんてしたくないから。
「バカなこと言ってんじゃ、うぅ、ぐっ!」
「ギリオンさん?」
「ぐっ、ががっ!」
さっきより息が荒い。
「がっ、ががっ!」
空気も重くなってきた。
これは……。
「ギリオンさん!」
「がが、がガガッ!!」
反応が違う。
声音も違う。
「ガガガッ!」
わたしを認識できてない?
「……」
ギリオンさんの言った通りだ。
急激に悪化して、正気を失ってしまったんだ。
何もしてないのに……。
このまま、もう……。
違う。
諦めちゃ駄目。
まだ手はある。
できることが!
「ギリオンさん、聞いてください」
「ガガガッ!」
「聞いて、お願い!」
「ガッ……が?」
反応した?
ギリオンさん、意識が残ってる?
だったら。
「治療を再開します。今度こそ治します!」
「が……」
「だから、もう少しだけ頑張って!」
「……」
残る魔力はあとわずか。
この残量で治しきるには、初めての運用を試すしかない。
限界まで効率化した光を。
「清浄なる光よ」
治癒の光を糸のように細く。
「無垢なる光よ」
濃密に。
何よりも濃く……。
よし、できてる!
「キュアイル、っ!?」
「ガガッ、アアァァァ!!」
絶叫!?
「アアアアッ!!!」
口が動かない!?
凄まじい咆哮に詠唱が止まって……発動失敗。
「アアアァァ!!!」
……怖い。





