第668話 意識
<ヴァーンベック視点>
「だったら、もう少し様子を見ようぜ。ヴァーンもさっきそう言ってたじゃねえか」
「……」
「治療が上手くいくかもしんねえんだ。邪魔しねえ方がいいって」
「さっきとは状況が違う。ここはもう傍観していい場面じゃない」
「いや、おめえ……前回のこともあんだからよ」
「サージ、前回のことは切り離して考えろ」
そもそもの前提が違うんだ。
こっからは切り替えて動くべき。
「本当は分かってるよな、サージも」
「そりゃあ……」
まだ認めたくない、か。
なら、それでいい。
けど、こっからは動いてもらうぞ。
「今は時間がもったいない。すぐに……」
「うぐっ!」
ギリオン!?
「ぐがガッ!」
眼から光が消えてる!
「急げ、サージ!」
「お、おう」
「ががガガ!」
奇声を上げ震え出したギリオンの両肩をサージが抑えつけ。
後ろに回った俺が縄で縛っていく。
が。
「ギリオン、この野郎!」
上手く進まない。
「大人しくしやがれ!」
暴れっぷりが予想をはるかに超えている。
四肢の力もとんでもないぞ。
明らかに前回以上だ。
「ががガガガ!」
サージも俺も振り払われないようにするので精いっぱい。
手も痺れる一方。
「くっ! こいつ縛れんのか、ヴァーン?」
「やるしかないだろ」
ここで解き放つと、今以上に厄介なことになってしまう。
それだけは回避したい。
「まあ……そうだな」
「何とか耐えてくれ」
「ヴァーンもな」
「もちろんだ」
腕力と握力を出し尽くしてでも縛ってやる。
拘束してやる。
そう力を入れなおした瞬間。
「ガががあァア!」
また力が上がった?
「おわっ!」
まずい!
サージの両手が振り払われてる。
俺の右手も持ってかれた。
残る左も!
駄目だ!
もう抑えきれない。
「ぐガアアァ!!」
「っ!」
サージと俺から逃れ、目の前で仁王立ちするギリオン。
鱗化し狂化を遂げたギリオンが天に向かって喚声を放っている。
「ああぁあアアア!!」
ただし、衝撃波は生まれていない。
こっちを威圧する力も含まれてない。
これなら、再び拘束に向かえるはず。
「ギリオン、さん!?」
シアの声?
そうだ!
シアとブリギッテはどうしてる?
「危ない、出ちゃだめ!」
「けど、ギリオンさんが!」
「それでもだめ!」
「ブリギッテさん」
「ヴァーンとサージに任せましょ、ねっ」
「……」
「大丈夫、こっちも魔法で援護するから」
「だったら、私も。私がもっと近くで治療すれば」
「いいえ、シアさんはここを動かいで」
「……」
「私たちを信じて、お願い」
「……」
「お願いよ、シアさん」
「……はい」
上手く宥めてくれたんだな、ブリギッテ。
よかった。
「ヴァーン、後ろのことはブリギッテに任せときゃいい」
「分かってる」
「よし、そんなら俺たちは」
「ああ、今度こそギリオンを捕えよう」
いまだ咆哮を続けるギリオンに向かって、サージと俺が左右から近づいていく。
さっきとは違い、まずは投げ縄で拘束する準備を整えていく。
「アアァァァ……」
と、咆哮が止んだ。
「投げろ!」
「おう!」
環状に広がった縄が空を走り、ギリオンの頭上へ。
「よーし!」
狙い通り、頭を通ったぞ。
「ガッ!?」
頭、首と通過し、腕回りまで縄が落ちていく。
そこで、サージが縄を引いた。
「捕まえたぜ、ギリオン」
難関の第一段階完了。
となれば、こっからは数周巻き込むだけ。
「なにっ!」
なのに。
「がガァ!!」
切られた!
強引に両腕を広げたギリオンに縄を引きちぎられて!
「ガガガ!!」
さらに、引っ張ってくる。
サージを手繰り寄せようと剛腕で縄を!
「この野郎!」
サージがたまらず縄を手離す。
そこにギリオンが飛びかかってきた!
「うぐっ!?」
一撃!
飛び込みざまの足蹴り、たった一発でサージが悶絶し蹲ってしまった。
が、こっちも傍観してたわけじゃない。
既に背後は取っている。
拾った縄も手の中。
今度こそ……!?
振り向いた!
ギリオンが剣を手にしている!
振るってくる!
はやい!
避けられない!
バキンッ!
「ぐあっ!」
数歩飛ばされる程の衝撃。
あまりの激痛に息が止まる。
立ってられない。
ただ、これは……。
斬られてない?
鞘で打たれたのか?
「ァァァ」
ギリオンが握る剣は鞘の中。
やはり、鞘打ちだったんだ。
「くっ」
この痛み、おそらく肋骨数本は持っていかれただろう。
それでも、致命傷じゃない。
まだやれる。
右方で蹲るサージもそれは同じ。
戦意も消えてない。
ただし、今すぐは無理だ。
僅かでもいいから回復時間を稼がないと。
「アイスアロー!」
「アイスアロー!」
氷魔法。
ブリギッテか。
バキン!
バリン!
氷矢はともに鞘で打ち砕かれてしまった。
が、ギリオンの視線はブリギッテに向いたまま。
こっちには目もくれない。
「ァァァ」
動きも止まっている。
よし、これなら。
「ヴァーン、サージ、大丈夫?」
「……少し休めば問題ない」
「凄い一撃だったけど?」
「斬られたわけじゃないからな」
「俺も大丈夫だ」
「ならいいけど……あいつ、まだ意識があるのかもね」
「ァァァ」
今のギリオンの目に知性は見えない。
襲い掛かる動き、剣閃にも手加減は感じられなかった。
ただ、それでも、剣は抜いてないんだ。
「完全には消えてないのかもしれないな」
奥底に微かにでも残っているなら、望みはあるはずだ。





