第667話 自制
<ギリオン視点>
「で、どうするよ、ヴァーン?」
「どうもこうも、様子を見るしかないだろ」
「まっ、そうだな」
ヴァーンもサージもオレの傍にいる。
逃げてくれねえ。
「ぅぅぅ……逃げ……」
「「……」」
「逃げ……離れ、ろ……」
「まるで熱に浮かされてるようじゃねえか。鱗は消えかけてんのに、意味わかんねえぜ」
こんだけ言ってんのに、離れようともしねえ。
オレに斬られたいのかよ!
「……」
なわけねえよな。
分かってる。
2人の考えは手に取るように理解できる。
とくに、ヴァーンの気持ちはな。
けどよ、そっちも分かってんだろ。
「離れて、く、れ」
「もう喋らなくていい。おまえの気持ちは充分伝わってるから」
なら逃げてくれよ。
お願いだ。
「ギリオン、俺にはおまえを見捨てる選択肢なんてないんだ」
「ヴァー……」
馬鹿言うんじゃねえ。
「待ってろ、絶対助けてやる!」
「ぅぅ……」
正気を失ったオレを抑えられると思ってんのか?
無理だ、できるわけねえ。
だから、頼む。
逃げてくれ。
離れてくれよ。
「おまえ、世界一の剣士になるんだろ。レイリュークに勝って、剣姫とコーキにも勝つんだろ」
「……」
「まさか、諦めてねえよな? 夢から逃げようなんて思ってねえよな?」
「……」
「ひとりだけ、許さねえぞ」
ああ、そうだった。
おめえをひとりにしちまうんだな。
「早く戻って来い!」
けど、わりい。
今度ばかりは先が見えねえ。
道が分かんねえ。
その上、闇がすぐそこにいんだよ。
「戻って、オルドウに帰って、また一緒に依頼を受けるんだ!」
「……」
「こんなとこで終わってんじゃねえぞ!」
終わり、か。
おめえがいなけりゃ、オレはとっくに終わってたんだろうな。
冒険者をやめて、剣も諦めて、何もかも……。
「ギリオン!」
今のオレがいるのはヴァーンのおかげ。
冒険者として成長できたのも、仲間ができたのも、全部おまえがいたから。
心の底からそう思ってる。
だから、おめえは大丈夫だ。
オレがいなくても問題なんてねえ。
それに、今のおめえにはシアもいるだろ。
「ちょっと落ち着いた方がいいぞ、ヴァーン」
「……」
「ギリオンの容態が悪化してるわけじゃねえし、焦らず様子見といこうぜ」
「……そう、だな」
「まっ、あれだわ。こいつが暴れ出しても、こっちには前回の戦闘経験があんだから、何とかなんだろ」
前回!
そいつぁ!
「とにかく、今回は前回とは違う」
まずい。
闇が勢いを増してる!
「前回を参考にして」
「いや、今すぐ動こう」
「……今すぐ?」
抑えきれねえ!
飲まれちまう!
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<ヴァーンベック視点>
今の俺は昔とは違う。
ひとり気儘に動いていい立場じゃない。
サージとブリギッテの依頼主でもあるし、何よりシアを護んなきゃならねえ。
だから、これまでは気持ちを抑えて動いてきた。
こんな姿のギリオンを目にしても、心を静めて対応してきた。
けど、だめだ。
もう我慢ならねえ。
「まさか、諦めてねえよな? 夢から逃げようなんて思ってねえよな?」
「……」
「ひとりだけ、許さねえぞ」
諦めきった顔をしているギリオンを前に、言葉が走り出ちまう。
「早く戻って来い!」
約束しただろ。
勝手に諦めるなんて、認められるかよ。
「こんなとこで終わってんじゃねえぞ!」
可能性がある限り、あがけよ。
どんなに惨めでも格好悪くても、そうやってここまで来たんだろうが。
今さら梯子外すんじゃねえ。
俺を残して逃げんじゃねえ。
「ギリオン!!」
おまえが伸ばした手は必ず掴んでやる。
だから、あがけ、もがけ!
抵抗し続けろ!
「ちょっと落ち着いた方がいいぞ、ヴァーン」
「……」
分かってる。
冷静さを欠いていい場面じゃないってことは。
「ギリオンの容態が悪化してるわけじゃねえし、焦らず様子見といこうぜ」
これも、サージの言う通り。
ギリオンの状態に特別な変化は見られない。
それでもだ。
ギリオンの目と表情が語ってるだろ。
もう無理だと。
諦めると。
そんな姿を見て、放っておけるわけない。
叫ばずにいられるかよ。
とはいえ……。
サージの言葉で少し冷静さが戻ってきた。
「……」
頭も冷えて、正常に動きはじめたようだ。
「まっ、あれだわ。こいつが暴れ出しても、こっちには前回の戦闘経験があんだから、何とかなんだろ」
「……」
「とにかく、今回は前回とは違う」
そう。
前回とは違う。
相手の仕掛けが読める今の状況はかなり有利だ。
ただし、利点だけじゃない。難点もある。
今回の狙いはギリオンの無力化。命を奪わず、可能な限り重傷を負わせず取り押さえること。
どう楽観しても簡単とは思えない。
が、それはこのまま放置すればの話。
ギリオンが狂化暴走する前なら、ギリギリで正気を保っている今動けば、容易いはず。
「前回を参考にして」
「いや、今すぐ動こう」
「……今すぐ?」
「ああ、狂化する前に拘束する」
「拘束って、縄で縛るのか?」
「縄以外に手はないだろ?」
「ちょっと待て! 今はまだシアさんの治療中なんだぞ。ここでそんなことすっと治療の邪魔になっちまう」
「確かに、治療の妨げにはなるかもしれない」
それでも、明らかに悪化しているこの状況を看過するわけにはいかないんだ。





