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第666話 親友


<ギリオン視点>




 今のオレには仲間がいる。

 サージやブリギッテのように、友と呼べるやつもそれなりにいる。

 けど、最初はおまえだけだった。

 オルドウでオレを受け入れてくれたのは。


「……」


 今もはっきり覚えてる。

 忘れられるわけねえ。


 剣士として成功するためオルドウにやって来たあの時。

 訪れる道場すべてで入門を断られ、ちょっとした稽古にも参加させてもらえなかった。それでも諦めきれなかったオレは、冒険者として1人で活動しながら剣を磨くしかなかった。


 けどよ、冒険者としてのイロハも知らねえ田舎もんのオレが単独で簡単に稼げるわけねえよな。


 当然、すぐに金は底を突いちまう。

 宿代どころか、その日の食費もままならねえのに、しっかり金になる依頼は達成できず。はぐれ者の初心者に美味しい依頼が回ってくるわけもなく。かといって、パーティーを組むこともできず……。


 そりゃ、そうだ。

 金もねえ冒険者だってのに、あん時は剣術を優先してばかりだったんだからよ。まともなパーティーがオレを受け入れるわけねえわ。つうか、そもそも冒険者からもギルド職員からも煙たがられてたしな。


 そんな路頭に迷う日々の中で出会ったのがヴァーンだった。


「剣術バカでいいんじゃねえの」


「剣の腕を上げ続けりゃ、そのうち誰も文句言えなくなるぜ」


「このまま突き抜けてやれ」


 おめえは気づいてねえだろうなぁ。

 この言葉にオレがどんだけ救われたか。

 どんだけ助かったか。


 そっからなんだぜ。

 心も体も剣も金もいっきに楽になったのは。

 オレのオルドウが始まったのはよ。


 ヴァーン……。

 おめえには本当に感謝してるんだ。

 まっ、そんなこと口に出したことはねえし、出す気もねえけど。



「しょうがねえ、おまえと組んでやらあ」


「そりゃあ、こっちのセリフだ」


 2人で組むようになってからの冒険者活動は順調そのものだった。

 ヴァーンの魔法とオレの剣の相性も良かったんだろうが、それ以上に動きと思考がお互いに噛み合ってたんだろうな。何つうか、あいつの考えが分かっちまうんだ。特にここぞって時は、完璧すぎて恐ろしいほどだったぜ。ありゃあ、お互いの実力を越えてたかもしんねえ。


 そんでも。


「おまえと2人なら、上を目指せそうだわ」


「上ってどこのことだ?」


「特級、いや、超級?」


 こいつは、ねえわ。

 超級冒険者なんてオルドウどころか王都にもいないってのに、組んで日も浅い低級パーティーが目指せるっつうのは、さすがに言い過ぎだろ。


 まっ、オレも内心では満更じゃなかったけどよ。


 と思えるくらい2人の冒険者活動は充実してたんだが、ヴァーンとは四六時中一緒にいるってわけでもなかった。オレには剣の時間が必要だったし、あいつにも色々とあったみたいだからな。お互い時間が合わねえ時はソロで依頼を受けたり、他のやつと組んだりもしたもんだ。


 ああ、ヴァーンと絡みだしてからは、オルドウでの孤独生活なんてもんはすぐに消し飛んじまってたな。知り合いもちっとずつ増えてたしよ、パーティー組むのもそう難しくなかったわ。つっても、冒険者仲間ができたのはオレの力じゃねえ。全部ヴァーンのおかげ。人付き合いの上手いあいつといると、他のやつとも自然に親しくなってるってなもんだ。


 そんな感じで進んでいく順風満帆なオルドウでの生活の中。


「剣を分かってねえのに、偉そうに言うんじゃねえ!


「ああ? この剣術バカが!」


「バカはおめえだ」


「何だと! ちっ! 今すぐ外に出やがれ!」


「おう、上等じゃねえか」


 夜の酒場では憎まれ口ばかり。出会った頃からずっと変わらず、酒を飲んでは騒いでばかりいた。けんどよ、おめえとの馬鹿騒ぎは剣術一辺倒だったオレにとっては新鮮だったし、気兼ね無用の楽な時間は居心地よかったんだぜ。


 とはいえ、最初の頃は気をつかっちまうこともあったよな。


「おまえとは悪縁みたいなもんだが、それも縁の一種、仲間の一種だろうが。俺に遠慮なんかすんじゃねえぞ」


 正直、そんなつもりはなかった。

 けど、気づかぬうちに遠慮してたのかもしれない。

 今考えりゃ分かることだが、あん時は初めてできた信頼できる友を失いたくなかったんだろうな。


「いいのかよ」


「あたりめえだ。じゃなきゃ、組んでねえわ」


「なら、言わせてもらうぞ」


「おう、何でも言いやがれ」


「超級目指すってのもアレだと思うが、国持ちになりたいなんてなあ、まったくあり得ねえぞ」


「どこがあり得ねえ?」


「どこがって、おめえ。戦乱の世の中じゃあるまいし、無理に決まってらあ」


「なら、剣はどうなんだ? 田舎もんの剣士が世界一になるってのも無理じゃねえの?」


「ヴァーンと違って、こっちは道が見えてんだよ」


「見えるか見えないかの遥か彼方にか?」


「……」


「険しさは俺と同じってこった」


「同じじゃねえ」


「同じだ、同じ。けどよ、決して不可能じゃねえぞ。折れず諦めず自分を信じて進みゃあ必ず近づける。んで、一番近づいた時に好機を掴み取る。それだけだろ」


 オレ以上にでかい夢、馬鹿みたいな夢を恥ずかしげもなく口にするやつなんて見たこともなかった。それを自信満々に可能だと言い切るんだからな。


 こいつの横にいると、愚痴も弱音もどっかに行っちまう。

 自信が溢れてくる。


 ヴァーン……。


 オレの一番の友人。

 命を預けることができる頼もしい仲間。

 誰よりも信用できる、親友。


 だからな、ヴァーン。

 おめえにだけは。


「……離れ、ろ」


 剣を振りたくねえ。

 もう傷つけたくねえ。


 頼む、こんなオレからは離れてくれ。



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