第67話 結界 1
確かに、そう言われると反論しがたいものがある。
居酒屋で知り合ってここまで一緒に歩いてきたのだから、話をするのはおかしいことじゃない。
むしろ、このまま別れる方がおかしいとも考えられる。
とはいえ、それは一般論。
このモデル美女魔法使いと俺との関係に適用すべきことじゃないだろ。
それに、そもそも。
「居酒屋で、ほとんど話もしなかったのに?」
焼酎の話を除けば、彼女とは二言三言しか話をしていない。
まあ、彼女は他の誰ともほとんど話をしていなかったんだけど。
「焼酎の話をしたじゃない。そうよ。あれは、なかなかいけたわね。うん、良かった」
とってつけた様に笑顔で話してくれるよ。
「それは良かったです」
「良い飲み方を教えてもらったわ」
「それは良かった」
「また飲むつもりよ」
「それは良かった」
「……」
「……」
「あなた、話す気ないのかしら」
だから、最初からそう言っているだろ。
「お互い詮索しても、良いことなんてないでしょ」
「でも、名前を知ってしまったわ。同じ大学の学生であることも」
そうなんだよなぁ。
この魔法使いさんも同じ大学の同学年だったんだよ。
学部は違うけれど、今後もキャンパス内で遭遇することは避けられないかな。
ホント、まいった。
今日飲み会に参加していなければ、お互い知らずに済んだかもしれないのに……。
いや、それも難しいか。
「武上くんの友人ということも」
「……」
共通の知人までいる始末。
これは、簡単には逃げきれないか。
彼女が本気で俺を探しにかかると、すぐに見つかってしまうだろうな。
だから、ここはもう、穏便に綺麗にしっかりと赤の他人になろう。
「同じ大学で共通の知人がいる。それだけですよね」
「……そうだけど」
「そんな者は大学内にいくらでもいますよ」
「……」
俯いて黙ってしまった。
おい、そんな顔しないでくれ。
……。
これ、何だか悪いことをしている気分になるな。
でもさ、深く関わるのは危険なんだよ。
彼女としても、そこは同じだろ。
自分の魔法を知られたくないはずだから。
なので、今はほだされている場合じゃない。
「では、これで」
「待って!」
強い口調で真正面から見つめてくる。
「私はあなたと話がしたいの!」
「……」
ストレートだなぁ。
「それに、ちゃんとお礼も言ってなかったでしょ。その……あの時はありがとう、感謝しているわ」
「もういいですよ。それに、あの時も感謝の言葉は貰いましたよ」
「ちゃんと言ってなかったわ」
そうだったか?
「それで、今少し、だめかしら」
今度は、すがるような口ぶり。
「……」
くっ、この緩急はなかなかの破壊力だ。
俺がただの20歳の大学生なら、容易に了解してしまうところだ。
だけど、こっちは酸いも甘いも嚙み分けてきた40男。
いくら異世界に傾倒していたとはいえ、社会人として約20年揉まれてきたのだから、そう簡単にはいかない。
「……」
上目遣いで俺を見上げてくる。
「……」
「……少しなら」
完敗だ。
「そう、よかったわ」
まあ、でも、少しなら問題ないよな。
異世界に繋がるようなことさえ話さなければいいんだから。
問題ない……。
「あれから色々考えたんだけど。あなたは、やっぱり普通じゃないと思うのよ」
「普通だと思いますけど」
「あのアイス……あれを投げた石で防ぐって普通じゃない」
アイスアローだったか、それを俺の石弾で迎撃した件だな。
確かに普通じゃないよな、俺もそう思う。
でも、今さらそれを言われてもな。
「普通の人にあんなことできないわ」
「必死に投げたら上手く当たっただけです」
「とてもそうは見えなかったけど」
「そう言われても、これ以上何も言えないですよ」
「あなた、本当は使えるんじゃないの?」
「何をですか」
「何をって、それはその、あれよ」
それ、意味をなしてないからな。
まあ、魔法のことだと分かるけど。
「何を言っているか分かりませんが、こちらは石を投げただけです」
「あくまでそう言い張るのね」
「事実ですから」
「悪いようにはしないから、正直に話してくれないかしら」
「……」
「私たちは、その……異能者の保護もしているのよ」
異能者ときたか。
しかし……。
分かってはいたけど、こうして実際にその言葉を聞くと心に響くものがあるな。
ホント、日本にもそういう能力者がいたんだなぁ。
「異能を持つ者がこの世界で生きていくことがいかに難しいか良く解っているから……。ひとりで生きていくのは本当に大変なのよ。危険でもあるわ。だから、行き詰まる前に保護をする必要があるの。もちろん、既に犯罪に手を染めているなら、違う形になるけれど。それでも異能者を救いたい気持ちに偽りはないわ。上の者も当然同じ思いよ。それで、あなたは犯罪なんかしていないわよね」
これはまた……。
でも、これが彼女の本音なんだろう。
俺のことも心配してくれているんだな。
ありがたいことだ。
けど。
「犯罪なんかしていませんよ」
「そうよね」
「異能者でもありませんけど」
「……」
「それで、私は異能者ではないですが、その異能っていうのは何なのですか?」
そもそも、異能って何だ?
超能力とも魔法とも違うものなのか。
エンノアの言う所の異能とは別物なんだろうけど。
「異能を持たぬ者に詳しい話はできないわ」
まあ、そうだよな。
「そうですか。分かりました」
「あっさり諦めるのね」
「話せないんでしょ」
「普通人にはね」
今度は普通人か。
「普通人とは異能を持たない者ですよね」
「そうね」
「では、普通人である私が聞けないのは仕方のないことです。諦めますよ」
「いいの?」
「ええ、諦めます。それに、異能のことも聞かなかったことにします。忘れますよ」
「あなたが異能者なら聞く権利はあるのよ」
だから、異能者じゃないって。
「権利はないようです」
「本当に?」
「はい」
「そう……」
納得してくれたか。
「本当に異能者じゃない。そんなことが。でも……」
俺に背を向けて、ぶつぶつと呟きだした。
混乱しているようだ。
でも、もう。
「そろそろ帰りませんか」
「えっ……そうね」
「では、送りますよ」
「必要ないわ」
そう言って、彼女が一歩を踏み出そうとしたところ。
パシーーーン!
乾いた音が響き渡った。
大した音量ではないが、頭の中に直接響くような鋭さがある。
「なっ、これ!?」
慌てたような声。
顔も驚愕に染まっている。
「何ですか?」
こっちは全く理解できていない。
何か起こったというのか?
「ちょっと待って」
そう言って歩き出したと思ったら、数歩も歩かずに立ち止まった。
そこで手で空間をノックするような仕草を繰り返している。
何をしているんだと疑問に思うが、不思議なことにノックに応じて音が鳴っている。
まるで、本当にドアをノックしているように。
「やられたわ!」
レビュー、本当にありがとうございました。





