第663話 無意識
<ヴァーンベック視点>
「痛ってえ」
隣からはサージ。
苦痛の声。
俺と同じ。
吹っ飛ばされたんだ!
状況理解と同時に身体が臨戦態勢に切り替わる。
立ち上がって剣を構えようとする。
なのに。
「ぐっ、つぅ」
上手く力が入らねえ。
肩以外も痛んでやがる。
まずい……って!
シアは?
シアは無事なのか?
「シア!!」
片膝立ちで視線を投げる。
「……」
いた。
左後方だ。
「無事かシア? 怪我は?」
「……大丈夫、転んだだけだから」
「ブリギッテ?」
「……シアさんも私も平気。あっても軽い傷程度よ」
2人の言葉通り、ともに尻餅をついているものの負傷しているようには見えない。
「そう、か」
無事な姿を確認して、思わず安堵の息が漏れてしまう。
「それより、何があったの? ヴァーンは無事なの? ギリオンさんは?」
「多分、衝撃波だ」
人にできることじゃないが、それ以外考えられない。
「俺の体は……問題ねえ」
「よかったぁ」
まずいのは左肩だけ。
あとは何とかなるはず。
ただ、ギリオンは……。
「ああ、ぐがっ、ああぁ!」
この状態から魔法で戻せる見込みは薄い。
仮に可能だとしても、術者にはかなりの危険が伴ってしまう。
なら、残された選択肢は1つ。
「ギリオンは力づくで抑えるしかないだろう」
「そんな……もう少しだったのに……」
シアの気持ちはよく分かる。
それでも、これ以上は駄目だ。
「治癒魔法は許さない。ブリギッテ」
「ええ、分かってる。シアさんと下がってるわ」
「頼む」
「でも、やれるの? その体で」
「……」
「今なら逃げれるんじゃない?」
「ああ、あああぁぁ……」
確かに、そうかもしれない。
「逃げた方がいいんじゃないかしら?」
安全を優先するなら、そうすべきだろう。
けど、俺がギリオンを見捨てられるのか?
この状態で放置できるのか?
「ブリギッテよぉ、そいつぁ冷たすぎんぞ」
「優先順位の問題でしょ」
「まあ、おめえの中ではギリオンの順位は低いわな」
「……」
「俺とヴァーンは違う。まったく違うんだぜ」
そう。
無理だ。
見捨てられるわけがないんだ。
ただし、優先すべきを忘れちゃいけない。
「サージ、やれるな?」
「体中いってえけど、やるしかねえだろ」
「なら、最初から全力でいくぞ」
「おうよ」
「それでも難しいなら……ブリギッテはシアと一緒に逃げてくれ」
「……了解」
「ってことで、作戦は? 前回とは違うだろ」
「もちろんだ」
今回は命を奪いたいわけじゃない。
目指すべきはギリオンの無力化。
当然戦い方も違ってくる。
「まずは様子を見ながら削っていく」
「狙いは下半身だな?」
「ああ、機動力を消してやろう」
「足を奪ってからの拘束ってか?」
「意識も刈り取れれば最高だ」
そこまで上手く運べたら、かなりの余裕を作り出せる。
ギリオンを元に戻すことも可能かもしれない。
「そりゃ、最高だわ。けどまあ、相当な厄介事だぜ」
「……」
衝撃波を生んださっきのような動きこそ見せていないが、今も絶叫を続けるギリオン。
「ぐがっ、ああ、ああぁ!」
一見、隙だらけに映るものの、実際はそうじゃない。
絶叫とともに放たれる凄まじい圧力が、まるで質量を持つかのごとく迫ってくるからだ。
「人外の衝撃波にこの圧力、そんで顔も腕もまた鱗化されちまったし、服下の下半身も鱗の可能性は高え。どう考えても簡単じゃねえぞ」
「分かってる。が、それでもだ」
「まっ、やるしかねえもんな。ってことで、そろそろいくか?」
渋っていたシアはかなりの後方、今は安全が確保できそうな場所まで下がっている。ギリオンもいまだ動きを止めたまま。衝撃波の兆候も見えない。
ならば。
「ああ、先制攻撃だ」
ガンッ!
ガリッ!
剣を振るうこと十数回。
俺とサージの剣撃はギリオンの足をとらえ続けている。ブリギッテの援護射撃なしで問題なく戦えている。
それでも、予想通り鱗に覆われていたそこを切り崩すにはまだまだ時間がかかるだろう。
ガンッ!
ガッ!
とはいえ、このまま続けられれば先も見えてくる。
目的達成の可能性も高い。
問題は……この剣撃をどこまで続けられるか?
ガンッ!
ガリッ!
「やっぱり抑えてるよな、こいつ」
戦闘前までの叫びは消え、待機状態も解除したギリオン。
それなのに、剣を抜いてこない。徒手空拳で俺たちに対応している。
剣大好きギリオンが剣なしで戦うなんて考えられないことだ。
つまり、狂気の中にいくらか理性が残っていると考えるべき。
なら、その理性が消失した後は。
ガンッ!
「ギリオン、聞こえてっか?」
剣撃を足に集めることが困難になるはず。
「聞こえてんなら、3歩下がってくれ」
「……」
「ちっ、下がりやがらねえ」
「無意識に動きを抑え込んでいるんだろうな」
「無意識ってこたぁ、そう長くはもたねえってか?」
「おそらくは」
だから、今の内になるべく削っておきたい。





