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第662話 無


<ヴァーンベック視点>




「ん? ちっと良くなってねえか?」


 確かに、さっきまでとは違う。

 荒かった呼吸もおさまりつつある。


「少し落ち着いてきたように見えるわ」


「おっし。ギリオン、聞こえっか? 良くなってんのか?」


 サージがギリオンの肩に手を?


「おい!」


「ちょっと、揺らさないで! 大声も駄目よ」


「なんでだよ?」


「治癒の邪魔になるでしょ。シアさんの集中も妨げちゃうわ」


「平気そうだぞ?」


「それでも、駄目なの」


「ちっ……ギリオン、聞こえてっか?」


 手を離し、小声で話しかけるサージ。

 この程度なら問題ないだろう。


「聞こえてねえのか? まだ動けねえのか?」


「……」


「どうやら、眠ってるようだわ」


「そうね。でも、悪いことじゃない」


「おう、やっぱ治療続けて良かっただろ。おめえらと違って、俺は最初からそう思って」


「その話はもういいから。それより、このまま完治できるんじゃないかしら」


 ブリギッテの言う通り。

 完治の見込みが出てきた。

 ただ、シアがもつかどうか?


「シア、魔力は?」


「……平気。だから、続けさせて」


 治癒魔法を発動しながら答えるシアの顔は色を失いつつある。それでもまだ限界じゃない、か。だったら。


「無理はすんなよ」


 既に無理をしていると分かっちゃいるが、今はもう頼るだけ。

 コーキから学んだ治癒魔法を自分なりに進化させたシアの腕にゆだねるしかない。 


「……うん」


 頷きとともにまた集中状態に入っていく。

 ほんと、大したものだ。


「凄いわね、シアさん」


「ああ」


「正直、ここまで治癒魔法を使えるとは思っていなかったわ。シアさん、冒険者をするのがもったいないくらいの超一流治癒師よ」


 視力を失ったことで得意だった治癒魔法に一層磨きがかかったシアの腕前。

 今はもう師を越えているかもしれないな。


「そうはいってもよ、一応まだ油断はできねえぞ」


「あら? サージが一番シアさんの治癒を買ってたんじゃないの?」


「それとこれとは話が別、冒険者なら当然じゃねえか」


「どの口が言うのかしら」


 俺もそうは思う。

 とはいえ。


「引き続き最大限の警戒はしておこう。仮に狂化しても初動さえ上手くいけば、何とかなるはずだからな」


「ええ。けどまあ、今回は備えも万全だしね」


「そう、そう。今回は前回とは違う。色々としくった前回とはなぁ」





**************************


<ギリオン視点>




 息を整え。

 心を無にして。

 すべてを消し去る。

 忘れ去る。


 剣に集中するように無に没入していく。


「……」


「……」


 邪念、雑念が消え。

 思考が離れていく。

 頭が空になっていく。


 感じるのは、治癒の光だけ。

 あとは、すべてを無に。


「……」


「……」



 少しずつ。

 少しずつだが、薄れてきた。



「……」


「……」


 

 まだ、闇は残ってる。

 ただし、さっきまでの脅威はもうない。



「……」


「……」



「ん? ちっと良くなってねえか?」


「少し落ち着いてきたように見えるわ」


 耳に入る音は流れていくばかり。

 意味をなさない。


「おっし。ギリオン、聞こえっか? 良くなってんのか?」


「……」


 無。


「おい!」


「ちょっと、揺らさないで! 大声も駄目よ」


 無、無……。


 治癒の光の中、無がオレを支配する。

 十全に……。


 とけていく。

 みちていく。




 闇は?

 消えた?


 いや、残滓のようなものが片隅に。

 けれど、それももう……。


 



「引き続き最大限の警戒はしておこう。仮に狂化しても初動さえ上手くいけば、何とかなるはずだからな」


「ええ。けどまあ、今回は備えも万全だしね」


「そう、そう。今回は前回とは違う」


 ……前回。


「色々としくった前回とはなぁ」


 前回?


 前回っ!?


「っ!」


 雑念が入り込んでくる!

 闇が膨張を!


 やべえ!!





**************************


<ヴァーンベック視点>




「ぅ……」


「しくじったのはサージだけでしょ」


「なっ、おめえもやらかしてたじゃねえか?」


「どこが? 私はちゃんとやってたわよ、前回も」


「ぅぅ……」


「はあぁ、よく言うぜ。ブリギッテの射撃がもっと決まってりゃあ、前回は楽勝だったわ」


「そんなわけないで」


「待て!」


 何だ?

 この空気は?


「えっ?」


 ギリオン、なのか?


「どうした、ヴァーン?」


「ギリオンの息が乱れてる」


「んん? さっきと変わんねえだろ?」


「いいや、息も顔色も違う」


 若干だが、間違いない。

 それに、何よりこの空気感。


「かもしれないわね。シアさん、治療を中断して少し離れましょ」


「……」


「下がるんだ、シア!」


「けど、まだ……」


 治療を受けるギリオンの姿はこれまでとほぼ同じ。

 穏やかにさえ見える。

 けれど、違う。

 肌に感じる感覚がまったく。


「ブリギッテ、シアを連れて下がってくれ」


「ええ。シアさん、こっちに来て」


「……」


 無言のシアと入れ替わるようにギリオンの傍へ足を進める。

 サージもすぐ後ろだ。


「サージ、剣を抜いて待機を……!?」


「ああ、ががが、あアア!!」


 瞬間。

 大気が爆ぜた。


「「ぐっ!?」」


「きゃあぁ!」


 その衝撃をまともに喰らった俺の視界が回る。


 何!?

 何が起こった!?


「っ!」


 と、肩に激痛。

 眼に鼻に草が入り込んでくる。





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