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第660話 微妙な変化


「ノワール!?」


「クゥゥン」


 駆け寄るセレス様に鼻をこすりつけるノワール。


「クン、クウゥン!」


「ふふ、くすぐったい」


 小型化していない体躯で華奢なセレス様に甘える様は、何というか独特なものがあるな。ノワールを見慣れた騎士たちも若干引いてるんじゃないか。


 まっ、悪いことじゃない。

 ということで。


「セレス様、私はそろそろ出発したいと思います」


「あっ、コーキさん」


「どうしました?」


「あの、その……」


 声をかけたのに言いよどんでる?


「セレス様?」


「っ……この先で」


 ん?


「悲劇的な何かが。何かが起こるかもしれないんです。親しい誰かの命に、生死に関わるような、何かが」


 言葉に詰まりながらも言い終えたその内容は突拍子もないこと。

 ただし、俺にとっては耳を疑うことじゃない。


「それは、予知でしょうか?」


「はい」


 やはり。


「セレス様は予知を見たので、現場へ向かおうとしていたのですね?」


「……はい」


 予知で見ていたのなら、こんな場所で俺に会っても驚かないわけだ。


「けど、ごめんなさい。詳しいことは分かりませんし、今日この後に起こるとも断定できなくて。だから、私も一緒に」


「いえ、予知の話を聞けただけで充分です」


「コーキさん?」


「あとは私に任せてセレス様はエンノアに。エンノアで待っていてもらえませんか?」


「……」


 俯いてしまった。

 簡単には頷いてくれないようだ。

 まあ当然だな。

 予知を見た自身こそが現場に赴くべき、俺に同行すべきだと考えているのだろうから。


 それでも、ここは譲れないんだよ。


「セレス様には申し訳ないのですが、可能な限り早く到着したいんです」


「……」


「待機していただけませんか?」


 護衛しながらとなると、倍以上の時間がかかってしまう。

 なので、どうか自重してほしい。

 俺に任せてほしい。


「セレス様?」


「……ですよね。足手まといですよね」


「……」


「分かりました」


 不安を顔に残しながらも首を縦に振るセレス様。


「今回は、いえ、今回もお願いします、コーキさん」


「了解です。すべて私にお任せください!」


 不安を消し去れるように力強く言葉を返すと、セレス様の頬に僅かながら笑みが。


「クゥゥン」


 そこを舐めようとするノワール。


「あっ、もう」


 空気が読めるじゃないか。


「頼んだぞ、ノワール」


「オン」


「ユーフィリアも」


「はい。ノワールもいますし大丈夫です」


 今のノワールは万全からは程遠い状態。

 とはいえ、並の魔物に後れを取ることはない。エビルズマリス本体やその強力な分体以外なら問題なく戦える。もちろん多数の魔物が相手となると話は違ってくるが、それも騎士たちと連携すれば何とかなるだろう。


 だから、俺が不安に思う必要などない。

 後顧の憂いなく、去っていい。

 そのはずだ。






 セレス様のもとを離れ、目的地までの最短経路に戻るべく茂みの中へ足を踏み入れ。


「アイスブレイド!」

「アイスブレイド!」


 シュン!

 シュン!


 ザッ!

 シュッ!


 魔法と剣で茂みを切り開き、道なき道を走る。

 前方を感知しながらひたすら走り続ける。


 すると突然、感知が不安定に?


「……早いな」


 前回はもっと後だったはず?

 ここでの感知不調は早すぎる?

 まさか、前回と流れが変わった?


「……」


 違うな。

 遡行前の感知は断続的なものだったから不調直後に気づけなかっただけ。そう考えれば何もおかしくない。何の問題もない。むしろ、この異状が前回をたどっている証になるくらいだ。


 つまり、今回も前回同様の事が起きる。

 その流れを進んでいると考えて間違いないだろう。


 もちろん流れが変わって2人の悲劇がなくなるのなら、それに越したことはない。けれど、微妙な変化が想定外の事態を招く可能性がある以上、現場に着くまでは過剰な干渉は避けるべき。


「……」


 既にかなりの改変をしてしまったぞ。


 シャリエルンとの別れ、セレス様との接触、魔物討伐。これらがあの悲劇と直接的に関係するとは思えない。けれど、先の流れが変わる可能性も僅かには存在する。


 もし、悪い方に変わった場合。

 悲劇が訪れる時間が早まったら。


「……」


 考えるだけで吐き気がする。

 冷や汗が滲んでくる。


 ただ、それでもだ、悪化する可能性は微かなもの。

 ほぼほぼ前回同様の流れをたどるはず。

 それに、あの場面でセレス様の危機を看過するなんてきるわけもなかった。

 ギリオンとシアを救って、セレス様を失うなんてこと……。


「いや」


 大丈夫。

 最悪の流れなどまずあり得ない。

 そんな未来など訪れるはずがない。


 仮に想定外の流れになったとしても、このまま到着すれば問題なく対処できる。

 2人を救うことはできる。


 そう言い聞かせつつ疾走を続け。


 抜けた。

 茂みの外だ。


「……」


 ここまで来れば、あとは開けた山道を進むだけ。

 難なく目的地にたどり着ける。

 時間もまったく問題ない。


「よし!」


 一言気合いを入れ山道を進む。

 安心と不安、余裕と焦り、相反する感情を抑え込みながら……。





**************************


<ギリオン視点>




「ぐっ、がが、ガ!」


 まずい、このままじゃ。


「ギリオンさん!」


「逃げろ!」


「逃げません」


「だめだ! 逃げ……ぐッ」


「治療します」


「うっ、ぐっ」


 シアが動かねえなら、オレが去ればいい。

 そう思うのに、足が言うこと聞かねえ。





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