第659話 安全確保
ここからセレス様のもとまでは、そう遠くはないものの近距離というわけでもない。それでも、道なき道を一直線に突っ切れば10分もかからないはず。
シュッ、シュッ。
ザッ、シュッ。
青々とした茂みを剣で切り開きながら走る。
駆け続ける、が……。
ザクッ。
思った以上に足が進まない。
茂みの密度も高まるばかりだ。
「っ!」
まずいな。
これでは10分以上かかってしまう。
間に合うのか?
「……」
今のところ前方数人の気配は健在。
セレス様の身も問題ないだろう。
とはいえ、このまま無事に終えられると?
魔物を倒せると?
「グガアァ!」
キンッ!
ガンッ!
「ぐっ!」
「うぐっ!」
前方から聞こえる戦闘音、感じる気配。
とてもじゃないが、楽観できる状況とは思えない。
なら、休ませていたノワールを?
「ノワール……?」
「……」
駄目だな。
今はまだ不完全、万全からは程遠い状態だ。
となれば、もう、無事を祈って走るだけ。
どんな手段を使っても、無理矢理にでも急ぐしかない。
まずは……。
「ウインドブレイド!」
「アイスブレイド!」
風と氷の刃。
左右に広げた薄い魔法刃を発動してやる。
ビュッ!
シュンッ!
若干狙いから外れながらも、青の密集を刈り取っていく。
まだ試作段階の魔法だが、上手く発動してくれたようだ。
「お次は」
行く手を遮る太い枝。
こいつは剣で斬り払う。
シュッ!
ザシュッ!
残る細木や枝は無視。
このまま駆ければいい。
「グルゥゥ!」
キンッ!
ガンッ!
剣音が近づいてきた。
「アイスボール!」
「グギャア!」
声もはっきりと聞こえる。
「「「ウウゥゥゥ」」」
おそらくは、この密集地帯の先。
ここを抜ければ、すぐそこに見えるはず。
よし、行くぞ。
「アイスブレイド!」
「アイスブレイド!」
氷刃2連発で作り出した隙間に足を踏み入れ、飛ぶように駆ける。
「ユーフィリア!」
「っ! 大丈夫です。セレス様はそこを動かないでください」
「……」
見えた。
セレス様とユーフィリアだ。
間に合ったぞ。
「グルゥ!」
魔物は小型の竜種とウルフ系。
それらを相手にユーフィリアと騎士5人が戦っている。
「「「ウウゥゥ!」」」
セレス様以外の全員がかなりの傷を負っているものの倒れている者はいない。
何とか持ち堪えてくれたようだ。
となれば、もちろん。
俺の出番だ。
「雷波!」
「雷波!」
バリ、バリ!
バリ、バリ、バリ!
放たれた紫電が全魔物を包み込む。
「「なっ!?」」
「「「えっ?」」」
こちらに気づいた騎士たちを横に見ながら、先頭のウルフ系に接近。
ザシュッ!
一振り。
剣を返して。
ザシュッ!
二振り。
ザンッ!
さらに、三振り。
秒にも満たぬ間にウルフ系3頭が地に沈んでしまった。
「グルゥ……」
その光景を目にし、じりじりと後退する竜種。
明らかに怯えている。
逃げようとしている。
もちろん、逃走なんて許すつもりはない。
「ァァァァ……」
最後の1頭。
エビルズマリスの分体らしき竜種の眼から光が消えていく。
これで、全魔物の討伐完了だ。
「コーキさん!」
倒れた魔物を避けながら近づいて来るセレス様。上着は若干汚れているものの外傷は見当たらない。
「「「「「コーキ殿!」」」」」
一方、セレス様を護るべく奮戦していた騎士たちは結構な傷を負っている。それでも、即命に関わるほどじゃない。とりあえず、一安心といったところか。
「コーキさん……ありがとうございました」
「いえ、遅くなってすみません」
「そんな、また助けてもらったのに」
「助けるのは当然ですよ。そう約束したのですから」
「コーキさん……」
言葉を飲み込んだセレス様の顔には申し訳なさが滲み出ている。が、驚きは皆無。数日前まで白都にいた俺が突然山中に現れるなんて想像もできないはずなのに。
これは、あれか?
あれなのか?
と、それはともかく。
「お怪我はありませんか、セレス様?」
今はできるだけ早くギリオンとシアのもとへ向かいたい。そのためには、すべきことを急ぐ必要がある。
「あっ、はい。大丈夫です」
返答通り、外から見えない箇所を痛めていることも無さそうだし、我慢している感もない。
「私より皆が……」
「では、そちらを治療しましょう」
完璧に治す時間はないので簡易治療になるが。
魔法による治療を終え、皆からの過度とも思える感謝を受けた後。
さて、どうするか?
セレス様たちとはここで別れ目的地まで急行したいところだが、このまま何の対処もせず去るわけにもいかない。かといって、同行は時間的に厳しいものがある。
「……」
現時点で周囲に脅威となる魔物の気配はなし。
エンノア地下までの経路にも問題はなさそうだ。
とはいえ、ここはテポレン山。
いつどこから魔物が現れるか分かったもんじゃない。
なら、今できる対策、安全確保策は……。
ノワール。
あいつを出すしかないか。
可能ならもう少し休ませたい。
走力、戦闘力ともに通常時の半分も出せない状態のノワールに頼るのは、正直気が引ける。それでも、背に腹は代えられぬというもの。
「あの、コーキさんはこれから?」
「この先に不穏な気配がありますので、そちらを確かめに行くつもりです。なので、セレス様の護衛に……ノワール!」
俺の呼びかけに答えるように出現した闇色の空間から。
「オオーーン!」
相棒の登場だ。





