第656話 記憶
<ヴァーンベック視点>
「ギリオン、おめえ、狂化しそうなんだな?」
「まだ、だいじ……ううぅ……離れろ!」
サージの問い掛けに否定を返すギリオン。
その鱗化に変化は見えない。
意識もはっきりしている。
なのに、ここまで拒否するとは……。
「狂化なんてさせません!」
「なっ?」
シアがサージの脇を通りギリオンに近づいていく。
「治療始めます!」
そのまま治癒魔法を発動すると、シアの手から溢れ出た治癒の光がギリオンを包み込む。まるで目が見えているかのような魔法治療が始まった。
「ううぅ……だめだ」
「駄目じゃないです」
「やめろ、シア!」
「やめません」
「おま、ぐっ、うぅぅ……」
これは、効いてるのか?
効いてるんだよな?
「ぅぅぅ……」
「サージ、ブリギッテ」
「ああ」
「分かってるわ」
頷く2人と共にいつでも動けるよう護衛態勢を整える。
とりあえずは、こうして様子を見るしかないだろう。
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<ギリオン視点>
オレの治療をすると近づいてくるシア。
ありがてえことだが、こいつが治癒魔法でどうにかなんのか?
そう考えた瞬間。
「……ぐがっ!?」
急激な頭痛と同時に消えていた記憶が戻って来た。
「ギリオン?」
「がっ、がガッ!」
痛え。
けど、それ以上に。
「おい、どうした?」
「ギリオンさん?」
まずい。
また抑えられなくなっちまう。
だから姫さんやアルたちから離れたってのに、 これじゃあ意味がない。
くそっ!
どうして今まで忘れてたんだ。
「がが、うぐっ!」
いや、まだ大丈夫。
まだ時間はある。
「おめえ、問題ないんじゃなかったのか?」
「もんだ……」
つっても、長くはもたねえ。
早く離れねえと……駄目だ、今は体が!
「ううぅ……離れろ!」
「はあ?」
なら、こいつらを動かすしかねえぞ。
まずはシアを。
「シアを連れてけ!」
「……大丈夫です、心配要りません。今から治癒しますので」
なっ!
拒否すんのか?
今のオレを見て?
「ぐっ、ぐがっ!」
「まじいのか? 狂化しそうなのか?」
狂化?
あれを狂化と言うならそうなんだろう。
「ギリオン、おめえ、狂化しそうなんだな?」
「まだ、だいじ……」
もう少しは耐えられる。
意識を保てるはず。
が、治療なんかさせてる余裕はねえ。
「ううぅ……離れろ!」
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もうすぐだ。
あと少しで到着できる。
と一息つきかけたところで。
何?
「……」
気配感知が乱れている。
これは……シャリエルンと山に入った当初に感じた乱れと同じ?
いや、少し違うのか?
「駄目だ」
はっきりとは分からない。
けれど、今この時点で感知が乱れるとは……。
嫌な予感がする。
「……」
気配を追いテポレン山を駆けているこの状況。
セレス様と入れ替わった幸奈を追っていたあの時と似ている。
あの惨劇の直前と……。
依然として上手く働かない感知に加え、既視感をも覚える現状に嫌な予感は増すばかり。陰鬱な不安までも重くのしかかってきた。
そんな負の感覚を振り払うように脚に力を入れる。
山を疾走する。
全力で走り続ける。
と……。
獣道に近かった山道がかなり開けてきた。
坂上はさらに広がっているようだ。
なら、その先の気配は?
足を止め、精度の低い感知で強引に探ってやる。
「……」
そんな不完全な行使でも感じ取れるこの複数の気配。
まず、間違いない。
ここが目的地。
そう、もうすぐ到着するんだ。
とはいえ、澱のような感覚は残ったまま。
消えていない。
「……大丈夫」
剣の音は皆無。
魔法音も聞こえてこない。
つまり、ギリオンが暴れていないという証。
であれば、どうとでも対処できる。
そう考えながらも、脚はゆっくりとしか動いてくれない。
「ふぅぅ」
さっきまでの疾走とは打って変わっての遅々とした歩み。
急ぎ向かっていた目的地を目の前にして、本当に情けない。
そんな思いと共に坂を上っていく。
とはいえ、時間は僅かなもの。
「……」
見えてきた。
多くの背中が目に入ってきた。
ギリオンは?
「えっ? コーキ殿?」
「コーキさん?」
こちらに気づいたのは最後方にいるワディン騎士とエンノアの民。
彼らの先着は、もちろん想定内だ。
「どうしてここに?」
「その話はまた後で、それよりギリオンはどこです?」
俺の問い掛けに言葉を返さず、眼を坂上に向ける2人。
先にいるってことか。
「「「コーキ殿?」」」
「「「コーキさん?」」」
驚きの顔を向ける騎士たちの中を抜け、前方に足を進める。
すると。
呆然と立ち尽くす4人の男女が視界に入ってきた。
アルとヴァルター、あとは意外な2人。オルドウの冒険者だ。
なっ?
アルが涙を流してる!?
「アル……」
すすり泣いたまま、こちらには目も向けてこない。
気づいてもいない。
いったい、何が起こって……?
あれは!
誰かが倒れてるのか?
「……」
間違いない。
4人の数歩前に剣を持った男が倒れ伏している。
複数の剣傷、破れた上着、その下に見えるのは……鱗、蒼鱗!?
まさか、まさか!!
待て、それだけじゃない。
さらに、その先にもいる。
真っ赤に染まった女性を胸に抱く男が!?





