第650話 理解不能
<ヴァーンベック視点>
「おまえ、ギリオンなのか?」
「ぅぅ……そ……うだ」
本当に、こいつがギリオン!
「なら、どうして俺たちを襲った?」
おまえのせいで、大変なことになってたんだぞ。
戦った俺たち3人だけじゃない、眼の見えないシアがどれだけ危険だったか。
「襲った? ぅぅ……オレが?」
「他に誰がいる?」
「……」
「おまえしかいねえだろうが!」
「……覚えてねえ」
「はあ!?」
その言いぐさに頭が沸騰する。
片膝をつき苦しむギリオンの頭に手が伸びてしまう。
「ぐっ、ぅぅ……記憶がねえんだ」
「あんだけのことしといて、覚えてないだと!」
「……ああ」
「何だ、それ!」
生死をかけたあのギリギリの攻防をまったく覚えていない?
「あり得ねえだろ」
「……嘘じゃねえ」
「こいつ!」
怒りが抑えられない。
ギリオンの頭を掴む手に力がこもっていく。
「気持ちは分かるけどさ、ヴァーン。それくらいにしときなさいよ。多分、ほんとだからさ」
「鱗化で狂暴化して記憶が飛んじまったって話みたいだぞ」
「……本当に、本当なのか?」
「分かんねえ、けど、ぅぅ……記憶が消えてんだ。そういうことかもしんねえ」
「「「……」」」
「ギリオンさん、そこにいるのはギリオンさんなの?」
「シア……おめえもいたのか?」
「うん、ギリオンさんなのね」
「おめえ……まさか、見えてねえ?」
「えっと、うん、今はちょっと」
「何が……ぅぅ……何があった?」
「その話は後だな。まずはおめえのその状況を理解しねえとよ」
「サージの言う通りね。シアさんは、もう少し下がってて。まだ安全とは言えないからさ」
「……はい」
「ヴァーンも、その手を放しなさい」
「……」
「さってと、ギリオン? ちゃんと話せそうか?」
「ああ……まだ頭の中は変な感じだが、話くらいはできそうだ」
ここまでの様子に、この口調と顔色。
いつものギリオンからはかけ離れている。
そう思うと……急激に頭が冷えてきた。
「それで、鱗に狂暴化って、あんたに何が起きてるの? 記憶のある範囲で詳しく話してちょうだい」
「……分かんねえ、どうしてこうなったかは。けど、鱗が出ると力が増すのは確かだと思う」
「鱗化するきっかけは定かじゃない?」
「ああ」
「つまり、あんたが分かってるのは鱗で力が増すこと、それと多分、鱗化が過ぎると狂暴化して意識を失う、これだけかしら?」
「……ああ」
「そう……なら現時点でできるのは、鱗が増えすぎないように注意することくらいね」
「けどよぉ、原因不明のもんをどうやって注意すんだ?」
「「「……」」」
サージの疑問に返す言葉が出てこない。
皆が口を閉ざしてしまう。
「いや、まあ、あれだ。こいつが静かにしてるしかねえよな」
「……そうね」
「「「……」」」
「と、ところでおめえ、その眼は平気なのか? ああ、太腿もだ?」
「ん? 右眼はちっと見づれえか?」
「見づらいだけ?」
「おう。んで、太腿も何ともねえなぁ」
「何ともないの? ほんとに?」
「ああ、問題ねえぞ。それに、頭痛も治まってきたな」
その言葉を裏付けるように、さっきまで荒かった息が穏やかなものになっている。
「まじかよ」
「はあ~。痛みって言葉の意味が分からなくなるわ」
「んあ? どういうこった?」
「傷だよ、傷」
「??」
「ギリオン、本当に覚えてないのか? そっちも? まったく?」
「んん……そこいらは全部消えてるみてえだなぁ」
戦闘も負傷も覚えてない。
痛みも……。
「今さらだけどよ、やっぱ、おめえ人じゃねえわ」
「なわけねえだろ、つうか、ちゃんと説明しろ!」
「「「……」」」
「おい!」
「……さっきも言ったように、ギリオンは私たちに襲い掛かってきたの。私たちと戦ってたの。で、その脚と眼に氷槍が突き刺さってたのよ。ああ、もちろん、先に手を出したのはあんただし、こっちは正当防衛だからね。って、そもそもギリオンだと認識できてなかったし」
「眼に氷槍……って、はあ? ブリギッテの氷槍がオレの眼に刺さってたのか?」
「そうよ」
「嘘だろ?」
「こんなことで嘘なんてつかないわ」
「……」
「全部事実だぞ」
「……じゃあ、なんで? 何で痛くねえ? 何で目が見えんだ?」
「それ、こっちが教えてほしいんだけど」
その通り。
本人が理解できないことを、俺たちが分かるわけがない。
「ところで、今は変な衝動はないのよね? さっきみたいにまた襲い掛かって来るとか?」
「衝動なんてねえよ。鱗も薄れてきたし、頭痛も治まって意識もはっきりしてるしな」
「つまり、さっきは衝動があったってこと?」
「……」
「どうなのよ?」
「だから、おめえらとどうこうの記憶はねえって。ただ、その前は……」
その前は?
「……ちっと衝動があったような」





