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第647話 焚火

本業多忙と体調不良が重なったとはいえ、想定以上の長期休載、本当に申し訳ございませんでした。

この夏になってようやく時間が取れるようになりましたので、本日より投稿再開したいと思います。


<セレスティーヌ視点>




 ひんやりとした岩肌に背を預け、私はひとり膝を抱える。

 膝と胸が密着するほどに強く強く。


「……」


 こうしていれば、少しでも不安が消えてくれる。

 あの温もりを感じることができる。

 そう思えるから。


 バチッ、バチッ。


 目を閉じた私の耳に入ってくるのは焚火が弾ける音。


 ピチャ、ピチャ。


 そして、滴り落ちる水滴の音。

 人の声はまったく聞こえてこない。

 焚火と水滴と私だけの世界。


 当然だ。

 そういう場所を探したのだから。

 ひとり安らげる場所を見つけたのだから。


 バチ、バチ。


 バチ、バチッ。


 不思議な光が地を照らすエンノアの地下は松明や魔法火がなくても通常の行動に支障はない。ただし場所によっては光が薄いため、こうした焚火も複数用意されている。


 皆のいる広場から離れたここもその1つ。

 地下の光と焚火が複雑に重なり合う幻想的な僻地だ。

 今の私にはこの場所、この時間がとっても大切。

 ほんの僅かな時間でも、ここで休みたいと思ってしまうほどに。 




 バチ、バチ、バチンッ!


 突然、焚火が大きくはぜた。

 その音に思わず眼が開く。


 すると。

 揺れる炎が私に手を伸ばし背後へと誘ってきた。

 引き付けられたのは粗い岩壁。

 そこには……踊り?


「……」


 炎の影が岩肌に舞っている。

 私の心を慰めるように優しく踊っている。


「ああ……」


 抑えられない。

 溢れ出てしまう。

 あの地下迷宮での思い出が。

 コーキさんと過ごした日々が。


 バチ、バチ、バチ。


「……」


 焚火が揺れている。

 踊っている。

 あの時のように。


「……コーキさん」


 今はオルドウ?

 白都?

 それとも、あっちの世界?

 幸奈さんの傍にいるの?

 一緒に楽しく過ごしてるの?


 だったら、もう、こっちには……。


 違う、そんなことない。

 コーキさんは戻って来る。

 必ず戻って来てくれる。


 だって、やり残したことがあるから。

 シアの治療もコーキさんの冒険も終わってないから。


 けど、私のもとには?

 ワディンには?


 ……来てくれないかもしれない。


「……」


 あの時、あの事件の後。

 素っ気ない態度をとってしまった。

 冷たく突き放して、別れてしまった。

 もちろん当時はそれが正しいと考えていたからだけど……。


 今振り返ってみれば過剰だったと思う。潔癖になり過ぎていたとも思う。

 ディアナ、シアのことで頭がいっぱいだったとはいえ、私にもう少し余裕があれば違う未来があったはずなのに。


「はあぁ」


 脳裏に蘇るのは真っ白な部屋。幸奈さんの入院していた病室で目覚めた私。あの時はコーキさんが助けに来てくれた。異世界で目覚めて右も左も分からない私のもとに駆けつけてくれた。


 だけど、今回は……。



「セレス様!」


 どうしようもない悔恨に飲み込まれていた私の耳に入ってきたのは気遣わしげな声。


「セレス様……」


 ユーフィリアだ。


「こちらにいらしたのですね」


 平静を装っているが、いつもより乱れた群青色の髪が内面を映し出している。


「……ごめんなさい、迷惑かけて」


「いえ、護衛騎士の務めですから。それに、今のエンノアは地上のどこより安全ですし」


 だから、私が1人で出歩くことも許されている。

 とはいえ、可能な限りユーフィリアを伴うようにとも。


「……戻った方がいいかしら」


「はい、皆も待っていますので」


「そう」


 ここでの私はワディンの長。

 騎士たちに無駄な心配をかけるわけにはいかない。


「分かったわ」


 今は雑事を全て排除して領都奪還に集中する必要がある。

 少なくとも公の場ではそうすべきだ。

 だからこそ、こうやって過ごすひとりの時間がより大切になるのだけれど。


「では、こちらへ」


 ユーフィリアが伸ばした手を取り立ち上がる。


「えっ!?」


 立ち眩み?

 いえ、これは?


「うぅ……」


「セレス様?」


 頭が白く染まっていく。

 そして、ぼんやりとした映像が。


 間違いない。

 予知だ。


「……」


 ぼんやりと白く霞む頭の中。

 少しずつ映像が浮かび上がってくる。

 知覚できるのは、高所からの眺め。


「……」


 所狭しとそびえ立つ高木に青々と生い茂る緑。

 その青と緑に午後のやさしい陽が注いでいる。

 これは山の遠景だ。

 ただし、どこの山かは特定できない。

 エビルズピークかテポレン山だとは思うけれど……。


 陽の傾いた山道に、僅かに開けた空き地に複数の人の背中が見える。

 立ち尽くす者、屈みこむ者、跪く者、彼らの姿勢は様々だ。

 今の俯瞰映像では詳しい様子は分からない。それでも、私がいないことははっきりと自覚できる。加えて、全員が一様に尋常ならざる空気を発していることも。


「……」


 彼らは誰なのか?

 何が起こっているのか?

 いつのことなのか?


 と、ここで情景に変化が。

 彼らの背中が大きく見える。

 俯瞰視点が下がったんだ。


「……」


 そうは言っても、まだかなり離れている。

 この距離で後ろからの観察では彼らの表情までは分からない、個人の判別もできない。でも、装備なら確認でき……っ!


 ワディン!

 あれはワディン騎士の装備だ。


今後はまた定期的に更新する予定ですので、お付き合いいただければ幸いでございます。

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― 新着の感想 ―
連載再開、嬉しいです。 また楽しみに読ませていただきます!
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