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第640話  迎撃


<ヴァーン視点>





 ブリギッテとシアを後ろに庇いながら、俺とサージが坂を下る。

 5、6歩と下って……。


「ここで迎え撃つぞ」


「おう」


 対するバケモノは俺たちを凝視したまま、坂下で足を止めている。


「ァァァ……」


 なら、こっちは魔法を準備するだけ。


「ヴァーン、あの魔物は?」


「……」


 若干距離があり、視界も良くないため分かりづらい。

 それでも。


「見たことのない魔物だが」


 この辺りにはウルフやベアーなどの獣系魔物が多く生息している。その中で、二足立ち可能な魔物はというと。


「ベアー系の亜種、希少種か」


「……それしかねえよなぁ」


 サージも俺と同じ考えのようだ。


「しっかし、おめえまで初見とはよ」


「残念ながら、テポレンやエビルズピークであんな魔物は見たことがないんでな」


「はぁ~、見たことも聞いたこともねえ相手か」


「ああ」


「こっからでも恐ろしい力を感じるってのに、情報無しとはまいるぜ」


 まったくだ。


「多分、ダブルヘッド以上だぞ。勝てんのか?」


「勝てるように戦うしかないだろ」


「そりゃ、そうだ」


 以前に比べ俺たちも力をつけている。

 今ならどんな魔物相手でもそれなりに戦えるはず。

 とはいえ、相手がダブルヘッドより上となると苦戦は必至と考えた方がいい。



「グアァァ!」


「おっと、歩き出したぜ」


「サージ、準備はできてるな?」


「当然」


「ブリギッテ、魔法は?」


「いつでも撃てるわ」


「わたしもよ、ヴァーン」


「シア……」


 目の見えないシアでも魔法なら使える。

 ただし、狙いはつけられない。


「シアの魔法は奥の手だ。いざという時のために取っておいてくれ」


「……うん」


 シアはともかく、サージもブリギッテも準備万端。

 態勢は完全に整った。

 あとは、戦うだけ。



「ォォォ……」


 所々視界を遮る木々の枝葉を抜けバケモノがゆっくりと上って来る。

 坂上にいるこっちの魔法射程圏まではもう少し。

 姿もはっきりと見えて……!?


「おい、あいつズボンはいてんぞ!」


 サージの言う通り。

 上半身は何も身につけていないが、下半身には衣類を纏っている。

 所々破れてはいるもののズボンにしか見えない。

 さらに右手には。


「剣も持ってる」


「おいおい、ベアーはズボンも剣も使わねえよな?」


「ああ」


「だったら、やつは……って、上半身のあれは鱗?」


 それも間違いない。

 蒼い鱗が上半身と顔面を覆っている。


「こりゃもう、ベアーの亜種なんてもんじゃねえぞ」


「だな」


 ベアー系どころか。

 一般的な魔物とすら思えない。


「ァァァ……」


 ズボンに剣に蒼い鱗……。


 まさか!?


 頭に浮かんできたのは白都のレンヌ家当主の屋敷で見たバケモノ。

 人から変化したという異形の姿。


 あいつ、同種のバケモノなのか?


「どうすんだ?」


 ということは、正体は人間だと?


「おい?」


「ヴァーン、ベアー系に対する戦法と同じでいいの?」


「……」


 分からない。

 が、この状況で迷ってる時間も……っ!?


「グオォオォ!」


 バケモノが駆け出した。

 もうやるしかない。


「このままの形で戦うぞ。ブリギッテ、魔法だ!」


「了解」


 まずは、詠唱を済ませ待機状態のブリギッテから。


「アイスアロー!」


 先制の氷矢。


「ストーンアロー!」


 続いて俺の石矢を発射。

 2本の矢が坂下に向かって飛んで行く。


 対するバケモノは避ける素振りを見せない。

 そのまま矢が。


 ドン!

 ドガン!


 当たった!

 アイスアローとストーンアローが胸に直撃した。


 なのに……。


 バケモノは足を止めただけ。

 氷矢と石矢は半ば砕け地面に落下、その胸には出血も見られない。


「何?」


「効いてないの?」


 胸の鱗が僅かに削れた程度?


「とんでもねえ硬さじゃねえか」


 そうだった。

 白都で遭遇した鱗バケモノも恐ろしい程の防御力を誇っていたんだ。


 あの時はコーキがいたから何とかなったが、今は……。


「ヴァーン、どうするよ?」


 攻撃力に劣る今できることは。


「鱗のない箇所を狙う」


 弱点をつくのみ。

 蒼鱗のない部分なら攻撃も通るはず。


「なら」


「狙いは下半身ね」


 破れたズボンの下に見えるのは剥き出しの皮膚。

 蒼鱗は見えない。


「ああ、剣も魔法も下半身に集める」


「「了解!」」


 っと!?


「オオォォォ」


 再びバケモノが駆け出した。

 こっちの方針が決まるのを待っていたかのようなタイミングだ。


「サージ、あいつの攻撃はなるべく剣で受けず避けてくれ」


 白都と同等の攻撃力だとするなら、相当重いはず。

 避けるに越したことはない。


「おう」


「ブリギッテ、シアとともに少し下がって次の魔法を頼む」


「ええ」


 素早く迎撃態勢を整え終えたところに。


「グオォォ!」


 バケモノの剣が襲い掛かる。

 上段からの凄まじい振り下ろし。


 ブンッ!


 が、単調で粗い。

 これなら。


「っ!」

「くっ!」


 俺とサージは左右にすり抜けるように跳び、回避成功。

 よし。


「ここだ!」


 次はこっちの番。

 左右から同時にバケモノの脚に剣を放ってやる。

 大振り後のバケモノはまだ対応できないはず。


 ザン!

 ザンッ!


 やった。

 完璧な一撃だぞ。


「アアァァァ」


 その口から漏れ出たのは悲鳴のような叫び声。

 さっきの魔法とは反応が違う。

 効いている!


 と思ったのに。


「ァァァ……」


 バケモノの剣が水平に動いている。


「こんのヤロウ!」


 円を描くような薙ぎ払いが飛んできた。





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