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第639話  遭遇



 エビルズピークに上る道中で進路を変更し、テポレン方面に向かうこと四半刻(30分)。目的地までの距離が縮まったことで感知の精度がかなり上がってきた。今はもうギリオンらしき気配もしっかりと感知できる。


「これは……エビルズピークから移動されたのか、最初からテポレン山におられたのか分からぬが」


 並走するシャリエルンも何かを感じ始めたようだ。


「こちらへ転移されたことだけは間違いない、か」


「感知されたのですね」


「正確にできたわけではない。ただ、エリシティア様のものと思われる気配が僅かに感じられるのでな」


 俺がギリオンの気配を特定できるように、シャリエルンはエリシティア王女の気配を判別できる。その彼女が感じるというのだから、まずは確実と見ていいだろう。


「国境でアリマの話を聞いた時は信じがたかったが」


「……」


「感謝せねばならんようだ」


「いえ、たまたま推測が当たっただけですよ。それに貴重な宝具エルンベルンの移宝のおかげで大幅に時間を短縮できたのですから、感謝するのは私の方です」


「……そう言ってもらえると、私としても心が軽くなる。色々とな」


 シャリエルンたち憂鬱な薔薇が俺たちと激しい戦闘をしたのは僅か数時間前。当然、わだかまりが残っているはず。それが少しでも軽くなるのなら、こちらとしてもありがたい。


「とはいえ、感謝の言葉は受け取ってもらわねば」


「分かりました。とりあえず、エリシティア様たちに会うまでその言葉を預かっておきます」


「ふふ、そうだな。まだ気を緩めてよい場面ではないな」


「ええ」


 あとは目的地に足を運ぶだけ。ここまで来れば時間の問題と言える。

 ただ、向かう先はテポレン山。エビルズマリスの復活のように何が起こるか分からないんだ。油断していいわけがない。


「では、急ぎましょう」


「ああ」





*************************


<ヴァーン視点>




「どうするの?」


「迎え撃つのか?」


 ブリギッテとサージの顔には動揺が見える。

 まっ、当然か。

 下から接近する気配の異常さが、近づくほどに感じ取れてしまうのだから。


「「ヴァーン?」」


 となると、やはりここは避けるべき?

 けど、こんなバケモノを放置していいものなのか?

 ベニワスレの採取にも影響がでるのでは?


「……ヴァーン?」


 そうだ。

 こっちには視力を失ったシアがいるんだ。

 シアを護りながらこの気配の持ち主と戦うなんて危険は冒せない。冒したくない。


「皆、逃げるぞ」


「……いいの?」


「ああ」


 シアの視力を回復させようと無理して大怪我なんかさせちまったら、それこそ本末転倒だ。ここは回避こそが最善手。


「素材は大丈夫なんだよな?」


「山には植物なんて無数にあるんだ。ベニワスレを選んで破壊することもないだろ」


 そう思いたい。


「結構な数をなぎ倒しちまうかもしれないぞ」


「それでも可能性は低い」


 って、こんな話してる場合じゃないな。


「とにかく、今は逃げるんだ」


「分かったわ。で、どこへ?」


 狭く険しいこの獣道は一本道。

 逃げるなら。


「茂みだ。道から離れて遭遇を回避する」


「「……了解」」


 一拍おいて同時に言葉を返すブリギッテとサージ。

 こんな時でも息が合ってやがる。


「ヴァーン?」


「ああ、一緒に茂みに入るぞ、シア」


 ブリギッテとサージを先導役にしたあと、シアと茂みに入れば問題ないだろう。


「俺の手を取るんだ」


「うん」


 頷くシアに伸ばした手。

 その手を。


「あっ!?」


 シアが取り損ねた。

 躓いてしまった。


「シア!」

「「シアさん!」」


「痛っ……」


 シアの足下は雑草で覆われているためよく見えない。

 が、これは?

 地面からせり出した木の根に足を取られたのか?


「シア、怪我は?」


「……大丈夫。膝を打っただけだから」


「でも、血が出てるわ」


「これくらい平気です。それより、今は逃げないと」


「……」


「ヴァーン!」


「……そうだな。治療は後にして、まずは茂みに入ろう。シア、立てるな?」


「うん……えっ?」


「どうした?」


「足が……」


「シアさんの足が根に挟まってる」


 っ!


「でも、大丈夫。シアさん足を伸ばして」


「は、はい」


「足先を前に伸ばすように。ええ、そんな感じよ」


「すぐ出してやるぞ」


「痛っ!?」


「あっ、ごめんなさい」


「いいんです。けど……」


「こいつぁ、思ったより深く挟まってるぞ、ブリギッテ、ヴァーン」


「……そうみたいね。だったら」


「根を斬るしかないな。シア、動くなよ」


「……分かった」


 抜剣し、慎重に木の根のもとへ。


 ザッ!


 想像以上に硬いな。


 ザシュッ!


 けどまあ、上手く切ることができたはず。


「ありがとう、ヴァーン」


「おう。で、今度は立てるか?」


「うん、大丈夫」


 そう言って立ち上がるシア。

 よし!

 あとは逃げるだけだぞ。


 と思ったのに。

 いきなり速度を上げたバケモノが……。


「グガアァァァ!」


 すぐそこに現れてしまった。


「ヴァーン?」


「どうする?」


「アアァァァ」


 坂下のバケモノからはまだ少し距離がある。

 が、その目はこっちの姿を捉えている。

 完全に捕捉している

 こうなれば、もう。


「戦うしかないな」


「「……了解」」


「ブリギッテは後ろでシアを頼む」


「分かったわ」


「サージ、俺たちは前だ」





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